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マッカ啓示。ただし、『もしおまえがわれがおまえに下したものについて疑念のうちにあるなら』(第94節)からの2節、または3節、あるいは、『彼らの中にはそれを信じる者もあれば・・・』(第40節)は除く。
109、または110節。
この(2節、または3節という)ためらいは、2節目の終わりに関する見解の相違によるもので、それを『そうなれば損失者となるであろう』(第95節)までとすれば、3節目は『・・・痛烈な懲罰を目にするまでは』(第97節)までとなるが、それ(2節目の終わり)を『・・・痛烈な懲罰を目にするまでは』とすれば、『また、アッラーの印を嘘だと否定する者のひとりとなってはならない・・・』(第95節)から『・・・痛烈な懲罰を目にするまでは』は1つの節ということになるからである。
アリフ・ラーム・ラー。これは英知ある啓典の印である。(10:1)
『アリフ・ラーム・ラー』
この意味についてはアッラーが最もよくご存知である。
『これは』
つまり、これらの節は。
『英知ある』
正しい。
『啓典の』
クルアーンの。属格になっているのは、(部分帰属を表す)「 min(・・・のうちの)」の意味である。
人々にとっては驚きであったか、われらが彼らの一人に、「人々に警告せよ、そして信仰する者たちには堅実な先行が彼らの主の御許にあると吉報を伝えよ」と啓示したことは。不信仰者たちは、「これは明白な魔術である」と言った。(10:2)
ハスフ &アースィム版:
人々にとっては驚きであったか、われらが彼らの一人に、「人々に警告せよ、そして信仰する者たちには堅実な先行が彼らの主の御許にあると吉報を伝えよ」と啓示したことは。不信仰者たちは、「これは明白な魔術師である」と言った。(10:2)
『人々にとっては』
マッカの住民にとっては。
『驚きで・・・』
対格(‘ ajaban)で読むなら、『あった(kāna)』の述部。主格(‘ajabun)で読むなら、その(動詞「kāna」の)主語名詞で、述部は前者(対角とする読誦法)におけるkānaの主語(つまり‘an‘awhainā以下の文節)となる。
『・・・あったか』
非難の疑問文である。属格前置詞(〜にとっては)と属格名詞(人々)は「驚きであった」の状態の副詞的修飾句。
『われらが彼らの一人に』
ムハンマドに。
『人々に』
不信仰者に。
『警告せよ』
脅せ。懲罰のことで。
『堅実な先行』
前払い。
『彼らの主の御許にある』
つまり、彼らが先立って行った行為への良い報奨が。
『主の御許にあると』
「‘ anna(と)」は「bi-‘anna(との)」の意。
『・・・(吉報を伝えよ)と
』啓示の内容説明である。
『啓示したことは』
われらの啓示は。
『これは』
これら(警告と吉報)を含むクルアーンは。
『明白な』
明らかな。
『魔術である』
「 la-sihrun」と読む読誦法では「魔術」、「la-sāhirun」と読む読誦法では、「魔術師」(現行の『ハフス&アースィム』版はこの読誦を採る)。この場合には指示されるもの(『これは』)は、預言者である。
まことにおまえたちの主はアッラー、六日の間に天と地を創造し、それから玉座に座し給うた御方。彼は物事を采配し給う。彼の御許しの後でなければ執り成す者などいない。それがアッラー、おまえたちの主。それゆえ、彼に仕えよ。おまえたちは訓戒を受け入れないのか。(10:3)
ハフス&アースィム版:
まことにおまえたちの主はアッラー、六日の間に天と地を創造し、それから玉座に座し給うた御方。彼は物事を采配し給う。彼の御許しの後でなければ執り成す者などいない。それがアッラー、おまえたちの主。それゆえ、彼に仕えよ。おまえたちは気がつかないのか。(10:3)
『六日の間に』
現世の日々で。つまり、その期間で。なぜなら、その時点では太陽も月もなかったからである。ただし、もし彼が御望みならば、一瞬のうちにそれらを創り給うたであろう。そうしなかったのは、用意周到さを彼の被造物に教えるためである。
『それから玉座に座し給うた御方』
彼に相応しいあり方で座し給うたのである。
これが(その真義の解明をアッラーに)委譲した先達たち(salaf)の方法論である。一方、比喩解釈を施す後世の学者たちの方法論では、「座し給う」とは、制御と処理による支配である。
『彼は物事を采配し給う』
彼の被造物の間で。
『彼の御許しの後でなければ』
偶像が彼らの執り成しをするという彼らの言葉に対する反論である。
『執り成す者・・・』
誰かのために執り成しをする。
『・・・などいない』
『など( min)』は虚字。
『それが』
この創造者にして采配者が。
『それゆえ、彼に仕えよ』
彼おひとりに。
『おまえたちは訓戒を受け入れないのか』
『訓戒を受け入れ( tadhdhakkarūn)』は原形(tatadhakkarūn)の(派生形第5形の接頭辞)「tā‘」が「dhāl」に吸収・同化されたもの(監訳者注:ハスフ&アースィム版では、「気がつかないのか(tadhakkarūn)」)[接頭辞が落ちている]。
彼の御許におまえたちすべての帰り処はある。アッラーの約束を真実として。まことに彼は創造を始め、そしてそれを繰り返し給う。それは、信仰し、善行をなした者たちに公正に報い給うためである。一方、信仰を拒んだ者たち、彼らには信仰を拒んだがゆえに熱湯の飲み物と痛烈な懲罰がある。(10:4)
『彼の御許に』
至高なる御方の御許に。
『アッラーの約束を真実として』
2つの動名詞で、対格になっているのは省略された動詞(の目的語を取る機能)による。
つまり、彼はおまえたちに彼の御許への帰りを約束として約束し給い、その約束を真実として確定し給うた、ということである。(・・・)
『まことに彼は』
「‘ inna-hu」と読めば、新しい文章で、「‘anna-hu」と読めば、理由の前置詞「lām」(li)が潜在していると考えられる(「それは彼が・・・からである」)。
『創造を始め』
それ(創造)を生成から始め。
『それを繰り返し給う』
復活によって。
『報い給うためである』
報奨を与え給うためである。
『信仰を拒んだがゆえに』
彼らの不信仰が原因で。
『熱湯の飲み物と』
極度の熱さの水と。
『痛烈な』
苦痛を与える。
彼こそは太陽を輝きとし、月を光となし、おまえたちが年数と計算を知るためにそれに宿を割り当て給うた御方。アッラーがこれを創り給うたのは、真理によってにほかならない。知る民に印を解説し給うのである。(10:5)
『輝き』
輝きを持ったもの、つまり光。
『おまえたちが年数と計算を知るために』
それによって。
『それに』
それが動く時に。
『宿を割り当て給うた』
毎月、28夜で28の宿を。そして30日の月であれば2夜、29日の月であれば1夜、月は隠れる。
『これを』
前述のものを。
『真理によってにほかならない』
無蔵にではない。彼はそのようなことよりはるか高みにおられる。
『知る民に』
反省する民に。
『印を解説し給う』
解明し給う。『解説し』は、(接頭辞を三人称男性単数の)「 yā‘」とする読誦法(「彼は解説し給う」)と、(一人称複数の)「nūn」とする読誦法(「われらは解説する」)とがある。
まことに夜と昼の交替、そして、アッラーが天と地に創り給うたものの中には畏れ身を守る民への印がある。(10:6)
『夜と昼の交替』
行ったり来たり、増えたり減ったりすることによる。
『アッラーが天・・・に創り給うたもの』
天使、太陽、月、星など。
『・・・と地・・・』
の中に(創り給うたもの)。動物、山、海、川、木など。
『畏れ身を守る・・・』
そして、信仰する。
『・・・民』
彼らに言及を限定しているのは、彼らはそれから益を得るからである。
『印がある』
至高なる御方の威力の証拠がある。
まことに、われらとの会見を望まず、現世の生活に満足し、それに安息した者たち、また、われらの印に無頓着な者たち、(10:7)
『われらとの会見を望まず』
復活によって。
『現世の生活に満足し』
来世を否定し、それと引き替えに。
『それに安息した者たち』
そこに安住した者たち。
『われらの印に』
われらの唯一性の証拠に。
『無頓着な者たち』
それを吟味してみようとしない者たち。
これらの者、彼らの住居は彼らの稼いだものゆえに獄火である。(10:8)
『彼らの稼いだもの』
多神教と反逆など。
まことに、信仰し、善行をなした者たち、彼らを彼らの主は信仰によって導き給う。至福の楽園の中、彼らの下には川が流れる。(10:9)
『信仰によって』
彼への。
『導き給う』
道を示し給う。復活の日に彼らを導く光を彼らに与えることによって。
信仰者であれば、自分の墓から出ると、彼の行いが美しい姿で彼を照らす。そこで彼がそれに対し、「おまえは誰か」と尋ねると、それは、「私はおまえの行いである」と言う。そして、それは彼を楽園まで運ぶ。一方、不信仰者はその逆で、彼の行いは(彼の上に圧し掛かり)続け、ついに彼を獄火に入れる。
そこでの彼らの祈願は、「あなたに称えあれ、超越せし御方、アッラーよ」、そこでの彼らの挨拶は、「平安あれ」、そして、彼らの祈願の結びは、「称賛は諸世界の主、アッラーに帰す」。(10:10)
『そこでの彼らの祈願は』
楽園で欲しいものに対する彼らの要求は、次のように言うことである。
『アッラーよ・・・』
おお、アッラー・・・。すると、彼らが要求したものが彼らの目の前にあるのである。
『そこでの彼らの挨拶は』
彼らの間での。
『彼らの祈願の結びは』
以下のようである。
・・・彼らはなにかを欲した時には「スブハーナカッラーフンマ」と言い、すると、その望んだものが置かれ、(食事が)済むと、「アルハムドリッラーヒ ラッビルアーラミーン」と言い、すると、その場で食卓が取り上げられるのである。
アッラーが人々に対し、彼らへの善をもってする迅速さで悪を急ぎ給えば、彼らには彼らの期限は終わらされたであろう。われらは、われらとの会見を望まない者たちを大逆のうちにさまようままに捨て置く。(10:11)
『彼らへの善をもってする迅速さで』
・・・迅速さのように。
つまり、もしアッラーが、人々の己の身体や財産に危害や難儀をもたらす悪の祈願に対する応答を急ぎ給えば。(・・・)
この節は、アル=ナドゥル・ブン・アル=ハルスが「アッラーよ、もしこれ(預言者ムハンマドの宣教)があなたの御許からの真理であれば、われらの上に天から石を雨と降らせ給え」と祈った時に下された、とも言われる。
『彼らには彼らの期限は終わらされたであろう』
彼らを滅ぼし給うことによって。だが、彼は彼らを猶予し給うた。(『終わらせられたであろう(la-qudiya)』と)受動態で読む読誦法と(『彼らの期限を終わらせ給うたであろう(la-qadā)』と)能動態で読む読誦法がある。(それに応じて)『彼らの期限』は主格、または対格となる。
『大逆』
つまり、(主との)会見を期待せず、復活と報いを否定すること、そして、そこから生まれる悪行や下劣な言葉のことである。
『さまようままに』
当惑し、ためらうままに。
『捨て置く』
放置する。
人間に災難が襲うと、横になって、あるいは座って、あるいは立ってわれらに祈る。だが、われらが彼からその災難を取り除くと、彼を襲った苦しみのためにわれらに祈ったことなどなかったかのように過ごす。こうして浪費する者には彼らの行うことが美しく飾られた。(10:12)
『人間に』
不信仰者に。
『災難が襲うと』
病気と貧困が。
『横になって』
寝そべって。
『あるいは座って、あるいは立って』
つまり、あらゆる状態で。
『過ごす』
不信仰の下に。
『こうして』
苦難の時には祈り、安楽の時には身を翻ることが彼に美しく飾られたように。
『浪費する者には』
多神教徒たちには。
法を超える者には(Hāshiyah al=Sāwī, vol.2, p.181)。
われらはおまえたち以前にもいくつもの世代を滅ぼした、彼らが不正をなした時に。彼らの許には彼らの使徒が明証と共にやって来たが、彼らは信じようとしなかった。こうしてわれらは罪を犯した民に報いる。(10:13)
『おまえたち以前にも』
マッカの住民よ。
『いくつもの世代を』
いくつものウンマ(共同体)を。
『彼らが不正をなした』
多神教によって。
『明証と共に』
彼ら(使徒)の真実性の証しと共に。
『・・・やって来たが』
すでに。
『彼らは信じようとしなかった』
『彼らが不正をなした』にかかる。
『こうして』
われらがそれらの者を滅ぼしたように。
『罪を犯した民に』
不信仰者に。
それからわれらはおまえたちをこの地で彼らの後の後継者たちとした。おまえたちがどのようになすかを眺めるためである。(10:14)
『おまえたちを』
マッカの住民たちよ。
『後継者たち』
『後継者たち( khalā‘if)』は「後継者(khalīfah)」の複数形。
『おまえたちがどのようになすかを』
そのことにおいて。おまえたちが彼らから教訓を得、われらの使徒を真実と認めるかどうかを。
だが、彼らにわれらの印が明白に読み聞かされると、われらとの会見を望まない者たちは、「これとは別のクルアーンを持って来い。あるいは、それを改竄せよ」と言った。言え、「私にはそれを自分勝手に改竄することは許されない。私は私に啓示されたものに従っているにすぎない。もし私が私の主に背きでもすれば、大いなる日の懲罰を私は恐れる」。(10:15)
『明白に』
はっきりとして。状態の副詞的修飾句。
『印が』
クルアーンが。
『われらとの会見を望まない者たちは』
復活を恐れない者たちは。
『これとは別のクルアーンを』
中にわれらの神々の誹謗を含まない。
『それを改竄せよ』
おまえ自身で。
『言え』
彼らに。
『自分勝手に』
自分の側から。
『許されない』
すべきではない。
『・・・にすぎない』
「‘ in」は否定詞「mā」の意。
『もし私が私の主に背きでもすれば』
その改竄によって。
『大いなる日』
それは復活の日である。
言え。もしアッラーが御望みなら、私がおまえたちにこれを読み聞かせることはなく、彼がおまえたちにそれについて知らせ給うこともなかったであろう。私はおまえたちの間でそれ以前に一生ほど過ごした。おまえたちは悟らないのか。(10:16)
『彼がおまえたちにそれについて知らせ給うこともなかったであろう』
教え給うことも・・・。『・・・なかった( lā)』は否定の「lā」で、前につながる。これを『もし(law)』の帰結の辞詞「lām(la)」として読む読誦法もある。つまり、「(・・・これを読み聞かせることはなく)、私以外の者の舌を通じておまえたちにそれについて教え給うたであろう(la-‘a‘lama-kum・・・)」。
『私はおまえたちの間でそれ以前に一生ほど』
40年ほど。
『過ごした』
留まった。だが、(その間)私はおまえたちに何も語らなかった。
『おまえたちは悟らないのか』
それが私からのものではないことを。
アッラーについて嘘を捏造するか、彼の印を嘘だと否定する者ほど不正をなす者がだれかあろうか。まことに罪人が成功することはない。(10:17)
『アッラーについて嘘を捏造するか』
彼に同位者を配することによって。
『彼の印を』
クルアーンを。
『嘘だと否定する者ほど不正をなす者がだれかあろうか』
つまり、だれもいない。
『まことに』
『まことに(‘ inna-hu)』の「hu」は主題の代名詞。
『罪人が』
多神教徒が。
『成功することはない』
幸福になることはない。
彼らはアッラーをおいて彼らに危害を与えることも益をなすこともないものに仕え、「これらの者はアッラーの御許でのわれらの仲介者である」と言う。言え、おまえたちは天においても地においてもアッラーが知り給わないことを彼に告げようというのか。称えあれ、彼は彼らが同位に配するものを超越し、はるかに高い御方。(10:18)
『アッラーをおいて』
彼以外に。
『彼らに危害を与えることも』
たとえそれに仕えなくても。
『益をなすこともないものに』
たとえそれに仕えたとしても。つまり、偶像のことである。
『・・・と言う』
それら(偶像)について。
『言え』
彼らに。
『おまえたちは天においても地においてもアッラーが知り給わないことを彼に告げようというのか』
知らせようというのか。非難の疑問文である。なぜなら、もし彼(アッラー)に同位者があれば、彼はそれをご存知であろう。彼に隠れたものは何もないのであるから。
『彼らが同位に配する』
彼に並べてそれらを。
『超越し』
彼を清め奉る。
人間は一つの共同体であったが分裂した。もしおまえの主からの御言葉が先立っていなければ、彼らの間で彼らが相違する点について裁決が下されたであろう。(10:19)
『人間は一つの共同体であった』
ひとつの宗教、つまりイスラームの下に。それはアーダムからヌーフの時までのことである。イブラーヒームからアムル・ブン・ルハイユまで、とも言われる。
アムル・ブン・ルハイユはジャーヒリーヤ(無明)時代、最初にバヒーラ(乳が偶像に捧げられ、人間はそれを飲むことが禁じられた雌ラクダ)を行い、サーイバ(偶像に捧げられ、荷を負うことを免じられた雌ラクダ)を行った者である。
『分裂した』
ある者は信仰を堅め、ある者は拒んだ。
『もしおまえの主からの御言葉が先立っていなければ』
復活の日まで報いを遅らせるとの。
『彼らの間で』
人々の間で。
『彼らが相違する点について』
宗教について。
『裁決が下されたであろう』
現世で。不信仰者を罰することによって。
それなのに彼らは言う、「彼には彼の主からの印が下されないのか」。言え、見えないことはアッラーに帰される。それゆえ待て。私もおまえたちと共に待つ者のひとりである。(10:20)
『彼らは言う』
マッカの住民たちは。
『彼には』
ムハンマドには。
『彼の主からの印が下されないのか』
預言者たちに下されたラクダや杖や手(の奇跡)のような。
『・・・ないのか(law-lā)』は疑問詞(hal)プラス否定詞(lā)の「hal-lā(ないのか)」の意。
『言え』
彼らに。
『見えないことは』
しもべたちに隠されたものは。つまり、その事は。
『アッラーに帰される』
その中には奇跡も含まれる。それをもたらすのは彼のみである。私の使命はただ伝達である。
『それゆえ待て』
懲罰を。もしおまえたちが信じないのであれば。
人々に災厄が襲った後、われらが彼らに慈悲を味わわせると、すると彼らにはわれらの印についての策謀がある。言え、アッラーは策謀にさらに速やかであらせられる。まことにわれらの使徒はおまえたちが策謀することを書き留めている。(10:21)
『人々に』
つまり、マッカの不信仰者に。
『災厄が』
災害や旱魃が。
『慈悲を味わわせると』
雨や豊作を。
『彼らにはわれらの印についての策謀がある』
嘲笑や否定による。
『言え』
彼らに。
『アッラーは策謀にさらに速やかであらせられる』
比喩である。
彼らの策謀に対する報いに速やかであらせられる。
『われらの使徒は』
記録者は。
『おまえたちが策謀することを』
接頭辞を二人称複数「 tā‘」とする読誦法(「おまえたちが・・・」)と三人称複数「yā‘」とする読誦法(「彼らが・・・」)がある。
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