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【第2章 雌牛】
(2:197〜2:210)
 

大巡礼は周知の月々である。その間に大巡礼を課した者は大巡礼の間、睦言、不道徳、口論はない。おまえたちが行う善行をアッラーは知り給う。旅仕度をせよ。まことに最良の旅仕度は畏れ身を守ることである。畏れ身を守れ、賢慮ある者たちよ。(2:197)

『大巡礼は』その時期は。

『周知の月々である』シャッワール月(ヒジュラ暦10月)、ズー・アル=カアダ月(11月)、およびズー・アル=ヒッジャ月(12月)の10夜、またはズー・アル=ヒッジャすべてである。

『大巡礼を』そのためのイフラームによって。

『課した者は』自らに課した者は。

『大巡礼の間、睦言』その間の性交。

『不道徳』反逆行為。

『口論』論争。

『…はない』読誦法によっては、前の二つは語尾を撥音なしの母音「a」で読む(「rafatha(睦言)」「fusūqa(不道徳)」)(つまり、最後の「口論」は語尾を母音「u」の撥音で「jidālun」と読む)。(この文は叙述文であるが)意味は3つとも禁止(…はあってはならない)である。

嫌われる行為はこの期間においては一層嫌われるものとなる。

『おまえたちが行う善行』喜捨など。

『アッラーは知り給う』そしておまえたちにそれを報い給う。

『旅仕度をせよ』おまえたちの旅に間に合うだけの。旅仕度なしに巡礼に出掛け、人々の厄介者となっていたイエメンの者たちについて下された。

彼らは、「われらはアッラーに寄り頼む者である。われらはわれらの主の館に巡礼するのであるから、アッラーがわれらに食を与え給わないことがあろうか」と言い、人々に物乞いをしながらマッカに向かった。おそらく、彼らはゆすり、たかり同然の有り様になっていたものと思われる。

『畏れ身を守ること』人々に物乞いをするはめになることなどから身を守るためのもの。

『賢慮ある者たちよ』理性の持ち主よ。

おまえたちがおまえたちの主からの恩恵を願うことは罪ではない。アラファートから駆け降りる時には聖標でアッラーのことを念じ、彼がおまえたちを導き給うた通りに彼を念じよ。それ以前、まことにおまえたちは迷う者のうちにあった。(2:198)

『恩恵を』生計を。

『願う』求める。

『…ことは』…ことについては。

『…罪ではない』巡礼中の商売によって。彼らがそれを嫌ったことに対して啓示された。

巡礼の間に商売をし、それによってアッラーからの恵みを願うことは罪ではない。ただし、巡礼の服従行為に欠けるものがある時には許されない。それがなければ許されるが、退けた方がより良い。なぜなら、アッラーは、『彼らはアッラーに仕え、ただひたすらに宗教を彼に捧げることを命じられただけである』(第98章[明証]5節)と仰せられたからである。

アル=ガザーリー(505/1111年没)によれば、崇拝行為に現世のことを並べ置いた者は、もし現世の目的の方が優勢であれば彼に報償はなく、もし宗教の目的の方が優勢であれば、それに応じた報償があり、もし両者が同程度であれば、相殺される。一方、イブン・ハジャル(852/1449年没)は(アル=ナワウィー著)『アル=ミンハージュ』の注釈の中で、崇拝行為の意図は、たとえ他のものが同量か、それ以上に混ざっていても、その(崇拝行為の意図)の量に応じて報奨を受ける、と考えるのが最も適切である、と述べている。一方、アル=ラムリー(1004/1596年没、アル=ナワウィー著『アル=ミンハージュ』の注釈者の一人)は彼(イブン・ハジャル)とは異なり、アル=ガザーリーの道筋に依拠している。

『アラファートから』そこでの逗留の後で。

『駆け降りる』押し出す。

『聖標で』ムズダリファの端にあるクザフと呼ばれる山のことである。ムスリムの伝えるハディースに「預言者はそこに立って、空がすっかり黄ばむまでアッラーを念じ祈願をされた」とある。

『アッラーのことを念じ』ムズダリファでの夜明かしの後で、「タルビーヤ(「ラッバイカ:あなたのもとに参上しました」と唱えること)」や「タフリール(「ラーイラーハイッラッラー:アッラーの他に神はなし」と唱えること)」や祈願などによって。

『彼がおまえたちを導き給うた通りに』彼の宗教の教えと巡礼の儀礼によって。辞詞「通りに(ka)」は理由を表している。

『それ以前』彼の導き以前には。

『まことに』辞詞「まことに(’in)」は促音を削った軽音の。

つまり本来は、促音の重音の「’inna(まことに)」であったものが、軽音化したもの。


それから人々が駆け降りるところから駆け降りよ。そして、アッラーに赦しを乞え。まことにアッラーはよく赦す慈悲深い御方。(2:199)

『それから』順序を表す接続詞「それから」はここでは「述べる順序」のものである。

(巡礼の諸儀礼の)行為が生起する時間的順序ではない。

『人々が駆け降りるところから』つまり、アラファで人々と一緒に逗留して、そしてアラファから(駆け下りよ)。というのは彼ら(クライシュ族)は彼ら(人々)と共に(アラファに)逗留することを見下し、ムズダリファで逗留していたからである。

『駆け降りよ』クライシュ族よ。

『アッラーに赦しを乞え』おまえたちの罪の。

『よく赦す』信仰者たちを。

『慈悲深い御方』彼ら(信仰者たち)に対して。

おまえたちがおまえたちの儀式を果たした時にはアッラーを念じよ。おまえたちがおまえたちの父祖たちを念じるように、あるいはそれより激しい念を持って。人々の中には、「われらが主よ、現世においてわれらに与え給え」と言う者がいるが、彼には来世に分け前はない。(2:200)

『おまえたちの儀式を』アル=アカバの石投げ場で石を投げ、周礼を済ませ、ミナーに逗留して、おまえたちの巡礼の様々な崇拝儀礼を。

『果たした』完遂した。

『アッラーを念じよ』「タクビール(「アッラーは至大なり(アッラー・アクバル)と唱えること」)と賛美によって。

『おまえたちの父祖たちを念じるように』かつておまえたちが、自分たちの巡礼を終えたときに自慢げに自分の父祖たちのことを念じていたように。

アラブ人は巡礼を終えると、ミナー、あるいは一説ではカアバ聖殿に立って、自分たちの父祖たちの美徳と功績を口にし、ある者は「我が父は大皿を有し客人をもてなした、またどうであった、こうであった」とその功績を数え上げ、それについて詩を詠み、韻文、散文の美文を披露したが、彼らの目的は、名声、評判、栄誉であった。

『それより激しい念』おまえたちが彼らを念ずるよりも激しい念。『激しい』は動名詞『念』の状態の副詞であり、その『念』は前の句の動詞『(アッラーを)念じよ』によって目的語の対格となっている。もし、それ(「激しい」)がそれ(「念」)よりも後に来ていれば(アラビア語の語順では先に来ている)、それ(「激しい」)はその(「念」)の形容詞修飾語になるところである。

『現世において』彼はそこ(現世)でそれ(分け前)を与えられる。

『われらに与え給え』われわれの取り分を。

『分け前』取り分。

また、彼らの中には、「われらが主よ、現世において良きものを、また来世において良きものを与え給え。そして、われらを獄火の懲罰から守り給え」と言う者たちがいる。(2:201)

『良きものを』恵みを。

『また来世において良きもの』それは楽園である。

『獄火の懲罰から守り給え』そこ(獄火)に入れないことによって、守り給え。これは多神教徒たちの態度と信仰者たちの態度の説明であり、その意図は、二つの世界(現世と来世)での二つの幸福を祈願することを促すことにある。そして、それについては次節(第202節)の御言葉で報奨を約束しておられる。

それらの者には、彼らの稼いだものの取り分がある。アッラーは清算に素早い御方。(2:202)

『彼らの稼いだもの』彼らが行った巡礼と祈願。

『(稼いだもの)の』前置詞「min(の)」は「min ‘ajli(のため・の)」。

『取り分』報奨。

『清算に素早い御方』ハディースによると、この世の時間で、昼の半分の間に清算し給う。

「昼の半分」とは早さの喩えであり、時間計算の一定量ではない。

定められた日々にアッラーを念じよ。二日に早める者に罪はなく、遅らせる者にも罪はない、畏れ身を守る者であれば。アッラーを畏れ身を守れ、そしておまえたちが彼の御許に集められることを知れ。(2:203)

『定められた日々に』つまり、「タシュリーク(日干し)」の3日間。

3日間とは、イブン・ウマル、イブン・アッバース、アル=ハサン、アターゥ、ムジャーヒド、カターダなどによればイード(巡礼の犠牲祭)の翌日、すなわちズー・アル=ヒッジャ月の11日から3日間である。これがアル=シャーフィイーの学説である。アリー・ブン・アブー・ターリブ、イブン・ウマルによれば、イードの日とその翌日より2日間のことで、これはアブー・ハニーファの学説である。

アッラーの御使いは言われた、「タシュリークの日々とは、飲食と至高なるアッラーのズィクル(唱念)の日々である。これらの日々のズィクルにはタクビールがある」。

イブン・ウマルによると、アッラーの御使いは、これらの日々、ミナーで礼拝の後、寝床にて、テントの中で、座りながら、また歩きながら、その日々の間中タクビールを唱えられた(アル=ブハーリー)。

『アッラーを念じよ』石投げ場で石を投げる時に「タクビール」によって。

『二日に』石投げ場での石投げを終えて「タシュリーク」の日々の2日目に。

つまり、午後に。それは(3つの石投げ場の)一つの石投げ場毎に7つずつで21個の石投げである。出立を早めるのが許されるのは日没より前の話で、ミナーにいて日が暮れた場合はミナーで夜を過ごし、翌日3日目の石投げをしけなればならない。アル=シャーフィイーによれば、タシュリークの2日の石投げは午後に行うが、アブー・ハニーファによれば早めても構わない。

『早める』ミナーからの出立を急ぐ。

『罪はなく』早めたことに。

『遅らせる』そこで第三夜を過ごし、石投げ場で石を投げるまで遅らせる。

『罪はない』そのことに。つまり、彼らはそれにおいて選択権があり、罪はないのである。

早めても遅らせても、どちらにも罪はない。ジャーヒリーヤ(無明時代)の者たちには2日に早めることを罪と考える者や、逆に3日に遅らせることを罪と考える者がいたため、それへの返答である。アッラーの服従行為を短く切り上げるより3日間に遅らせた方が良いものの、短縮しても構わないというアッラーの許可があるため、その許可を退けてもそれには罪はない、ということである。旅行者が斎戒と斎戒解きのどちらかを選ぶ場合と同じである。斎戒の方がよいとしても、解いてもよいという許可があるからには、どちらを選んでも構わないのである。アッラーは難行が果たされることを望み給うのと同じように、軽減措置が拝受されることも望み給う御方である。

『畏れ身を守る者であれば』巡礼においてアッラーを。なぜならその者は真の巡礼者であるから。

『そしておまえたちが彼の御許に集められる』来世で。そしてアッラーはおまえたちの行為に応じておまえたちに報い給う。

人々の中には、現世に関する言葉でおまえを感心させる者がいる。彼は自分の心にあるものについてアッラーに証言を求める。だが、彼こそ最も喧嘩好きな敵対者である。(2:204)

『現世に関する言葉でおまえを感心させる』だが、来世については、彼の信ずるところと対立するため、おまえの気に入らない。

『彼は自分の心にあるものについてアッラーに証言を求める』それが彼の言葉と一致していると。

『彼は自分の心にあるものについてアッラーに証言を求める』とは、「自分の心にあるものは自分の言葉と一致している」とアッラーに誓って言うこと、あるいは、「私の心にあることが言葉が一致していることはアッラーが証言し給う」と言うことである。

『彼こそ最も喧嘩好きな敵対者である』おまえに対する敵意から、おまえとおまえの追随者たちに対して激しく弁を競う者である。これはアル=アフナス・ブン・シャリークのことである。彼は偽信者であり、預言者に対して、彼を信じ、彼を愛していると、甘い言葉で誓いを立てた。そこで預言者は彼を近くに呼び寄せられたが、その嘘をアッラーは暴き給うた。

「アル=アフナス」とはあだ名で、彼はバドルの戦いの日に「姿をくらませ(khanasa)」、戦闘に遅れたため、そう呼ばれた。戦闘に遅れた偽信者は彼のほかザフラ族の300人であった。彼は彼らに向かって、「ムハンマドはおまえたちの姉妹の息子である。もし彼が嘘つきであれば、おまえたちなしでも人々で彼には十分である。また、もし彼が正しければ、おまえたちは人々のうちでそのことを最も喜ぶ者であろう」と言った。彼らは言った、「おまえの見解のなんとよいことか」。すると彼は言った、「わたしもおまえたちと一緒に隠れる。それゆえ私に従ってくれ」。そうして、彼は隠れ、「アル=アフナス(身を隠した者)」とあだ名された。


彼は背を向けると、地上に荒廃をもたらし、田畑と子孫を滅ぼそうと走り回った。だが、アッラーは荒廃を愛し給わない。(2:205)

アル=アフナスは、ムスリムたちの所有する作物やロバの傍らを通りかかると、夜中のうちにそれを燃やしたり、傷つけ殺したりした。至高者がここで仰せられた通りである。

『彼は背を向けると』おまえの許から去ると。

『田畑と子孫を滅ぼそうと』(これが)「荒廃」の叙述である。

『子孫(nasl)』とは、「生み増やされるもの」、つまり、「生まれたもの」、(ここでは)「ロバ」のことである。

荒廃には、傷害殺人や財産の強奪などが含まれる。

『走り回った』歩き回った。

『荒廃を愛し給わない』それに満足されない。

「アッラーを畏れ身を守れ」と言われると、虚栄が彼に罪を犯させる。彼には火獄で十分である。なんと悪い寝床か。(2:206)

『アッラーを畏れ身を守れ』おまえの行いにおいて。

『虚栄が…犯させる』思い上がりと執着が彼をその行いに駆り立てる。

『罪』彼がそれを畏れ身を守るように命じられている罪業。

『彼には…十分である』彼には…ぴったりである。

『寝床』敷布団。

また、人々の中にはアッラーの御満悦を望んで己自身を売買する者がいる。アッラーはしもべに対し寛仁なる御方。(2:207)

『アッラーの御満悦を』彼の御満足を。

『望んで』求めて。

『己自身を』アッラーへの服従行為に自己を捧げる。

礼拝、斎戒、巡礼、ジハード、勧善懲悪のようなアッラーへの服従においては、自分自身を商品とし、アッラーに売り渡すようなものである。アッラーはそれを買い取り、それに御満悦という代償を返し給う。

『売買する』売りわたす。

『…者がいる』それはスハイブである。彼は、多神教徒たちが彼を迫害した時、彼らの許に自分の家財を残し、(マッカから)マディーナに移住した。

これはスハイブ・ブン・シナーン・アル=ルーミーについて下された。多神教徒は彼を捕らえ、イスラームを捨てさせようと拷問を加えたが、彼は、「私は老人である。もし私がおまえたちと共にあっても、私はおまえたちの役には立たない。もし私がおまえたちと敵対しても、おまえたちの害にはならない。それゆえ、私を放し、私の財産を取ってくれ」と言った。そこで多神教徒は彼の財産を受け取り、彼はマディーナに移住した。

『しもべに対し寛仁な御方』彼らを御自身の御満悦を得られるものへと導き給うので。

アッラーは憐れみ深く、しもべの小さな一時の行いに対し、永遠の恵みを報い給う。また、しもべには負える以上のものは負わせ給わない。また、100年にわたって不信仰に固執しつづけた者でも悔悟すれば、それがたとえ一瞬の長さほどでも、長年の罪に対する罰を取り消し、永遠の報償を授け給う。また、しもべの命も財産も、本来はアッラーのものであるにもかかわらず、恩寵、慈悲、善意によって、しもべからそれを買い取り、(それよりさらによい)代価を払い給う。

信仰する者たちよ、完全に服従に入れ。シャイターンの歩みに従ってはならない。まことに彼はおまえたちにとって明白な敵である。(2:208)

この節はアブドッラー・ブン・サラームとその仲間たちについて下された。彼らはユダヤ教からイスラームに改宗した後も、安息日を尊び、ラクダを嫌った。

彼らは、猟を禁ずるなどムーサーの掟にあった安息日の重視を続け、また、ムーサーの掟にあった禁止ゆえにラクダの肉と乳を嫌い、(ムハンマドの)聖法に完全には従わなかった。

ちなみにユダヤ教徒がラクダの肉と乳を食べないのは、ヤゥクーブが、腰痛の治癒を祈願して一番好きな食べ物と飲み物であったラクダの肉と乳を断つことを誓ったためであった。

『完全に』「服従」の状態の副詞的修飾句。つまり、その(イスラームの)すべての規定に。

『服従』イスラームのこと。第1語根を母音「a」で「salm」と読む読誦法、母音「i」で「silm」と読む読誦法がある(監訳者注:ハフス&アースィム版はsilm、タフスィール・アル=ジャラーラインはsalmと読む。意味は同じ)。

『シャイターン…に従ってはならない』つまり、分断による彼の粉飾の方策に従ってはならない。

ムーサーの掟と合致したものには従い、そうでないものは退けるような区別によって、シャイターンが飾り立て美しく見せかけた彼らの道に従ってはならない。

『歩み』様々な道。

『明白な敵』敵意が明らかな敵。

シャイターンの敵意はアッラーが心に光を投じ給うた者には明白であるが、そうでない者たちには彼が友と見える。

おまえたちが、おまえたちの許に明証が届いた後に躓いたなら、アッラーは威力あり、英知ある御方と知れ。(2:209)

『明証』それが真理であるという明瞭な証拠。

『躓いたなら』その(イスラームの)全てに没入することから。

『威力あり』何ものも彼のおまえたちへの応報を阻止できない。

『英知ある御方』その創造において。

アッラーが雲の陰影の中、天使たちを引き連れて彼らの許を訪れ給い、事がなされるほかに彼らが座視することはあるのか。アッラーの許に万事は戻されるのである。(2:210)

『アッラーが』アッラーの命令が。『天使たちが彼らの許に来るか、主の命令が来るほかに彼らが座視することはあるのか』(第16章[蜜蜂]33節)と同じで、つまり、彼の懲罰が、ということ。

『雲の』白雲の。

『陰影』陰の複数形。

『天使たちを引き連れて』天使たちはアッラーの命令をもたらす媒介者であり、彼らこそアッラーの命を携えて訪れる者である。

『事がなされる』彼らの破滅が完了する。

『…ほかに彼らが座視する…』それ(イスラーム)に入ることを怠る者たちは、…ほかに待つ…。 

『…のか』否定詞「mā(ない)」の意(「…のほかは待たない」)。

「hal(…のか)」は非難の疑問文。

彼らはアッラーの懲罰を待つべきではなく、懲罰を招く行為をなしてはならないのである。彼らが待っても、訪れるのは懲罰以外にはない。

『万事は戻されるのである』来世において。そしてアッラーが報い給う。受動態で「それらは戻される(turja‘ūna)」と読む読誦法と、「それは戻る(tarja‘ūna)」と読む読誦法がある。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2005年 アラブ イスラーム学院