イスラーイールの民に問え、われらが彼らにどれだけの明白な印をもたらしたかと。アッラーの御恵みをそれが訪れた後に代える者があれば、アッラーは応報に激しい御方。(2:211)
『イスラーイールの民に』非難をこめて。
『問え』ムハンマドよ。
『どれだけの』『問え』に第二目的語(直接目的語)としてかかる疑問詞であり(第一目的語は『イスラーイールの民に』)、また『われらが…もたらした』の第二目的語(直接目的語)でもある(第一目的語は『彼らに』)。その識別句は、次の句(明白な印)。
『明白な印』明瞭な印。海(ムーサーの眼前で紅海)を二つに割ったこと、マンナとサルワーを天から降らしたことなど。しかし彼らはそれを不信仰に代えた。
『アッラーの御恵みを』アッラーが彼に恵み給うた印を。なぜならそれ(印の恵み)が導きの元であるから。
『それが訪れた後に代える者』それが訪れた後に、不信仰に代える者。
至高なる御方は仰せられた、『アッラーの御恵みを不信仰に代えた者をおまえは見なかったか…』(第14章[イブラーヒーム]28節)。
『アッラーは応報に激しい御方』その者に対して。
不信仰の者たちには現世の生活が飾り立てられ、それで信仰する者たちを嘲る。だが、復活の日、畏れ身を守る者たちは彼らの上に立ち、アッラーは御望みの者に計算ぬきで糧を与え給う。(2:212)
『不信仰の者たち』マッカの住人のうち。
『現世の生活が飾り立てられ』その外装によって。そのため彼らはそれを好む。
『それで…』それで彼らは…。
『信仰する者たちを嘲る』ビラールやアンマールやスハイブなどを、彼らの貧しさゆえに。つまり彼らを馬鹿にし、富によって彼らを見下す。
『畏れ身を守る者たちは』多神教から畏れ身を守る者たちとは、まさにこの上記の者たちである。
『彼らの上に立ち』アッラーを恐れシルク(多神教)から身を守った者はイッリーユーン(楽園の最も高い所)の高みに入れられ、高められ、不信仰者たちは火獄の最も低いところに落とされ、貶められる。あるいは、高みに入れられた者たちは、現世で不信仰者に嘲られたように、今度は彼らのことをあざ笑う。
『アッラーは御望みの者に計算ぬきで糧を与え給う』つまり、豊かな糧を来世で与え給う。あるいは、嘲られた者に嘲った者の財産を所有移転させ給うか、嘲った者を奴隷として所有させ給うかによって、現世で(糧を与え給う)。
『計算ぬきで(bi-gairi hisab)』とは、数えられないほど、制限なしに、という意味である。一方、多神教徒の所有する財産には限りがある。
人々は一つの共同体であった。そこでアッラーは吉報の伝達者として、また警告者として諸預言者を遣わし、彼らと共に啓典を真理をもって下し給うた。それは、人々の間を、彼らが対立した点について裁定し給うためである。それについて対立したのは、それを授かった者だけで、明証が訪れた後に互いに妬み合ったためであった。アッラーは信じる者を、彼らがそれをめぐって対立していたことの真理へと、彼の御許しによって導き給うた。アッラーは御望みの者を真っすぐな道に導き給う。(2:213)
『人々は一つの共同体であった』信仰に基づいた。しかしその後、一部の者は信仰し、一部の者は不信仰に陥って分裂した。
『人々は一つの共同体でしかなかったが、分かれた』(第10章[ユーヌス]19節)。
『アッラーは…遣わし』彼らに。
『吉報の伝達者として』信仰する者への楽園の。
『警告者として』不信仰に陥る者への獄火の。
『啓典を』複数の諸啓典の意味。
『真理をもって』『下し給うた』にかかる。
『彼らが対立した点について』宗教についての。
『裁定し給う』それ(啓典)によって。
『裁定し給う』の主語は、アッラーとも、諸預言者とも言われる。
『それについて』宗教について。
『それを授かった者だけで』つまり、啓典を授かった者だけ。一部の者は信仰し、一部の者は不信仰に陥った。
『明証が』タウヒード(神を一つとすること)の明瞭な証拠が。
『訪れた後に互いに妬み合った』前置詞『(…後)に(min)』は、『(それについて)対立した』にかかり、この句(『明証が訪れた後に』)と次の句(『互いに妬み合ったため』)は、意味的には除外(『それを授かった者だけで』)に先行する。つまり、実際には、「明証が訪れた後、互いに妬み合ったためにそれについて対立したのは、それを授かった者だけであった」となる。
『妬み合った』不信仰者の間で。
『対立していたことの真理』「(…こと)の(真理)」の前置詞「の(min)」は説明の「min」(「対立していたこと、つまり真理」の意)。
『彼の御許しによって』御意志によって。
『御望みの者を』彼を導こうと御望みの者を。
『真っすぐな道に』真理の道に。
それともおまえたちは、おまえたち以前に逝った者たちのようなものがおまえたちにいまだ訪れていないのに、楽園に入ると考えていたのか。困窮や苦難が彼らを襲い、動揺させられ、使徒と彼と共に信仰した者たちが、「アッラーの援助はいつか」と言うほどであった。まことにアッラーの援助は近いではないか。(2:214)
『それとも』いや…か。
『おまえたち以前に逝った者たち』信仰者たち。
『…者たちのようなものが』…者たちに訪れたようなものが。すなわち、試練。
『いまだ訪れていないのに』そして、彼らが耐えたようにおまえたちが耐えていないのに。
『いまだ…いない』「いまだ…いない(lammā)」は否定詞「lam」の意。
接続詞『…のに(wa)』は状態の副詞句。「lammā(いまだ…いない)」は否定詞「lam」の意。つまり「…がおまえたちに訪れていない、という状態で」ということ。
『困窮』極貧。
『苦難』病気。
『…が彼らを襲い』前の文を説明する新しい文。
『動揺させられ』さまざまな試練に悩まされ。
『使徒と彼と共に信仰した者たちが』彼らを襲った苦境を救う助けを待ちかねて。
他の誰よりも確かな信仰を持ち、誰よりも忍耐強い使徒と、彼に従う信者たちでさえもが、「アッラーがわれらに約束し給うた援助はいつ来るのか」と耐え切れずに嘆きを漏らすほどであった。もはやわずかな忍耐すら残らないほどの試練に彼らは耐えたのである。
『アッラーの援助は』アッラーがわれわれに約束し給うた神佑は。
『いつか』いつ来るのか。
苦しみからの解放を願う声で、疑念からの言葉ではない。
『…と言うほどであった』つまり、「…と言ったほどであった」。『言う』は未完了接続形で読む読誦法(「yaqūla」)と、未完了形で読む読誦法(「yaqūlu」)がある。
『アッラーの援助は近いではないか』アッラーの援助の到来は。
それゆえ、彼らが耐えたように耐えよ、そうすれば勝利を得るであろう。
彼らはおまえに、なにを施すかと問う。言え、「良いものでおまえたちが施すものは、両親、近親、孤児、貧しい者、そして旅の者のためである。おまえたちのなす良いことは、アッラーが知り給う」。(2:215)
『おまえに』ムハンマドよ。
『なにを施すかと問う』つまり、彼らが何を施すのかと。尋ねたのは、財産家のアムル・ブン・アル=ジャムーフで、預言者に「何を施すのか」、「誰に施すのか」と尋ねた。
『言え』彼らに。
『良いもので』多いものも少ないものも含むことを説明するものである。ここには二つの質問の一つである「何を施すのか」についての答えがあり、もう片方の質問である施し先については、次の御言葉で答え給うている。
『両親、近親、孤児、貧しい者、そして旅の者』彼らは(施しを受ける)一層の資格がある。
まず自分の存在のきっかけとなった両親が優先される。さらに、貧しい者すべてに施しをすることはできないため、両親に準ずる近親がそれ以外の者に優先される。また、孤児は自分で糧を得る手段を持たないため優先される。
『おまえたちのなす良いことは』施しであろうと、その他のことであろうと。
『アッラーが知り給う』アッラーがそれに報い給う。
おまえたちには戦いが書き定められた、おまえたちにとっては嫌なものであろうが。おまえたちはなにかを、おまえたちにとって良いことでも嫌うかもしれない。また、なにかを、おまえたちにとって悪いことでも好むかもしれない。アッラーは知り給うが、おまえたちは知らない。(2:216)
『戦いが』不信仰者に対する戦いが。
『書き定められた』義務付けられた。
戦闘は彼ら(不信仰者)が我々(ムスリム)の土地を侵略した時には個人義務となるが、彼らが彼らの土地にいる限り連帯義務である。
『おまえたちにとっては』その苦しさゆえに、当然ながら。
『嫌なものであろうが』嫌われるものであろうが。
『おまえたちはなにかを、おまえたちにとって良いことでも嫌うかもしれない。また、なにかを、おまえたちにとって悪いことでも好むかもしれない』自我は自らの破滅を必然的にもたらす煩悩に傾倒し、幸福を必然的にもたらす義務を避けるためである。戦争には、たとえおまえたちがそれを嫌おうと、おまえたちにとって良いものがきっとある。なぜなら、そこには勝利と戦利品、あるいは殉教と(来世での)報奨があるからである。一方、戦争の放棄には、たとえおまえたちがそれを望もうとも、悪がある。なぜなら、それには屈辱と貧困化と(来世での)報奨の剥奪があるからである。
『アッラーは知り給う』何がおまえたちにとって善であるのか。
『おまえたちは知らない』それを知らない。それゆえ、おまえたちにアッラーが命じ給うたことに取り掛かれ。
アッラーがおまえたちに命じ給うたことはおまえたちにとって良いものであり、アッラーがおまえたちに禁じ給うたものはおまえたちにとって悪いものである。おまえたちにはそれがわからないのであるから、自分の見解に従わず、アッラーの命令に従え。
彼らはおまえに、聖月について、その間の戦闘について問う。言え、「その間の戦闘は重大である。だが、アッラーの道の妨害と、彼への不信仰、聖なるモスクと、その住民をそこから追い出すことはアッラーの御許においては一層重大である。フィトナは殺害よりも重大である。彼らはできることならば、おまえたちをおまえたちの宗教から背かせるまでは、おまえたちと戦うことを止めない。おまえたちのうち宗教から背き、不信仰者のまま死ぬ者がいれば、それらの者の行いは現世でも来世でも無駄となる。それらの者は獄火の住人であり、彼らはそこに永遠に住まう」。(2:217)
預言者は彼の最初の派遣部隊を遣わした。この部隊はアブドッラー・ブン・ジャフシュの指揮下に不信仰者たちと戦い、イブン・アル=ハドラミーをジュマーダー・アル=アーヒラ月(ヒジュラ暦6月)の末日に殺した。ところが彼らは(実はその日が)ラジャブ月(ヒジュラ暦7月)の1日であったのを(ジュマーダー・アル=アーヒラ月と)勘違いしていたのであった。そこで、(マッカの)不信仰者たちが、その(聖月における殺害の)合法化を非難したのに対し、この節は啓示された。
預言者はこの派遣小隊以前にも、多くの派遣を行っておられたが、この派遣小隊は、ムスリムが不信仰者を殺害し、捕虜を捕らえ、戦利品を持ち帰った最初の戦いであった。
派遣小隊とは5人から300人、あるいは400人の部隊を言う。
預言者はアブドッラー・ブン・ジャフシュが指揮する軍勢をジュマーダー・アル=アーヒラ月、つまりバドルの戦いの2ヵ月前に派遣された。軍勢は8人で、ナツメヤシの林に潜んでクライシュ族を見張り、その動向を知らせる役目を負っていた。彼らがその場所に行くと、クライシュ族のキャラバンが側を通りかかった。キャラバンには4人の男がいて、ターイフから商品を運んでいた。軍勢は4人のうちの1人イブン・アル=ハドラミーを殺し、2人を捕虜にし、1人は逃げ、キャラバンの荷を獲得した。これがムスリムによる不信仰者の殺害の最初であり、また、捕虜と戦利品を得た最初であった。彼らはその日がジュマーダー・アル=アーヒラ月末日であると思っていたが、ラジャブ月1日のことであった。そこで、マッカの不信仰者たちは、「聖なる月における戦闘をおまえたちは合法化したのか」と尋ねた。それに対して下されたのがこの節である。
この節が下されると、アブドッラー・ブン・ジャフシュはマッカのムスリムたちに書き送って、「もし多神教徒たちがあなたがたに聖なる月における戦闘を非難したなら、彼らの不信仰と預言者とムスリムたちをマッカから追放し、カアバの巡礼を阻止したことを非難せよ」と言った。
『聖月』禁じられた月。
ここではラジャブ月のことを言う。
『その間の戦闘』「内包の言い換え(バダル・イシュティマール)」
つまり、『聖月』の「内包の言い換え」。なぜなら、それ(聖月)は、それ(戦闘)がその間に起こる、という意味で戦闘を内包しているからである(cf., al=Sāwī, Hāshiyah al=Sāwī, vol.1, p.99)。
『言え』彼らに。
『…戦闘は重大である』深刻な罪である。主語(『戦闘は』)と述語(『重大である』)である。
意図的に聖なる月に戦闘をすることは重大な罪であるが、ムスリム軍勢がなしたように誤って戦闘したならば、そこには罪はない。この節は、『多神教徒は見つけ次第、殺せ』(第4章[女]89節)によって破棄された。
『アッラーの道』アッラーの宗教。
『妨害』人々に対する邪魔だて。主語(その述語は後述の『一層重大である』)。
『彼への不信仰』アッラーへの。
『聖なるモスク』つまり、マッカ。
『(聖なるモスク)と』(聖なるモスク)の妨害と。
『その住民をそこから追い出すことは』それは、預言者と信仰者たちである。これらの主語の述語は次の句(『より一層重大である』)。
『アッラーの御許においては』その(聖月の)間の戦闘よりも。
『一層重大である』より一層責任重大である。
『フィトナ(悪の誘い)は』おまえたちの多神崇拝は。
『殺害よりも重大である』その(聖月の)間におまえたちを殺害するよりも。
『彼らは』つまり不信仰者たちは。
『おまえたちの宗教から背かせる』不信仰へと背かせる。
『…までは』…ために。
『おまえたちと戦うことを止めない』信仰者たちよ。
『不信仰者のまま死ぬ者がいれば…無駄となる』無効となる。ここで、その者に死による限定を付けているのは、もし彼がイスラームに戻れば、彼の(棄教前の)行いは無効にならず、その報奨を得るからであり、巡礼などもやり直さない。アル=シャーフィイーはこの説を採る。
ただし、この見解は弱く、シャーフィイー派の正統な見解では、報奨はなく、彼の行為は報奨なしに彼に再帰属することになる。そのような形でそれ(棄教以前の善行)が彼に再帰属する利点は、そのやり直しを課されないことである。
『行いは』良い行いは。
『現世でも来世でも』(現世での)それ(良い行い)による準備は(成果が)なく、(来世における)それに対する報奨もない。
信仰する者、そして移住し、アッラーの道で奮闘する者、それらの者はアッラーの御慈悲を望む。アッラーはよく赦す慈悲深い御方。(2:218)
この派遣小隊は、自分たちのなしたことが罪にはならないとしても報償はないだろうと考えたため、それに対して下された。
彼らはアッラーの御使いに、「われらのこの遠征に報償はあるか。われらに軍事遠征があることを期待する」と言った。
『移住し』自分たちの故郷を離れ。
『アッラーの道で奮闘する者』彼(アッラー)の宗教の地位向上のために。
『アッラーの御慈悲』彼の報奨。
『それらの者はアッラーの御慈悲を望む』それらの者はアッラーからの報償を願う。彼らは、報償が自分たちの行為から必然的にもたらされるものではなく、アッラーの御慈悲による特別な御恵みであることを知っているのである。
『アッラーはよく赦す』信仰者たちに対して。
『慈悲深い御方』彼ら(信仰者たち)に。
彼らは酒と掛け矢についておまえに問う。言ってやれ、「そこには大きな罪と人々への益があるが、それらの罪は益よりも大きい」。
彼らは、なにを施すべきかとおまえに問う。言ってやれ、「余分なものを」と。
こうしてアッラーはおまえたちに印を明らかにし給う。きっとおまえたちは考えるであろう。(2:219)
この節は、ウマル・ブン・アル=ハッターブ、ムアーズ・ブン・ジャバル、及びアンサールの者たちがアッラーの御使いの許を訪れ、「アッラーの御使いよ、酒と掛け矢について私たちに法判断を下してくれ。どちらも理性を去らせ、財産をなくさせるものである」と言ったのに対して下された。
「酒(khamr)」の原義は、「隠すこと」「覆うこと」である。酒は、理性を捕らえ(tukhāmir)、混濁させるものであることから「ハムル」と名付けられた。また、酒は理性を覆い隠すものであることからそう名付けられたとも言われる。
酒の禁止についてアッラーは4つの節を下し給うた。
まず、『また、ナツメヤシとブドウの実からも。おまえたちはそれから酔う物と良い糧を得る』(第16章67節)がマッカで下された。イスラームの初期において酒は許されたものであったため、ムスリムたちはそれを飲んでいたのである。
次いでマディーナでウマルとムアーズの質問に答えて、『彼らは酒と掛け矢についておまえに問う。言ってやれ、「そこには大きな罪と人々への益があるが、それらの罪は益よりも大きい」』(第2章219節)が下された。そこである者たちは「罪が大きい」という言葉から酒を遠ざけたが、またある者たちは「人々への益がある」という言葉からそれを飲み続けた。
アブドッラフマーン・ブン・アウフがアッラーの御使いの教友たちを食事に招いた。彼は客に食事を振る舞い、酒を飲ませた。マグリブ(夕方)の礼拝の時間が来たため人々は一人に礼拝の先導をさせて彼はクルアーンを読誦したが、「言え、不信仰者たちよ、おまえたちが仕えるものに私は仕える」と否定詞を抜いて最後まで読んでしまった(正しくは「言え、不信仰者たちよ、おまえたちが仕えるものに私は仕えない」第109章1−2節)。そこでアッラーは、『信仰する者たちよ、おまえたちが酔っている時にはなにを言っているかわかるようになるまで礼拝に近づいてはならない』(第4章43節)を下し、礼拝時に酒を飲むことを禁じ給うた。そこで人々は礼拝時には酒を遠ざけたが、ある者はイシャーゥ(夜)の礼拝の後に酒を飲み、酔ったまま朝を迎えスブフ(夜明け前)の礼拝をし、その後また酒を飲み、ズフルの礼拝時にはしらふに戻っていた。
ある時、ウトゥバーン・ブン・マーリクがサアド・ブン・ワッカースを含むムスリムたちを食事に招いた。彼らには焼いたラクダの頭が振る舞われた。人々は食べ、酔うまで飲み、その状態で家柄の自慢を始め、詩を歌った。ある者たちが自分の一族を誇る詩を歌い、アンサールの人々を笑い者にした。そこでマディーナのアンサールのある者がラクダの顎の骨をつかんでそれでサアドの頭を叩き、骨の出るような傷を負わせた。サアドはアッラーの御使いのところに行って、そのアンサールを訴えた。すると、ウマルは、「アッラーよ、われらにハムル(酒)についてはっきりとした明証を示し給え」と言った。するとアッラーは第5章[食卓]の90節から91節の『これでおまえたちも止めにするか』までを下し給うた。そこでウマルは、「主よ、われらは止めました」と言った。これは部族連合の戦いより数日後のことであった。酒がこのように段階的に禁止されたのは、アラブ人には飲酒の習慣が一般的で、よく飲んだため、一度に禁止したら守ることが困難だとアッラーは知っておられたためで、それゆえ、このように段階的措置を取り、優しくされたに違いない。
『彼らは酒と賭け矢についておまえに問う』『賭け矢』とは賭け事である。両者についての規定を問う。
「賭け矢(maysir)」とはギャンブルのことで、「yusr(安易)」から派生したものと言われる。苦もなく金を手に入れることができるからである。ここではあらゆる種類のギャンブルを含む。
『言ってやれ』彼らに。
『そこには』それに耽ることには。
『大きな罪』その両者によって口論、罵り合い、猥談などが生ずるため。別の読誦法では「大きな(kabīrun)」の代わりに第2語根に3つの点を打って「多くの(kathīrun)」と読む。
『人々への益がある』酒については美味で、楽しく、賭け矢については苦労なく金儲けができる。
酒はうまく、人を陽気にさせ、顔色を良くし、けちを気前よくさせ、心配事を忘れさせ、消化を助け、性欲を強め、臆病を勇敢にする。
『それらの罪は』その二つから生じる害悪の方が。
『益よりも大きい』重大である。この節が啓示された時、ある者はそれを飲みつづけたが、別の者たちは禁酒し、最終的に第5章[食卓]の節がそれを禁じるに至った。
『なにを施すべきか』つまり、それはどれほどか。
アムル・ブン・アル=ジャムーフとその仲間たちがどれほど施したらよいかを尋ねた。
『言ってやれ、「余分なものを」』施せ。つまり、必要なものをひいた残りを。おまえたちが必要とするものまで施し、自滅してはならない。(「余分なものを(al-‘afwa)」は、)別の読誦法では、主語「それは」が省略されたと考えて、主格で「余分なものである(al-‘afwu)」と読む。
『こうして』上記のことをおまえたちに明らかにしたように。
アッラーはおまえたちが現世と来世に役立つことについて考えるように決まりを明示し給う。
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