諸礼拝と中心の礼拝を守れ。アッラーに対して従順に立て。(2:238)
『諸礼拝…を守れ』5回の礼拝をその定刻内に行うことによって。
『中心の礼拝』それは遅い午後(アスル)、夜明け前(スブフ)、または昼(ズフル)の礼拝、あるいはその他か、多くの説がある。その重要性ゆえに特記されている。
「あるいはその他」とは、夕方(マグリブ)、夜(イシャーゥ)、5回のうちのいずれか、または、ジャナーザ(葬儀)、ジュムア(金曜)の礼拝のことなどとも言われる。
『中心の』とは、なにかとなにかの間という意味ではなく、正しい、平均の、という意味である。
『従順に』『従順に(qānitīn)』は、預言者の言葉、「クルアーン中の『クヌート(従順)』はみな服従のことである」(アフマドなどの伝承)から、「服従して」ということだと言われる。また、アル=ブハーリーとムスリムの収録するザイド・ブン・アルカムの伝えるハディース、「われらは礼拝中に話をしていたが、この節が啓示され、沈黙が命じられ、話すことが禁じられた」によると、これは「黙って」という意味である。
『立て』礼拝において。
もしおまえたちが恐れるならば、徒歩のまま、または騎乗のまま。安全になったらアッラーを念じよ。おまえたちが知らなかったことを彼がおまえたちに教え給うたように。(2:239)
『恐れるならば』敵、流水、猛獣などを。
『徒歩のまま』つまり、歩行者のまま礼拝せよ。徒歩(rijālun)とは徒歩者(rājilun)の複数形。
『騎乗の』騎乗(rukbānun)は騎乗者(rākibun)の複数形。つまり、できるに応じ、キブラ(礼拝の方向)を向いて、あるいは向かずに。屈礼や跪拝は合図で行う。
『安全になったら』恐れから。
『アッラーを念じよ』礼拝せよ。
『おまえたちが知らなかったことを彼がおまえたちに教え給うたように』彼が教え給う前は知らなかった礼拝の義務や諸要項を。『…ように(kamā)』の「ka」は「とおりに」、「mā」は関係詞、あるいは動名詞の「mā」。
おまえたちのうち妻を残して死去する者は、妻たちへの遺言を、そして外出なしの一年までの慰謝料を。もし彼女らが家を出たなら、彼女らが良識に従って自分のためになすことについておまえたちに罪はない。アッラーは威力比類なく、英明な御方。(2:240)
『妻たちへの遺言を』遺言せよ。(『遺言を(wasīyatan)』は、)別の読誦法では主格で(「遺言が(wasīyatun)」と)読む。つまり、「遺言が彼らに課される」の意味。
『外出なしの』状態の副詞的修飾句。つまり彼女の家から出ることのない。
『一年までの』夫の死後、彼女に課せられる謹慎期間の。
『慰謝料を』与えよ。彼女が享受するための生活費や衣服など。
『もし彼女らが家を出たなら』自分自身で。
『彼女らが良識に従って自分のためになすことについて』聖法に則って着飾ったり、服喪をやめたり、生活費の受給を断ったりすることについて。
『おまえたちに罪はない』死者の相続人たちよ。
『アッラーは威力比類なく』その主権において。
『英明な御方』その御業において。
この節は相続の節によって破棄された。1年の待機も、節の順序から言えばこれに先立つが、啓示の順から言えばこれより後に下された「四ヵ月と十日」の節(第2章234節)によって破棄された。ただし、アル=シャーフィイーによれば、謹慎(の義務自体)は(破棄されず)確立している。
1年という謹慎期間だけが廃棄されたのである。
離縁された女には良識に従った慰謝料がある。畏れ身を守る者の義務として。(2:241)
『良識に従った』能力に応じて。
『慰謝料がある』彼女らに与えられる。
先の節(第236節)は触れていない女についてだったため、すでに身に触れた女も含めるため、これ(離縁された女への慰謝料)が繰り返されている。
『畏れ身を守る者』至高なるアッラーを。
『義務として』省略された動詞によって、対格になっている。
「それが課される」が省略されている。
こうしてアッラーはおまえたちに彼の印を明らかにし給う。きっとおまえたちも考えるであろうと。(2:242)
『こうして』おまえたちに上記のことが明らかにされたように。
この節は、アッラーが将来、しもべたちが現世と来世で必要とする論証や規定を明らかにし給う、との約束である。
『おまえたちも考えるであろう』熟考するであろう。
おまえは数千人に及ぶ死を恐れて自分の家を出て行った者たちを見なかったか。アッラーは彼らに、「死ね」と仰せられ、それから彼らを生き返し給うた。まことにアッラーは人々に対し恩恵を持った御方。だが、人々の多くは感謝しない。(2:243)
『数千人に及ぶ』4千人、あるいは8千人、あるいは1万人、あるいは3万人、あるいは4万人、あるいは7万人。
6つの説をあげているが、最も適切なのは後半の3説である。なぜなら、「数千(’ulūfun)」は大人数を意味するが、その本義は1万以上だからである。アル=クルトゥビーがこう述べている。
『死を恐れて』理由の目的語(副詞句)。この者たちはイスラーイールの民で、故郷に疫病が発生し、逃げ出した。
『見なかったか』驚かせ、後続の話に聞き入ることを勧誘する疑問文。つまり、おまえの知るところとなるように、との意味。
『アッラーは彼らに、「死ね」と仰せられ』それで彼らは死んだ。
『それから彼らを生き返し給うた』それから8日ほどした後、彼らの預言者ヒズキール(エゼキエル)の呼びかけで生き返り、その後しばらく生きた。彼らには死の跡があり、死装束のように変色して黄ばんだ服しか着ず、彼らの子孫にもそれが受け継がれた。
一説によれば、ヒズキールがこれらの死者の傍らを通りかかると、立ち止まって彼らのことを考え、涙し、言った、「主よ、私はあなたを称え、賛美し、崇め、あなたの偉大さを称える民の出ですが、私はたった一人で、民がいません」。すると、アッラーは啓示を下し仰せられた、「呼びかけよ、『骨たちよ、アッラーはおまえたちに集まるよう命じ給う』と」。すると、涸川の上から下から骨が集まり、それぞれがくっつき、肉のない骨の一体となった。すると、アッラーは彼に仰せられた、「呼びかけよ、『体たちよ、アッラーはおまえたちに肉をまとうよう命じ給う』と」。するとそれらは肉をまとった。それから、アッラーは彼に仰せられた、「呼びかけよ、『体たちよ、立ち上がれ』と」。すると、それらは生き返り、国に戻った。
『恩恵』その中には彼らを甦らせることも含まれる。
『人々の多くは』それは不信仰者たちである。
『感謝しない』この物語を述べた意図は、信仰者を戦争へと鼓舞することである。それゆえこの後に次節(『アッラーの道において戦え』)の句が続く。
アッラーの道において戦え。そしてアッラーがよく聞き、よく知り給う御方と知れ。(2:244)
『アッラーの道において戦え』アッラーの宗教の地位向上のため。
『よく聞き』おまえたちの言葉を。
『よく知り給う御方』おまえたちの状態について。そしておまえたちに報い給う。
戦闘に臨む者への報いの約束であり、戦闘から逃れようとする者への警告の言葉である。
アッラーに良い貸し付けをする者は誰か。彼はそれを倍加し、数倍にもなし給う。アッラーは締め付け給い、また気前良く広げ給う。そしておまえたちは彼の御許に帰らされるのである。(2:245)
『アッラーに…貸し付けする』自分の財産をアッラーの道に費やす。
『良い貸し付けを』荘厳にして威力あるアッラーのために心から喜んでそれを費やすことによって。
ここでは人間に理解しやすいよう人間的な喩えが用いられているが、もちろん、アッラーは自足し称賛されるべき御方である。
『彼はそれを倍加し』『彼はそれを倍加し(fa-yudāifa-hu)』は、別の読誦法では、派生形第2形で第2語根を促音にして「fa-yudayyifa-hu(それを倍増し)」と読む(意味はほぼ同じ)。
『数倍にも』後述のように10倍から700倍に。
『アッラーは締め付け給い』御望みの者には、試練として生計をきつくし給い。
それに忍耐するか否かを試すために。
『また気前良く広げ給う』御望みの者には、試みとして生計を拡大し給う。
それに感謝するか否かの(試みとして)。
豊かになるのもそうでないのもアッラーの御心次第であるから、貧困を恐れて出し惜しんではならない。アッラーが御望みの者はどんなに施しをしても、アッラーが彼をさらに富ませ、また、アッラーが御望みの者はどんなに出し惜しみをしても、アッラーが彼をさらに貧しくし給うのである。
『そしておまえたちは彼の御許に帰らされるのである』来世で。そして、彼はおまえたちの行いに応じて報い給う。
おまえはムーサーの後のイスラーイールの子孫の長老たちを見なかったか。彼らは彼らの預言者に、「われらに王を遣わしてくれ。アッラーの道において戦おう」と言った。彼は言った、「おそらくおまえたちは、戦いがおまえたちに課せられても、戦わないのではないか」。彼らは言った、「どうしてわれらがアッラーの道において戦わないことがあろうか。われらはわれらの家と子供たちから離れさせられたのである」。ところが、戦いが彼らに命じられると、彼らのうち少数を除き背き去った。アッラーは不正な者についてよく知り給う御方。(2:246)
ムーサーの死後、ユーシュア(ヨシュア)がその後を継ぎ、律法の書に従って民を律し、彼の後はカーリブ(カレブ)、ヒズキール(エゼキエル)、イルヤース(エリヤ)、アルヤスア(エリジャ)が継いだ。その後、敵のアマーリク(巨人)族がイスラーイールの民を打ち負かし、多くを捕虜とした。その時点で預言者はなく、預言は途絶え、一人の妊娠中の女を除きすべての者が滅ぼされた。彼女は男の子を産み、彼はシャムウィール(サムエル)と名付けられた。それはアラビア語ではイスマーイールになる。彼が長じると、彼女は彼にエルサレムの神殿で律法の書を渡し、学者たちのひとりが彼を育てた。彼が大人になるとアッラーは彼に預言を授け、民たちの許に遣わし給うた。すると、彼らは、「もしおまえが真実を語っているなら、われらに王を遣わしてくれ」と言い、この節が啓示された。彼はイスラーイールの民に王の下に結集し、預言者に従うよう命じる任務を帯びていた。
『ムーサーの後の』ムーサーの死後の。
『長老たちを』集団を。
ある民の「al-mala’(長老たち)」とはその顔役、貴族。アル=ファッラーゥ(’Abū Zakrīya Yahyā, ヒジュラ暦207年没)は、「クルアーンにおいては、『長老たち』は全て、男たちである」と言う。
『見なかったか』彼らの話、彼らの伝承を。
『彼らの預言者』それはシャムウィールである。
『王を遣わしてくれ』王を擁立してくれ。
『アッラーの道において』彼(王)によってわれらの意見がまとまり、われらが彼を拠り所とする。
『戦おう』彼と共に戦おう。
『彼は言った』預言者(シャムウィール)は、彼らに。
『おそらく』第2語根を母音「a」とする読誦法(「‘asaitum」)と、母音「i」とする読誦法(「‘asītum」)がある(意味は同じ)。
『戦わない』『おそらく(おまえたちは)』の述部。
『…のではないか』疑問形は、その(戦わないことの)予想を確認するためのものである。
『どうしてわれらがアッラーの道において戦わないことがあろうか』つまり、それ(戦争)を余儀なくするものがある以上、我々にそれ(戦争)を止めるものはない。
『われらはわれらの家と子供たちから離れさせられたのである』捕虜にされ、殺されて。彼ら(子供たち)に対し、まさしくジャールートの民はそのようなことをなした。
ジャールートは彼らの王で、アマリーク・ブン・アードの子孫の出の暴君であった。彼らはイスラーイールの民を打ち負かし、家を奪い、子供たちを捕虜にし、彼らの王族の子息ら440人を捕虜として連れ去り、彼らに人頭税を課した。
『彼らのうち少数』後述のように、彼らはタールートと共に川を渡った。
至高なるアッラーは(次のように)仰せられた。
『背き去った』それ(戦争)から背き去った。
『アッラーは不正な者についてよく知り給う御方』そして彼らに報い給う。預言者(シャムウィール)は王の派遣を祈願し、アッラーはタールートの派遣によって彼に応えた。
これは、戦いから背を向け、言葉と行いが一致しない者たちに対する警告である。
彼らの預言者は彼らに言った、「アッラーはおまえたちにタールートを王として遣わし給うた」。彼らは言った、「どうして彼にわれらを支配する王権が与えられるのか。われらこそ彼より王権にふさわしく、彼は財産も豊かではない」。彼は言った、「アッラーは彼をおまえたちの上に選び、彼の知識と身体を豊かに増し給うたのである。アッラーは、御望みの者に彼の王権を授け給う。アッラーは広大にして、全知なる御方」。(2:247)
『アッラーはおまえたちにタールートを王として遣わし給うた』預言者シャムウィールは主に祈り、アッラーはそれに応えてタールートを王として遣わし給うた。
シャムウィールが王の派遣をアッラーに祈ると、アッラーは彼に杖と聖別の油の入った角を送り給うた。「王となる者は、この杖と同じ背丈である。また、この油の入った角を見よ。おまえの許にある男が入ってくると、角の油が発散するであろう。その男がイスラーイールの民の王である。彼の頭に油を注ぎ、彼を王とせよ。彼の名はタールートである」。はたして、シャムウィールの許に男がやってくると、角の油が発散した。そこでシャムウィールは立って彼の身長を計った。すると杖の長さであった。そこで彼はタールートに言った、「あなたの頭を近づけよ」。彼が頭を近づけると、彼に聖別の油を注ぎ、言った、「あなたはアッラーが私に王とするよう命じ給うたイスラーイールの民の王である」。するとタールートは言った、「あなたは私の支族がイスラーイールの民の王の支族で最も小さいことを知らないのか」。シャムウィールは言った、「知っている。アッラーは御望みの者に彼の王国を与え給うのである」。彼の名はヘブライ語でシャーウル(サウル)・ブン・キース・ブン・ビンヤミーン・ヤゥクーブと言ったが、背が高いためタールートとあだ名された。当時の誰よりも頭と肩の分ほど背が高かった。
『どうして』いかにして。
『われらこそ彼より王権にふさわしく』彼は王族の出ではなく、預言者の血筋でもなく、皮なめし屋か羊飼いであった。
『彼は財産も豊かではない』王権を樹立する助けとなる財産もなかった。
『彼は言った』預言者(シャムウィール)は、彼らに。
『アッラーは彼をおまえたちの上に選び』そのために彼を選別した。
『彼の知識と身体を』彼は当時のイスラーイールの民の中で最も知識があり、最も美しい身体をしていた。
『豊かに』広大に。
『御望みの者に彼の王権を授け給う』それを与えようと御望みの者に。それゆえ、彼に反抗するな。
『アッラーは広大にして』その恩恵において。
『全知なる御方』誰がそれに相応しいかを。
彼らの預言者は彼らに言った、「彼の王権の印は、おまえたちに櫃がもたらされることである。その中にはおまえたちの主からの静謐とムーサーの一族とハールーンの一族が残した遺品があり、それは天使たちが運んでくる。まことにそこにはおまえたちへの印がある、もしおまえたちが信者であるならば」。(2:248)
『彼らの預言者は彼らに言った』彼らが彼に、彼の王権に対する印を求めた時。
『櫃がもたらされる』「櫃」とは「箱」である。その中には預言者たちの像が入っていた。アッラーはその櫃をアーダムに下し、それは彼らの許にあった。しかし巨人族が彼らを征服すると、彼らはそれを奪い、それによって敵への勝利を祈り、それを戦争において先頭に立て、至高なるアッラーが以下のように仰せのように、それに頼って安心を得ていた。
「ターブート(櫃)」は、長さ3腕尺、幅2腕尺の金のメッキがほどこされた木箱で、アーダムが持っていた。その中には諸預言者の像が納められており、代々子孫に引き継がれ、ムーサーはその中に律法の書と食糧を納め、死ぬまで保管した。その後、イスラーイールの民がそれを受け継いだが、かれらは何かで意見が分かれるとその櫃に仲裁を求め、櫃は彼らに裁定を告げた。戦闘の時にはそれを前に掲げ、天使がそれを運んだ。それを運ぶ一団が用意され、敵と戦ったとも言われる。そして叫び声が聞こえると彼らは勝利を確信した。しかし、彼らは堕落し、教えに背くようになったため、アッラーは巨人族に彼らを打ち負かさせ給うた。巨人族は櫃を奪い、それを便所にした。アッラーがタールートを王とすることを望み給うと、巨人族に災害を送り給い、櫃に放尿した者はことごとく痔を患った。そして5つの町が滅んだため、不信仰者たちは、それは彼らが櫃を侮辱したせいだと悟り、それを捨てた。そこで、天使がそれをイスラーイールの民の許に運んだ。
「ターブート」は「帰還(rujū‘)」の意味の動名詞「taub」からの派生語である。そこから出るものは常にそこに戻るため、そう名付けられた。
『静謐』おまえたちの心の安静。
戦闘時、ムーサーがターブートを掲げると、兵士たちの心が落ち着き、逃げ出さなかった。一説によれば、その中には、猫のような頭と尻尾を持ち、翼のあるトパーズかサファイヤの像があり、ターブートは敵に向かって素早く進み、その後を兵士が続き、それが停止すると兵士も静止し、勝利が下った、と言う。
『ムーサーの一族とハールーンの一族が残した遺品があり』つまり、彼らが遺したムーサーのサンダルと杖、ハールーンのターバン、かつて彼らに下されていた多少のマンナ(マナ)、そして石板の破片である。
『それは天使たちが運んでくる』この句は、「おまえたちにもたらされる」の主語動詞にかかる状態の副詞的修飾句である。
『おまえたちへの印がある』彼の王権に対する。
『もしおまえたちが信者であるならば』彼らの目の前で天使がそれを天から地へと運び、タールートの許に置いた。そこでかれらは彼の王権を認め、ジハードに急いだ。そこで彼は若者の中から7千人を選抜した。
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