「われらが主よ、われらは信じた。それゆえ、われらの罪を赦し、獄火の懲罰からわれらを守り給え」と言う者たちで、(3:16)
『われらが主よ』ヤー、(われらが主よ)。
『われらは信じた』あなたと、あなたの使徒を真実と認めました。
『「われらは信じた。それゆえ、われらの罪を赦し、獄火の懲罰からわれらを守り給え」と言う者たちで』この祈りにおける順序は、信仰さえあればアッラーの御赦しを受けるにふさわしい者となることを証しするもので、信仰だけあっても御赦しには相応しくないと言うムウタズィラ派に対する反駁がここにある。
『…と言う者たちで』前節の『…(畏れ身を守る)者たち』の形容詞的修飾句、あるいは言い換え。
忍耐強く、誠実で、敬虔で、よく施し、暁に赦しを乞う者である。(3:17)
『忍耐強く』形容詞的修飾句(前節の『…者たち』の)。服従行為を守り、反逆を避けることにおいて。
『誠実で』信仰において。
『敬虔で』アッラーに服従し。
『よく施し』喜捨を払い。
定めの喜捨と自発の喜捨を。
『暁に』夜の終わりに。この時間が特記されているのは、それは失念の時、眠りを貪る時だからである。
ルクマーンは息子に次のように言ったと言われる、「おまえは寝床で眠っていて、暁に声を上げる雄鶏より無能であってはならない」。
『赦しを乞う者である』アッラーに。「アッラーよ、われらを赦し給え」と言って。
アッラーは、彼のほかに神はないと立証し給い、天使たちも、知識を持つ者たちもまた。公正を貫く御方である、と。彼のほかに神はない。威力比類なく英明なる御方。(3:18)
『彼のほかに神はない』存在するものにおいて真に仕える対象はない。
『立証し給い』彼の被造物に対し、証拠と印によって、明白なものとなし給うた。
『天使たちも』承認によって。
『知識を持つ者たちも』預言者と信仰者たちも。信仰と言葉によって。
『また』それを証言した。
『公正を貫く御方である、と』彼の被造物の采配において。状態の副詞的修飾句の対格。この文節(『彼のほかに神はない』)の意味、つまり「彼は単独である」という意味の(動詞的)機能によって対格になっている。
状態の副詞的修飾句は御名(『アッラー』)にかかっているか、『彼のほかに』の代名詞「彼」にかかっているかであるが、後者の方が良い。アッラーが、「彼のほかに神はない」との第一の証言と、「その彼が公正を貫く御方である」との第二の証言の二つの証言をし給うたことを意味する(cf., al=Sāwī, Hāshiyah al=Sāwī, vol.1, p.144)。
『彼のほかに神はない』強調のための繰り返し。
『威力比類なく』彼の主権において。
『英明なる御方』彼の御業において。
この節の徳について、アッラーの御使いは言われた、「この節に親しんだ者が復活の日に連れて来られると、威力比類なきアッラーは仰せられる、『このしもべにはわが許に約束のものがある。われは約束を果たすに最もふさわしい者である。わがしもべを楽園に入れよ』」。
寝る時にこの節を唱え、その後に、「アッラーが立証し給うたことを私も証言し、その証言をアッラーに預ける」と言った者は、その証言がアッラーの御許に預けられ、復活の日、アッラーは彼に、「このしもべにはわが許に約束したものがある…」と仰せられる、と言われる。
アル=カルビーによると、預言者の許にシリアから2人のユダヤ教の学者がやって来て彼に尋ねた、「あなたがムハンマドか」。「そうだ」。「われらには質問がある。もしあなたがわれらにそれについて告げたら、われらはあなたを信じ、あなたを正しいと認めよう」。そこで、アッラーの御使いは、「尋ねなさい」と言われた。すると彼らは言った、「アッラーの書のなかで最も大いなる証言についてわれらに教えてくれ」。すると、アッラーはこの節を下し給い、2人はイスラームを受け入れた。
まことにアッラーの御許における宗教はイスラームである。啓典を授けられた者たちが対立したのは、彼らに知識がもたらされた後にほかならず、互いの間の妬みからであった。アッラーの印を拒絶する者がいれば、アッラーは清算に迅速な御方。(3:19)
『まことに』『’inna(まことに)』を「’anna」と読む読誦法もあるが、その場合は、前節の「’anna-hu(…であると)」(と立証し給い)の内包の言い替えである。
『アッラーの御許における』(アッラーの御許で)承認された。
『宗教は』それは。
『イスラームである』つまり、使徒がそれと共に遣わされた、唯一神信仰に立脚した聖教(shar‘)である。
この節は、ユダヤ教徒が、「ユダヤ教よりよい宗教はない」と言い、キリスト教徒が、「キリスト教よりよい宗教はない」と言うのに対して下された。
『啓典を授けらたれ者たちが』ユダヤ教徒とキリスト教徒が。
『対立したのは』ある者は唯一神を崇拝し、またある者はそれを否定した。
ユダヤ教徒とキリスト教徒のある者はイスラームを真理と認め、ある者はアラブ人の宗教だと言い、別の者は完全否定し、ある者はアッラーの唯一性を否定し、三位一体を主張したり、ウザイル(エズラ)をアッラーの息子だと言った。
『彼らに知識がもたらされた後にほかならず』タウヒード(唯一神信仰)についての(知識が)。
『互いの間の妬みからであった』不信仰者側からの。
『アッラーは清算に迅速な御方』その報いにおいて(迅速な)。
それゆえ、彼らがおまえと論争するならば、言え、「私は私の顔をアッラーに差し出し、私に従う者たちもまた」。また、啓典を授けられた者たちと文盲の者たちに言え、「おまえたちは帰依したか」。もし彼らが帰依したなら、彼らは導かれたのである。また、もし彼らが背を向けたとしても、おまえに課されたのは伝達だけである。アッラーはしもべたちを見ておられる。(3:20)
『彼らがおまえと論争するならば』ムハンマドよ、もし不信仰者が宗教についておまえに議論を吹きかけるならば。
『言え』彼らに。
『私は私の顔をアッラーに差し出し』私は彼に服従し。
特に「顔」に言及しているのは、顔は最も高貴な部分であるからで、それ以外の部分を服すことは言うまでもない。
『啓典を授けられた者たちと』ユダヤ教徒とキリスト教徒と。
『文盲の者たちに』アラブの多神教徒に。
ここでは、啓典を持たない者たち、という意味で、たとえ読み書きができたとしてもである。
『おまえたちは帰依したか』つまり、帰依せよ。
『彼らは導かれたのである』誤りから。
『もし彼らが背を向けたとしても』イスラーかムら。
『おまえに課されたのは伝達だけである』使信の伝達だけである。
『アッラーはしもべたちを見ておられる』そして、彼らに彼らの行いに応じた報いを与え給う。これは、戦闘の命令以前のものである。
まことにアッラーの印を拒絶し、不当に預言者を殺し、人々のうち公正を命じる者を殺す者たち、それなら彼らには痛烈な懲罰の吉報を伝えよ。(3:21)
『不当に預言者を殺し』「yaqtulūna(殺し)」は動詞派生形第3形で「yuqātilūna(戦う)」と読む読誦法もある。
『人々のうち』ユダヤ教徒である。彼ら(の祖先)は43人の預言者を殺し、彼らを阻止しようとした信徒170人を同じ日に殺したと伝えられる。
『公正を』正義を。
『痛烈な』痛みを与える。
『それなら…吉報を伝えよ』知らせよ。『吉報』という言葉は、彼らを脅すためのものである。
「’inna(まことに)」の述部が「fa-(それなら)」で始まっているのは、関係代名詞「alladhīna(…者たち)」が条件詞「man(…者が存在するなら)」に準ずるからである(アラビア語文法では、条件節の帰結節は、名詞文の場合は「fa-」で受ける)。
それらの者は現世と来世において己の行為を台なしにした者たちであり、彼らには援助者はいない。(3:22)
『現世と来世において』その(善行の)条件(つまりイスラーム)がないために、それ(善行)によって(来世に)備えることができない。
『己の行為を』施し、血縁者の孝行など、彼らのなす善行を。
『台なしにした者たち』無駄にした者たち。
『彼らには援助者はいない』懲罰を阻止する者はない。
おまえは啓典の一部を授けられた者たちを見なかったか。彼らは彼らの間を裁くためにアッラーの書へと呼びかけられ、その後に彼らの一部が背き去り、不服従者となったのであった。(3:23)
『おまえは啓典の』律法の書の。
『一部を』分け前を。
『授けられた者たちを見なかったか』眺めなかったか。
『呼びかけられ』状態の副詞的修飾句。
『その後に彼らの一部が背き去り、不服従者となったのであった』ユダヤ教徒に下された規定の受け入れに対し。彼らのうち2人が姦通を犯し、彼らは預言者に判決を求めた。彼が2人に石打刑を判決されると、彼らはそれを拒んだ。そこで律法の書が持って来られ、そこに(石打を)見出し、2人は石打刑となった。そこで彼らは怒った。
イブン・アッバースによると、ハイバル族の男女が姦通を犯したが、高貴な家の出の者であったため石打刑を厭い、預言者がそれを免じた裁きを下すことを期待して彼の許に相談に来たが、彼は石打刑を命じられた。すると、アル=ヌウマーン・ブン・アウファーとアディー・ブン・アムルは言った、「2人に対してあなたは不当なことをした、ムハンマドよ、石打はいけない」。すると、アッラーの御使いは言われた、「私とあなたがたの間には律法の書がある」。すると彼らは言った、「あなたは正しい」。彼は言われた、「あなたがたのうち律法の書を最もよく知っている者は誰か」。「ファダクに住むアブドッラー・ブン・スーリヤーという片目の男である」と彼らは言った。そこで、彼らは彼を呼びにやった。
彼がマディーナに来ると、ジブリールが預言者に彼の特徴を描写していたので、預言者は彼に向かって、「あなたがイブン・スーリヤーだ」と言い、彼は、「そうだ」と答えた。「あなたはユダヤ人の中で最も律法の書のことをよく知っているそうだが」。「人々はそう言う」。そこでアッラーの御使いは律法の書を持ってこさせ、彼に読むよう命じられた。イブン・スーリヤーは読み、「石打の節」に来ると、手をそこに置き、その後を読んだ。すると、アブドッラー・ブン・サラームは言った、「アッラーの御使いよ、彼は読み飛ばした」。そして立って、そこから彼の手を退け、そこをアッラーの使徒とユダヤ教徒たちに読んだ。そこには、「既婚の男女が姦通を犯し、証拠が明らかとなった場合、2人は石打刑を受ける…」とあった。そこで、アッラーの御使いは彼らに石打刑を命じ、2人は石打にされ、ユダヤ教徒はそれに腹を立てた。それに対してアッラーはこの節を啓示し給うた。
それは、彼らが、「獄火は一定の日数しかわれらに触れることはない」と言い、彼らの宗教において彼らが捏造したものが彼らを欺いたからである。(3:24)
彼らが獄火に焼かれるのは彼らの祖先が子牛を崇拝した40日間だけであり、それだけですべての罪は帳消しにされると主張した。
『それは』背を向け、背いたのは。
『一定の日数しか…』彼らの祖先が子牛を崇拝した40日間で、その後彼らはそれを止めた。
『「…われらに触れることはない」と言い』この彼らの言葉が原因である。
『彼らの宗教において彼らが捏造したものが』その彼らの言葉が。
『彼らを欺いたからである』前の御言葉(『捏造したものが』)に掛かっている。
彼らは、「獄火はわずかな日々しか我々には触れない」「われらの祖先の預言者たちがわれらのために仲裁してくれる」「アッラーがヤゥクーブに彼の子孫は誓言の破約以外は罰さないと約束し給うた」などと言った。
疑いのない日にわれらが彼らを集めた時はどんなであろうか。人は誰も稼いだものがそっくり支払われ、彼らは不正を受けることはない。(3:25)
『疑いのない』疑念のない。
『日』復活の日である。
『…に』…において。
『どんなであろうか』彼らの状態は。
『人は誰も』啓典の民もそうでない者も。
『稼いだものが』なした善と悪が。
『そっくり支払われ』報いが。
『彼らは』人々は。
『不正を受けることはない』善行が減らされたり、悪行が加算されたりすることによって。
言え、「アッラー、王権の所有者よ、あなたは御望みの者に王権を授け、御望みの者から王権を取り上げ給う。また、御望みの者に勢力を授け、御望みの者を卑しめ給う。あなたの御手に善はある。まことにあなたはすべてのものに対し全能なる御方」。(3:26)
アッラーの御使いが彼のウンマにペルシャとローマ帝国を手に入れる約束をした時、偽信者たちは、「とんでもないことよ」と言った。それに対して下された。
連合軍との戦いの時、塹壕の線を引き、10人毎に40ズィラーウ(腕尺)を割り当て、掘り始めたところ、つるはしが入らない大きな岩が現れた。そこでサルマーンを使いに送ってアッラーの御使いを呼びにやると、彼はサルマーンからつるはしを取って、それで岩を叩かれた。すると岩は割れ、その間から光が走り、それは暗い家のくぼみに明かりが灯ったようであった。そこで彼は「アッラーは至大なり」と唱え、彼と共にいたムスリムたちも「アッラーは至大なり」と唱えた。すると、彼は言われた、「そこから私に犬の牙のようなヒーラの城(ヒーラとはクーファの近くの町で、そこには白く小さい犬歯に似た城があった)が輝き出た」。それから2度目につるはしを打ち込むと、言われた、「そこから私にルームの地の赤い城が輝き出た」。それから3度目につるはしを打ち込むと、言われた、「そこから私にサヌアーの城が輝き出た。ジブリールが私に告げたことによると、私のウンマはそれらすべてを制圧する。それゆえ、喜びなさい」。すると、偽信者たちは言った、「彼がおまえたちに虚偽を約束していることをおかしいと思わないか。彼はヤスリブの地(マディーナ)からヒーラの城を見ると言う。そして、それがおまえたちの手に落ちると言うのである。恐怖から塹壕を掘って、そこから出られもしないというのに」。それに対してこの節は下された。
『アッラー』アッラーよ。
『御望みの者に』あなたの被造物のうち。
『王権を授け』与え。
『御望みの者に勢力を授け』その付与によって。
『御望みの者を卑しめ給う』彼からそれを取り上げることによって。
『あなたの御手に』あなたの御力に。
『善はある』つまり、悪もまた。
夜を昼に挿し込み、昼を夜に挿し込み、生を死から出でさせ、死を生から出でさせ給う。そして、御望みの者には計算抜きに糧を与え給う。(3:27)
『夜を昼に挿し込み』入らせ。
『昼を夜に挿し込み』それを入らせ。両者の一方は他方が減るに応じて増える。
『生を死から出でさせ』人間や鳥などを。精液から、また、卵から。
『死を生から出でさせ給う』精液や卵を。
『計算抜きに糧を与え給う』つまり、豊かな糧を。
信仰者たちは、信仰者たちをさしおいて不信仰者たちを仲間としてはならない。それをなす者は、いかなる点でもアッラーのうちにない。ただし、おまえたちが彼らを畏れて身を守る場合は別である。アッラーはおまえたちに御自身を警戒させ給う。アッラーの御許に行き着く先はある。(3:28)
『信仰者たちをさしおいて』信仰者以外に。
『不信仰者たちを仲間としてはならない』彼らに味方してはならない。
『それをなす者は』彼らに味方する者は。
『アッラーのうちにない』(アッラーの)宗教の(うちにない)。
『おまえたちが彼らを畏れて』「畏れ(tuqātan)」は動名詞。彼の(彼らに対する)畏怖によって。つまり、…の恐れから(makhāfatan)恐怖し。
『身を守る場合は別である』その場合には、おまえたちには、心に反して口で彼らの味方を装うことは許される。これはイスラームが勢力を得る以前のことである。(イスラームが)強くない国に住む者についても言える。
アッラーは信仰者に、不信仰者との同盟、追従、親交を禁じ給うたが、以下の例外条件を定め給うた。まず、不信仰者が征服者、支配者であるか、信仰者が不信仰の民の間で孤立して暮らしているかである。ついで、身の安全を護るために、彼らに口では追従しても、心の信仰はゆるぎなく、禁じられた流血や財産侵害などの禁止行為を合法であると考えないことであり、さらに、ムスリム側の機密を不信仰者に漏らさないことである。
「タキーヤ(信仰隠し)」は殺される恐れと、正しいニーヤ(意図)が伴わなければ成立しない。
至高者は仰せられた、『ただし、余儀なくされ、心は信仰で落ち着いている者は別である』(第16章[蜜蜂]106節)。
なお、この信仰隠しは、緩和措置であり、殺されるまで信仰を隠さず耐えれば、大きな報奨がある。
一部の者は今日においてはこの信仰隠しを否定し、信仰隠しはイスラームが確立しムスリムが力を得る前のイスラーム初期にあったことで、今日ではアッラーはイスラームとムスリムに栄光を与え給い、もはやムスリムには彼らの敵を恐れて身を護る必要はない、と言う。
また信仰隠しは、身体を害から護るためにのみ許される。なぜなら可能な限り身体を害から護ることは義務であるから。
『アッラーはおまえたちに御自身を警戒させ給う』威嚇し給う。もしおまえたちが彼らの味方をするなら、アッラーの御怒りがおまえたちにあるであろうと。
『アッラーの御許に行き着く先はある』帰る処は。そして、おまえたちに報い給う。
それゆえ、アッラーの命令に背いて敵を仲間とし、アッラーの御怒りを買うようなことはしてはならない。
たとえ、血縁関係にあったり、イスラーム以前からの付き合いがあったとしても、不信仰者と戦闘において、あるいはそのほか現世のことでムスリムをさしおいて助け合ってはならない。
ムスリムの一部はユダヤ教徒と密かに友好関係を結んでいた。この節はそれを禁じるために下された。『信仰する者たちよ、わが敵、おまえたちの敵を味方にしてはならない』(第60章[詰問される女]1節)、『ユダヤ教徒とキリスト教徒を味方にしてはならない』(第5章[食卓]51節)などの節にもある通りである。
言え、「おまえたちが胸にあることを隠そうと公にしようと、アッラーはそれを知り給う。天のものも地のものも知り給う。アッラーはすべてのものに対し全能なる御方」。(3:29)
『言え』彼らに。
『おまえたちが胸にあることを隠そうと』おまえたちの心のうちにある彼らとの友好を。
『公にしようと』現そうと。
『天のものも地のものも知り給う』彼は。
『アッラーはすべてのものに対し全能なる御方』彼らに味方する者に懲罰を与え給うこともそれに含まれる。
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