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【第3章 イムラーン家】
(3:62〜3:77)
 

まことにこれは真実の物語である。アッラーのほかに神などいない。そしてまことにアッラーこそは威力比類なく、英明なる御方。(3:62)

『まことにこれは』この既述のことは。

『真実の』そこには疑いのない。

『物語である』知らせである。

『アッラーのほかに神などいない』「 min(など)」は虚字。

『まことにアッラーこそは威力比類なく』彼の主権において。

『英明なる御方』彼の御業において。

もし彼らが背き去るなら、まことにアッラーは害悪をなす者についてよく知り給う御方。(3:63)

『もし彼らが背き去るなら』信仰から離れ去るなら。

『まことにアッラーは害悪をなす者についてよく知り給う御方』そして、彼らに報いを与え給う。代名詞(彼ら)とするところに実名詞(『害悪をなす者』)を置いている。

言え、「啓典の民よ、われらとおまえたちの間の共通の言葉に来たれ。すなわち、われらはアッラーのほかに仕えず、彼になにものをも並び置かず、われらのある者がある者を、アッラーをさしおいて主とすることはないと」。もし彼らが背き去るなら、言え、「われらがムスリムであることを証言せよ」。(3:64)

『啓典の民よ』ユダヤ教徒とキリスト教徒よ。

『われらとおまえたちの間の共通の言葉に来たれ』「共通」は、その問題において一様である、との意味の動名詞。

律法の書と福音書とクルアーンで見解が割れていないことに来たれ。

『われらのある者がある者を、アッラーをさしおいて主とすることはないと』おまえたちが律法学者や修道士をそのようにしたように。

これを聞いた彼らは、「われらは彼らに仕えてはいない」と言った。それに対し預言者は言われた、「彼らはあなたがたになにかを許したり、なにかを禁じたりしていないか。そして、その言葉にあなたがたは従っていないか」。「している」と彼らが言うと、「それが彼らに仕えるということだ」と言われた。

『もし彼らが背き去るなら』タウヒード(唯一神信仰)から背き去るなら。

『言え』おまえたちは、彼らに。

『われらがムスリムであることを証言せよ』唯一神を崇拝する者であることを。

ナジュラーンのキリスト教徒がマディーナに来ると、ユダヤ教徒たちとイブラーヒームについて論争し、キリスト教徒は、「彼はキリスト教徒であり、われらは彼の宗教に従っている」と言い、ユダヤ教徒も同じことを言った。預言者は、「どちらも虚偽を述べている」と言われた。すると、ユダヤ教徒は彼に、「おまえはただ、キリスト教徒がイーサーを主としたようにわれらがおまえを主とすることを望んでいるに過ぎない」と言った。また、キリスト教徒も、「おまえはただ、ユダヤ教徒がエゼキエルについて言ったことをおまえについて言ってもらいたいに過ぎない」と言った。すると、アッラーはこの節を下し給うた。

啓典の民よ、なぜおまえたちはイブラーヒームのことで論争するのか。律法の書と福音書は彼の後にしか下されなかった。おまえたちは考えないのか。(3:65)

ユダヤ教徒が、「イブラーヒームはユダヤ教徒で、われらは彼の宗教の下にある」と言い、キリスト教徒も同じことを言ったのに対して下された。

『なぜおまえたちはイブラーヒームのことで』 彼がおまえたちの宗教の上にあるなどと主張することによって。

『論争するのか』言い争うのか。

『律法の書と福音書は彼の後にしか下されなかった』長い隔たりを経て。そして、その二書の啓示の後にユダヤ教もキリスト教も起こったのである。

イブラーヒームとムーサーの間には 1000年の隔たりがあり、ムーサーとイーサーの間には2000年の隔たりがあった。

『おまえたちは考えないのか』自分たちの言っていることの虚偽について。

これ、おまえたちは、知識があることについて論争した者たちである。どうしてそのおまえたちが知識のないことについて論争するのか。アッラーは知り給い、おまえたちは知らないのである。(3:66)

『これ』注意の喚起のためである。

『おまえたちは』主語。その述部は以下(の文)。ヤー(呼びかけ)。

『知識があることについて論争した』 ムーサーやイーサーのことで、おまえたちが彼ら 2人の宗教の上にあると主張し。

『どうしてそのおまえたちが知識のないことについて論争するのか』 イブラーヒームについて。

『アッラーは知り給い』彼の件について。

『おまえたちは知らないのである』それを。

イブラーヒームはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもなく、彼はひたむきなムスリムであり、多神教の仲間ではなかった。(3:67)

『イブラーヒームはユダヤ教徒でもキリスト教徒でもなく』至高なる御方はイブラーヒームの潔白を証して仰せられた。

『ひたむきな』諸宗教すべてから離れ、真っすぐな宗教に傾倒した。

『ムスリムであり』唯一神崇拝者であり。

『多神教の仲間ではなかった』彼は、ウザイルがアッラーの息子であるとか、イーサーがアッラーの息子であるなどと言ったことはなかった。

まことにイブラーヒームに最も近い人々は、彼に従った者とこの預言者と信仰する者たちである。アッラーは信仰者の庇護者であらせられる。(3:68)

『イブラーヒームに最も近い人々は』最もふさわしい。

『彼に従った者と』彼の時代に。

『この預言者と』ムハンマドと。彼の聖法の大半において彼と一致しているがゆえに。

『信仰する者たちである』彼(ムハンマド)のウンマの。彼らこそ、「われらは彼(イブラーヒーム)の宗教の上にある」と言うべき者たちであり、おまえたちではない。

『アッラーは信仰者の庇護者であらせられる』彼らの援助者であり、守護者であらせられる。

啓典の民の一派はおまえたちを迷わすことを望んだ。彼らが迷わすのは自分たちだけであるが、彼らは気づいていない。(3:69)

ユダヤ教徒がムアーズ、フザイファ、そしてアンマールを彼らの宗教に呼び招いたことについて下された。

『彼らが迷わすのは自分たちだけで』なぜなら、彼らを迷わすこと(試み)の罪は彼らの上にあり、信仰者はそのことにおいて彼らに従うことはないからである。

『彼らは気づいていない』そのことに。

啓典の民よ、どうしておまえたちはアッラーの印を拒絶するのか。おまえたちは証言しているのに。(3:70)

『アッラーの印を』ムハンマドの描写を含んだクルアーンを。

『おまえたちは証言しているのに』おまえたちはそれが真理であることを知っているのに。

啓典の民よ、どうしておまえたちは真理を虚偽で混乱させ、知っていながら真理を隠すのか。(3:71)

『虚偽で』改竄や偽造によって。

『混乱させ』混ぜ合わせ。

『真理を隠すのか』つまり、預言者の特徴を。

啓典の民の一派は言った、「信仰する者たちに下されたものを昼の始めに信じ、その終わりに拒絶せよ。おそらく彼らは戻るであろう」。(3:72)

『啓典の民の一派は言った』ユダヤ教徒は互いの間で。

『信仰する者たちに下されたものを』つまり、クルアーンを。

『昼の始めに信じ』最初に。

『その終わりに拒絶せよ』それ(クルアーン)を(拒絶せよ)。

『おそらく彼らは』信仰者たちは。

『戻るであろう』彼らの宗教から。なぜなら、彼らは、「あれらの者は知識を持った者で、その彼らがそこ(イスラーム)に入った後でそこから戻ったのは、その虚偽を知ったからにほかならないだろう」と言うからである。

一説によると、ハイバルのユダヤ教徒の12人の学者たちは互いに言い合った、「ムハンマドの宗教に昼の始めに心でなく口先だけで入れ。それから昼の終わりにそれを拒絶し、『われらはわれらの啓典を調べ、われらの学者と相談した結果、ムハンマドは描写された預言者ではないことが判明し、彼が嘘をついていることがはっきりした』と言え。そうすれば、ムハンマドの仲間は彼の宗教について疑念を持ち彼を批判し、『彼らは啓典の民である。彼らはわれらよりよく知っている』と言って、彼らの宗教から戻ってくるだろう」。

また、一説によればこれはキブラ(礼拝の方向)に関連したもので、キブラが変更された時、ユダヤ教徒はこれを受け入れられず、カアブ・ブン・アル=アシュラフは彼の仲間に、「昼の始めにカアバ聖殿についてムハンマドに下されたことを信じ、そちらに向かって礼拝し、それから昼の終わりにはそれを拒絶し、おまえたちのキブラに戻れ。そうすれば彼らも戻るだろう。彼らは、『彼らは啓典の民だ。われらよりもよく知っている』と言って、われらのキブラに戻るに違いない」と言った。しかし、アッラーは彼らの企みを使徒に告げ給い、この節を下し給うた。

「そして、おまえの宗教に従う者を除いては信じてはならない —言え、まことに導きとはアッラーの導きである—、おまえたちに与えられたと同じものが誰かに授けられると、また、彼らがおまえたちの主の御許でおまえたちと論争するとは」。言え、「まことに恩恵はアッラーの御手にあり、彼はそれを御望みの者に与え給う。アッラーは広大にしてよく知り給う御方」。(3:73)

御望みの者に格別の慈悲をかけ給う。アッラーは大いなる恩恵を持った御方。(3:74)

『おまえの宗教に従う』・・・を認める。

『・・・者を除いては』「・・・(者を除いて)は」の「は(li)」は虚字。

『信じてはならない』正しいと認めてはならない。

『言え』至高なる御方は仰せられた。ムハンマドよ、彼らに。

『まことに導きとはアッラーの導きである』それはイスラームであり、それ以外のものは迷誤である。これは(アッラー御自身の言葉で)挿入句である。

『おまえたちに与えられたと同じものが』啓典、英知、そして恩恵など。

『授けられると』「・・・と('an)」とは、「・・・ことを(bi-'an)」。

『・・・と』は『信じてはならない』の目的語。そこ(除外)から外されているのは『誰か』で、除外されているもの(『おまえの宗教に従う者』)がそれに先行している(つまり、おまえたちの宗教に従う者以外は誰も信じてはならない)。その意味は、「誰かにそれが授けられることは、おまえたちの宗教に従う者に対して(li)以外、誰にも認めてはならない」(ただし、これは、「li」を虚字としない解釈である)。

『また・・・論争するとは』「ことを( bi-'an)」(を補う。つまり、論争することを信じてはならない)。

『彼らがおまえたちの主の御許で』復活の日に。

『おまえたちと論争する』つまり、信仰者がおまえたちを言い負かす(ことを信じてはならない)。なぜなら、おまえたちの宗教の方が正しいのであるから。

非難の疑問符「ハムザ(' a)」を伴って「'a'an(・・・ことをか)」と読む読誦法もある。つまり、「誰かにそれと同じものを授けられることがあるとおまえたちは認めるのか」。

『言え』至高者は仰せられた。

『まことに恩恵はアッラーの御手にあり、彼はそれを御望みの者に与え給う』おまえたちに与えられたようなものが誰にも与えられないと、なぜ言えるのか。

『アッラーは広大にして』多くの恩恵があり。

『よく知り給う御方』それ(恩恵)に値する者について。

啓典の民の中には、千金を託してもそれをおまえに返す者もいれば、彼らの中には、一金貨を託しても常に付きまとわなければおまえに返さない者もいる。それは彼らが、文盲の者についてはわれらに責めはないと言ったせいである。彼らはアッラーについて、知っていながら虚偽を語る。(3:75)

『千金を』多くの財産を。

『それをおまえに返す者もいれば』誠実さゆえに。例えば、アブドッラー・ブン・サラームのように。ある男が彼に1200ウーキヤ(1ウーキヤ=40金貨)の金を預けたが、彼はそれを彼に返した。

『常に付きまとわなければ』彼から離れずに。もし離れれば、彼はそれを否定するのである。

『おまえに返さない者もいる』不誠実ゆえに。例えば、カアブ・ブン・アル=アシュラフのように。クライシュの者が彼に1金貨を預けたところ、彼はそれを否認した。

『それは』返済を怠ることは。

『文盲の者については』つまり、アラブ人については。

『われらに責めはないと』罪は。

『言ったせいである』彼らのその言葉が原因である。彼らは彼らの宗教に反して不正を許されたものとし、それを至高なる御方に帰したのである。

彼らは、啓典を持たないアラブに対しては不正を働いても罪にはならない、それは律法の書に書いてあると言い張った。

至高なる御方は(以下のように)仰せられた。

『知っていながら』自分たちが嘘を付いていることを。

『虚偽を語る』それを彼(アッラー)に帰すことによって。

いや、彼の約束を果たし、畏れ身を守る者、アッラーは畏れ身を守る者を愛し給う。(3:76)

『いや』彼ら(ユダヤ教徒)には彼ら(アラブ人)について罪がある。

『彼の約束を果たし』アッラーが彼に対し約束させ給うた彼の約束。あるいは、信託物の返済、その他の、彼に対するアッラーの約束。

『畏れ身を守る者』アッラーを。不服従を退け、服従行為を行うことによって。

『アッラーは畏れ身を守る者を愛し給う』ここでは代名詞(彼ら)の場所に実名詞(『畏れ身を守る者』)が置かれている。つまり、彼らを愛し給う、彼らに報い給うという意味である。

イブン・ウマルによるとアッラーの御使いは言われた、「4つのものがある者は完全な偽善者である。そのうち1つがある者にはそれを取り除くまで偽善の要素がある。すなわち、信用すれば裏切り、語れば嘘をつき、約束すれば破り、誓えば欺き、言い争えば不道徳をなす」(アル=ブハーリーとムスリムの伝える伝承)。

アッラーの約束と彼らの誓いに代えてわずかな価を買い取る者、それらの者には来世において取り分はなく、復活の日にアッラーは彼らに言葉をかけ給わず、彼らに目を向け給わず、彼らを清め給わない。彼らには痛烈な懲罰がある。(3:77)

この節は、律法の書にある預言者の特徴描写とアッラーから彼らへ約束を書き換えたユダヤ教徒、あるいは、訴訟や商品の売り買いにおいて虚偽の誓いをした者について下された。

『アッラーの約束』彼らに対する。預言者を信じ、委託物を返済するという。

『彼らの誓いに代えて』至高なる御方の名による虚偽の誓いに。

『わずかな価を』現世の。

『買い取る者』交換する者。

『取り分はなく』分け前は。

『アッラーは彼らに言葉をかけ給わず』彼らに対する御怒りから。

『彼らに目を向け給わず』慈悲を掛け給わず。

『彼らを清め給わない』浄化し給わない。

『痛烈な』苦痛を与える。


転載:「ジャラーラインのクルアーン注釈」
中田香織 訳
中田 考 監訳
日本サウディアラビア協会出版



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2005年 アラブ イスラーム学院