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それから、おまえたちの上に悲しみの後の安堵を、一部の者たちを覆う仮眠を下し給うた。ところが、一部の者は自分たちのことが気にかかり、アッラーについて真実に反する無明時代の憶測をなし、「この件でわれらに属すものがなにかあるのか」と言う。言え、「まことに事はすべてアッラーに属す」。彼らは自分たちの内部におまえには明かさないことを隠して言う、「この件でなにかわれらに属すものがあったなら、ここでわれらが殺されることはなかった」。言え、「おまえたちが家の中にいたとしても、殺害がその上に書き留められた者は己の斃れる場所に現れるものである」。これは、アッラーがおまえたちの胸の内にあることを試み、おまえたちの心にあるものを払い清め給うためである。アッラーは胸中をよく知り給う御方。(3:154)
『安堵を』
安心を。
『一部の者たちを』
信仰者たちのことである。
彼らは、盾の下でうとうとし、持っていた剣を落とした。
『覆う』
三人称男性単数形接頭辞「ヤーゥ(y)」で「yaghshā」と読む読誦法(「・・・を覆う仮眠」)と、三人称女性単数接頭辞「ターゥ(t)」で「taghshā」と読む読誦法がある(その場合は、『安堵』を主語とする、つまり、「・・・を覆う安堵」)。
『仮眠を』
『安堵を』の言い換え。
アブー・タルハによると、戦場の我らを仮眠が包み、われらの誰かの手から剣が落ち、それを拾うとまた落ち、また拾った。
イブン・アッバースによると、その日、彼らは眠気に覆われ、安心した。安心した者だけが眠り、脅えた者は眠らなかった。信者だけが眠り、偽信者が眠らなかったことは明白な奇跡である。
『一部の者は自分たちのことが気にかかり』
我欲に駆られて不安になり、預言者や教友のことより自分たちの救済だけを望み、眠ることができなかった。これは偽信者たちである。
『アッラーについて真実に反する』
真実の考えに反する。
『無明時代の』
無明時代(ジャーヒリーヤ:イスラーム以前の時代)の憶測のような。
『憶測をなし』
預言者は殺された、とか、彼には勝ち目がない、と考えた。
『この件で』
つまり、彼が我らに約束した勝利の件で。
『なにか』
辞詞「 min」は虚字。
『・・・のか』
疑問詞「hal(・・・か)」は否定詞「mā(ない)」の意。
『言え』
彼らに。
『まことに事はすべて』
『すべて(kulla-hu)』は対格で、強調である。主格とする読誦法(「kullu-hu」)もある。その場合は主部で、述部は次句。
『アッラーに属す』
つまり、決定は彼のもので、彼は御望みのことをなし給う。
『おまえには明かさないことを』
公言しないことを。
『隠して言う』
前の部分の解説である。
『この件でなにかわれらに属すものがあったなら、ここでわれらが殺されることはなかった』
つまり、もしわれらに選択の余地があれば、われらは出征せず、殺されることもなかったが、われらは無理やり出征させられたのである。
『言え』
彼らに。
『おまえたちが家の中にいたとしても』
そして、おまえたちの中には、アッラーがその上に殺害を書き留め給うた者がいる。
『書き留められた・・・』
定められた。
『・・・者は』
おまえたちのうち。
『己の斃れる場所に』
死に場所に。
『現れるものである』
出掛けるものである。そして、そこで殺されるものである。それゆえ、彼らが(出掛けずに)座り込むことは、彼らを(死から)救うものではない。なぜなら、至高なる御方の決定は間違いなく起こるからである。
アッラーは仰せられた、『おまえたちがどこにいようと、死はおまえたちに追いつく』(第4章[女]78節)、『彼らの期限が来た時には、彼らは一刻たりと遅らせることはならず、早めることもできない』(第8章[高壁]34節)。
次のような話が伝えられている。スライマーンの座談の場に死の天使が訪れた。死の天使は座談に加わるひとりの男に恐ろしい眼差しを向けた。死の天使が立ち去ると、男は尋ねた、「あの者は誰ですか」。すると、スライマーンは言った、「死の天使である」。男は言った、「風に乗せて私を別の世界に運んでください。彼が恐ろしい眼差しをするのを見ましたから」。そこで、スライマーンは風に命じ、風は男を遠く離れた地に飛ばした。それからまもなく死の天使がスライマーンのところに戻って来て、言った、「私はあの男の魂をこの時間に彼の地で召し上げるよう命じられていた。それでおまえの座談の場で彼を見つけた時には、『一体いつ彼は彼の地に行くのか』とつぶやいたが、風が男を彼の地に運び、私はそこで彼を見つけた。アッラーの命令はなにも欠けることなく、その時、その場で果たされたのである」。
『これは』
ウフドの戦いでなし給うたことは。
『アッラーがおまえたちの胸の内にあることを』
心の中にある誠実さと偽信仰を。
『試み』
試し。
『おまえたちの心にあるものを払い清め給うためである』
区別し給う(ためである)。
『アッラーは胸中をよく知り給う御方』
心にあることを。彼に対してはなにも隠れ得ない。ただ、人々に明らかにするために試み給うのである。
両軍の対戦の日におまえたちのうち敗退した者たちは、シャイターンが彼らの稼いだなんらかのものによって彼らを躓かせたにすぎない。だが、アッラーは彼らを宥し給うた。まことにアッラーはよく赦す寛容なる御方。(3:155)
『両軍の対戦の日に』
ムスリムの一団と不信仰者の一団の。ウフドの日に。
『おまえたちのうち敗退した者たちは』
戦闘から。彼らは 12人を除いたムスリムたちである。
『シャイターンが』
彼のささやきによって。
『彼らの稼いだなんらかのものによって』
罪によって。それは、預言者の命令に背いたことである。
『彼らを躓かせたにすぎない』
誤らせたにすぎない。
『まことにアッラーはよく赦す』
ムスリムには。
『寛容なる御方』
背く者に対して(罰を)急ぎ給わない。
信仰する者たちよ、信仰を拒絶し、地上を旅するか遠征にあった同胞に対して、「もし彼らがわれらの許にいたら、死ぬことはなく、殺されることもなかったろうに」と言った者たちのようになってはならない。アッラーはそれを彼らの心の嘆きとなし給おう。アッラーは生かし、また殺し給う。アッラーはおまえたちのなすことを見ておられる。(3:156)
『地上を旅するか』
旅行し、旅の地で死ぬか。
『遠征にあった』
そして、殺された。「遠征にあった(guzzan)」は「戦士(gāzī)」の複数形。
『同胞に対して』
つまり、彼らのことについて。
『信仰を拒絶し・・・「もし彼らがわれらの許にいたら・・・」と言った者たち』
偽信者である。
『・・・のようになってはならない』
つまり、彼らの言うようなことを言ってはならない。
『アッラーはそれを』
彼らの言ったことを。
『彼らの心の嘆きとなし給おう』
彼らのことの結末において。
「li-yaj‘ala(・・・なし給おう)」の辞詞「ラーム(l)」は理由のラームではなく、結果のラームである。
『アッラーは生かし、また殺し給う』
それゆえ、(家に)留まることは死を防ぐものではない。
『おまえたちのなすことを』
二人称複数の接頭辞「ターゥ(t)」で「ta‘malūna(おまえたちのなす)」と読む読誦法と三人称複数の接頭辞「ヤーゥ(y)」で「ya‘malūna(彼らはなす)」と読む読誦法がある。
『見ておられる』
そして、それについておまえたちに報いを与え給う。
まことにもし、おまえたちがアッラーの道において殺されるか死ぬかしたとしても、まさにアッラーからの御赦しと御慈悲は、おまえたちがかき集めたものよりも良い。(3:157)
ハフス&アースィム版:まことにもし、おまえたちがアッラーの道において殺されるか死ぬかしたとしても、まさにアッラーからの御赦しと御慈悲は、彼らがかき集めたものよりも良い。(3:157)
『まことにもし』
「まことに(la)」は誓言導入詞(誓って)の「ラーム(l)」。
『おまえたちがアッラーの道において殺されるか』
つまり、ジハードで。
『死ぬかしたとしても』
そこ(アッラーの道)で死がおまえたちに訪れたとしても。完了形「māta(死んだ)」の未完了形「yamūtu(死ぬ)」の完了形二人称男性複数形で第1語根の「ミーム(m)」を母音「u」で「muttum」と読む読誦法と、(もう一つの)未完了形「yamātu」の完了形二人称男性複数形で第1語根の「ミーム(m)」を母音「i」で「mittum」と読む読誦法がある。
『まさに(アッラーからの)御赦し・・・は』
「 la(まさに)」は誓言(『まことに・・・』)の帰結節の導入詞「ラーム」である。そして、それ(『御赦し』)が構文上、動詞に替わる位置を占め、主語であり、その述語は『良い』。
『アッラーからの』
おまえたちの罪に対する。
『御赦し』
(アッラーからの)ものである。
『御慈悲は』
それ(既述の死や殺害)に対する彼からおまえたちへの。
『おまえたちがかき集めたものよりも良い』
現世のもので。二人称複数の接頭辞「ターゥ(t)」で「tajma‘ūna(おまえたちがかき集めた)」と読む読誦法と三人称複数の接頭辞「ヤーゥ(y)」で「yajma‘ūna(彼らがかき集めた)」と読む読誦法がある(監訳者注:ハフス&アースィム版は後者の読誦法を採る)。
また、まことにもし、おまえたちが死ぬか殺されるかしたとしても、アッラーの御許にこそおまえたちは集められるのである。(3:158)
『まことにもし』
「まことに(la)」は誓言導入詞の「ラーム(l)」。
『おまえたちが死ぬか』
(前節と同じく「muttum」と「mittum」の)2通りの読誦法がある。
『殺されるかしたとしても』
ジハード、その他において。
『アッラーの御許にこそ』
ほかでもなく。
『おまえたちは集められるのである』
来世で。
そして、彼はおまえたちに報い給う。
しもべには3つの段階がある。アッラーの獄火を恐れたしもべに、アッラーは彼の恐れたものから彼を守り給う。すなわち赦しがもたらされる。アッラーの楽園を恋い焦がれたしもべに、アッラーは彼の望んだものを与え給う。すなわち、慈悲がもたらされる。慈悲(ラフマ)は楽園の別名の一つである。アッラーの高貴なる御顔に恋い焦がれ、それだけを願ったしもべ、彼こそアッラーに心を捧げたしもべであるが、真実なる御方は彼に高貴なる館で姿を明かし給う。これが、『アッラーの御許にこそおまえたちは集められる』が示すところである。
また、アッラーからの御慈悲によっておまえは彼らに優しかった。もしおまえが粗野で心が苛酷であったら、彼らはおまえの周りから四散したであろう。それゆえ、彼らを許し、彼らのために赦しを乞い、事においては彼らと相談せよ。そしておまえが決断した時にはアッラーに一任せよ。まことにアッラーは一任する者を愛し給う。(3:159)
『アッラーからの御慈悲によって』
『御慈悲によって(mārahmatin)』の「mā」は虚字。
『おまえは』
ムハンマドよ。
『彼らに優しかった』
おまえの性格は優しいものであった。彼らがおまえに背いた時に。
『もしおまえが粗野で』
性格が悪く。
『心が苛酷であったら』
無情で、彼らに対し苛酷な態度を取っていたら。
「粗野で(fazz)」とは、言葉や態度が粗暴なことをいう。
「苛酷で(galīz)」横柄で、頑なで、情け容赦ないことをいう。心の苛酷さが粗野な態度を生む。
『彼らはおまえの周りから四散したであろう』
離れたであろう。
『彼らを許し』
大目に見。彼らのなしたことを。
『彼らのために赦しを乞い』
彼らの罪について。われが彼らを赦すまで。
『事においては』
戦争、その他のおまえにかかわることについて。
『彼らと相談せよ』
彼らの意見を聞き出せ。彼らの気持ちを良くさせるためであり、おまえのすることを彼らが見習うためである。アッラーの御使いは彼らのために多くの合議を持たれた。
預言者は完璧な理性と正しい判断力を持ち、啓示を受け、人々には好むと好まざるとにかかわらず彼に従う義務があったが、そのような預言者にアッラーが話し合いを命じ給うた理由については学者の間で見解が分かれる。例えば、当時のアラブ人の主だった者たちは相談を受けないと気を悪くしたため、彼らの気持ちを良くさせるためであると考えられる。また、これは預言者の亡き後にウンマに話し合いが必要となるため、その前例を作るためであるとも考えられる。
『そしておまえが決断した時には』
合議の後でおまえが望むことを実践すると。
『アッラーに一任せよ』
合議にではなく、彼に頼れ。
一任とは投げやりのことではない。手段を駆使した上で物事の成り行きをアッラーに任せ、心から信頼することである。
『一任する者を』
彼に一任する者を。
もしおまえたちをアッラーが助け勝たせ給えば、おまえたちに打ち勝つ者はない。もし、彼がおまえたちを見捨て給えば、彼のほかに誰がおまえたちを助けられようか。それゆえ、アッラーにこそ信仰者は一任せよ。(3:160)
『もしおまえたちをアッラーが助け勝たせ給えば』
敵に対し、おまえたちを助け給えば。バドルの戦いの日のように。
『もし、彼がおまえたちを見捨て給えば』
おまえたちへの援護を控えることによって。ウフドの戦いの日のように。
『彼のほかに』
彼が見捨て給うた後に。
『誰がおまえたちを助けられようか』
つまり、援護者はいない。
『アッラーにこそ』
彼以外でなく。
『信仰者は一任せよ』
信頼せよ。
預言者が詐取することはない。詐取する者は審判の日に詐取したものと共に来る。そして、誰もが自分の稼いだものに十分に報いられ、彼らは不当に扱われることはない。(3:161)
バドルの戦いの日に戦利品の中から赤いベルベットが紛失し、ある者たちは預言者がそれを取ったのではないかと言った。それに対してこの節は啓示された。
『預言者が詐取することは・・・』
戦利品を横領することは。受動態とする読誦法もある。つまり、「詐取の嫌疑を受ける」ということである。
『・・・ない』
ありえない。それゆえ、そのようなことを考えてはならない。
『詐取する者は審判の日に詐取したものと共に来る』
それを首につけて運んで。
『誰もが』
詐取者もそれ以外の者も。
『自分の稼いだものに』
なしたことに。
『十分に報いられ』
報いを。
『彼らは不当に扱われることはない』
わずかにも。
アブー・フライラによると、ある日、アッラーの御使いはわれらの前に立つと、詐取について語り、その罪の深刻さに触れ、言われた、「あなたがたの誰かが審判の日に首に唸るラクダを乗せて連れて来られるのを見たくはない。彼は、『アッラーの御使いよ、私を助けてください』と言うが、私は、『私はアッラーに対しあなたのためになにもできない。すでに私はあなたに伝えた』と言う。あなたがたの誰かが審判の日に首にいななく馬を乗せて連れて来られるのを見たくはない。彼は、『アッラーの御使いよ、私を助けてください』と言うが、私は、『私はアッラーに対しあなたのためになにもできない。すでに私はあなたに伝えた』と言う。あなたがたの誰かが審判の日に首にメエメエ鳴く羊を乗せて連れて来られるのを見たくはない。彼は、『アッラーの御使いよ、私を助けてください』と言うが、私は、『私はアッラーに対しあなたのためになにもできない。すでに私はあなたに伝えた』と言う。あなたがたの誰かが審判の日に首に叫ぶ人を乗せて連れて来られるのを見たくはない。彼は、『アッラーの御使いよ、私を助けてください』と言うが、私は、『私はアッラーに対しあなたのためになにもできない。すでに私はあなたに伝えた』と言う。あなたがたの誰かが審判の日に首にはためく布を巻いて連れて来られるのを見たくはない。彼は、『アッラーの御使いよ、私を助けてください』と言うが、私は、『私はアッラーに対しあなたのためになにもできない。すでに私はあなたに伝えた』と言う。あなたがたの誰かが審判の日に首に財産を乗せて連れて来られるのを見たくはない。彼は、『アッラーの御使いよ、私を助けてください』と言うが、私は、『私はアッラーに対しあなたのためになにもできない。すでに私はあなたに伝えた』と言う」(アル=ブハーリーとムスリムの伝えるハディース)。
アッラーの御満悦を追い求めた者がアッラーからの御怒りを被った者のようであろうか。彼の居留地は火獄である。なんと悪い行き先であろうか。(3:162)
『アッラーの御満悦を追い求めた者が』
服従し、詐取をしなかった者が。
『アッラーからの御怒りを』
反逆と詐取によって。
『被った者・・・』
持ち帰った者。
『・・・のようであろうか』
いや、違う。
『なんと悪い行き先であろうか』
帰り処であろうか。それは。
彼らはアッラーの御許でいくつもの段階にある。アッラーは彼らのなすことを見ておられる。(3:163)
『彼らはアッラーの御許で』
アッラーの御満悦を追い求めた者には報奨があり、彼の御怒りを被った者には応報がある。
『いくつもの段階にある』
つまり、さまざまに異なった位階の持ち主となる。
『アッラーは彼らのなすことを見ておられる』
そして、それについて彼らに報い給う。
アッラーは信仰者たちの上に御恵みを下し、彼らのうちから彼らに使徒を遣わし、彼は彼らに彼の印を読み聞かせ、彼らを清め、書と英知を教え給うた。まことに彼らは以前、明白な迷誤のうちにあった。(3:164)
『彼らのうちから彼らに使徒を遣わし』
つまり、彼ら同様のアラブ人を。彼からの言葉が理解できるように。また、彼によって彼らが栄誉を受けるようにと。天使ではなく(人間を)、また、外国人でなく(アラブ人を)。
『彼の印を読み聞かせ』
クルアーンを。
『彼らを清め』
罪から浄化し。
『書と英知を教え給うた』
クルアーンとスンナを。
『まことに』
「’ in(まことに)」は「ヌーン(n)」を促音で読む「’inna-hu(まことに彼らは)」の意。
『以前』
つまり、彼(使徒)の派遣以前には。
『明白な』
はっきりとした。
それなのに、おまえたちに苦難が襲うと、その二倍のものを得たことがあったにもかかわらず、おまえたちは、「いったいこれはどうしたことか」と言うのか。言え、「それはおまえたち自身から出たものである」。まことにアッラーはすべてのことに全能なる御方。(3:165)
『おまえたちに苦難が襲うと』
ウフドの戦いで。おまえたちから70人の死者が出ると。
『その二倍のものを得たことがあったにもかかわらず』
バドルの戦いで。彼ら(敵)から70人の戦死者と70人の捕虜の戦果を得たというのに。
『いったいこれは』
見放されたことは。われらはムスリムで、われらの間にはアッラーの使徒がおられるというのに。
『どうしたことか』
どうしてわれらに(このようなことが)起こったのか。
『・・・と言うのか』
この最後の文章は非難の疑問文である。
つまり、おまえたちはそのように驚愕すべきではない。なぜなら、おまえたちは見捨てられた原因を知っているからである。
『言え』
彼らに。
『それはおまえたち自身から出たものである』
おまえたちがおまえたちの持ち場を離れたから、それで見捨てられたのである。
『まことにアッラーはすべてのことに全能なる御方』
その中には、勝利も、それを差し控えることも含まれる。彼はおまえたちの背反に対し報いを与え給うたのである。
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