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それでも彼らは、試練はありはしないと見積もった。そこで彼らは目が見えなくなり、耳が聞こえなくなったが、その後アッラーは彼らに戻り顧み給うた。それから彼らの多くは目が見えなくなり、耳が聞こえなくなった。アッラーは彼らがなすことを見通し給う御方。(5:71)
『試練は』
使徒を嘘と否定し、殺したことに対する彼らへの懲罰は。
『・・・ありはしないと』
つまり、(試練は)起きないと。
接続詞『・・・と(’an)』は撥音なし(’annaではない)。(「takūnu」と)直説法で語末母音を「u」で読む読誦法と、(『ありは(?)・・・(takūna)』は)と接続法で語末母音を「a」で読む読誦法がある(監訳者注:ハフス&アースィム版は後者の読誦法を採る)。(「’an」は)接続法動詞を支配する不変化詞である。
『見積もった』
考えた。
『彼らは目が見えなくなり』
真理から。それで彼らはそれ(真理)を見なかった。
『耳が聞こえなくなったが』
それ(真理)を聞くことから。
『その後アッラーは彼らに戻り顧み給うた』
彼らが悔いて戻った時に。
彼らはバービル(バビロン)で長い年月ブフトゥヌッサル(ネブカデネザル)の支配下に捕虜として留まり、辱めを受けた。そこでブフトゥヌッサルの死後、アッラーはペルシャの王をエルサレムに向かわせ、彼はそれを再建し、捕虜の残りのイスラーイールの民を助け出し、彼らを祖国に帰した。
『それから彼らの多くは』
代名詞の言い替え。
『目が見えなくなり、耳が聞こえなくなった』
再び。
『アッラーは彼らがなすことを見通し給う御方』
そして、それについて彼らに報い給う。
「アッラーとはかのマスィーフ、マルヤムの子である」と言った者は信仰を拒絶したのである。マスィーフは言った、「イスラーイールの子孫よ、私の主であり、あなたがたの主であるアッラーに仕えよ」。アッラーに同位のものを置く者にアッラーは楽園を禁じ給い、彼の住まいは獄火である。そして、不正な者には援助者などいない。(5:72)
『「アッラーとはかのマスィーフ、マルヤムの子である」と言った者は信仰を拒絶したのである』
同様の節は前出。
『マスィーフは言った』
彼らに。
『私の主であり、あなたがたの主であるアッラーに仕えよ』
なぜなら私はしもべであって、神ではない。
『アッラーに同位のものを置く者に』
崇拝において彼以外のものを。
『アッラーは楽園を禁じ給い』
そこに入ることを禁じ。
『不正な者には援助者などいない』
『など(min)』は虚字。
『援助者』
彼らをアッラーの懲罰から防いでくれるような。
「アッラーは三のうちの一つである」と言った者は信仰を拒絶したのである。唯一の神のほかに神はない。彼らが言っていることを止めなければ、不信仰の者には痛烈な懲罰が必ず襲うであろう。(5:73)
『アッラーは三のうちの一つである』
(3神のうちの)ひとりの神である。他の2神とは、イーサーと彼の母マルヤムである。
『・・・と言った者は信仰を拒絶したのである』
彼らはキリスト教徒の一派である。
『彼らが言っていることを止めなければ』
三位一体など。そして、(アッラーに)唯一信仰を捧げなければ。
『不信仰の者には』
つまり、不信仰に留まり続ける者には。
『痛烈な懲罰が必ず襲うであろう』
苦痛を与える懲罰が。それは獄火である。
それなのに彼らはアッラーに悔いて戻り、赦しを乞おうとしないのか。アッラーはよく赦す慈悲深い御方。(5:74)
『赦しを乞おうとしないのか』
自分たちの言ったことについて。叱責の問いかけである。
『アッラーはよく赦す』
悔悟して立ち返った者に。
『慈悲深い御方』
その者に。
マスィーフ、マルヤムの子は使徒に過ぎず、彼以前にも使徒たちは逝った。また、彼の母はたいへん誠実で、どちらも食べ物を食べていた。見よ、われらがどのように彼らに印を明かすか。それから、見よ、彼らがいかに迷い去るかを。(5:75)
『彼以前にも使徒たちは逝った』
死去した。彼もまた、彼らのように死去する。彼は、彼らが主張するような神ではないのである。そうでなければ死去しなかった。
『たいへん誠実で』
誠実さの極地。
『どちらも食べ物を食べていた』
他の生き物同様に。そのようなものは、体の仕組みをとっても弱さをとっても、また、小便、大便を排泄することをみても神ではない。
『見よ』
驚愕して。
『われらがどのように彼らに印を明かすか』
われらの唯一性を証しする(印を)。
『彼らがいかに』
どのように。
『迷い去るかを』
真理から。明証がありながら。
言え。おまえたちはアッラーをさしおいて、おまえたちに害も益もなす力のないものに仕えるのか。アッラーこそよく聞き、よく知り給う御方。(5:76)
『アッラーをさしおいて』
彼のほかに。
『・・・仕えるのか』
・・・非難の質問。
『アッラーこそよく聞き』
おまえたちの言うことを。
『よく知り給う御方』
おまえたちの状態を。
言え。啓典の民よ、おまえたちの宗教において真理を無視して度を越してはならない。また、以前に迷い去った者たちの欲望に従ってはならない。彼らは多くを迷わせ、中庸の道から迷ったのである。(5:77)
『言え。啓典の民よ』
ユダヤ教徒とキリスト教徒よ。
『おまえたちの宗教において真理を無視して』
度を越える(にかかる状態の副詞的修辞句)。イーサーを実際以上の地位に高めることによって。
『度を越してはならない』
限界を越えてはならない。
『以前に迷い去った者たちの』
彼らの祖先の。
『欲望に従ってはならない』
度を越えることによって。
「欲望(’ahwā’)」は「hawā」の複数形である。アル=シャアビーによると、アッラーがクルアーンにおいて「欲望」に言及し給う時は必ずそれを咎め給うている。
『多くを迷わせ』
人々の。
『中庸の道から迷ったのである』
真理の道から。「中庸」とは原義は中間(wasat)である。
イスラーイールの子孫のうち信仰を否定した者はダーウードとマルヤムの子イーサーの舌で呪われた。それは彼らが背き、法を越えていたからである。(5:78)
『イスラーイールの子孫のうち信仰を否定した者はダーウード・・・の舌で呪われた』
彼が彼らに対して祈ったため、彼らは猿に変態した。彼らはアイラの民である。
安息日を破り、漁をした者たちにダーウードが、「アッラーよ、彼らを呪い給え。彼らを猿に変え給え」と祈ると、彼らは猿になった。この話は高壁章(7:163)に述べられる。
『マルヤムの子イーサーの舌で呪われた』
彼が彼らに対して祈ると、彼らは豚に変態した。それは、食卓の仲間である。
イーサーは、食卓から食べた者たちがそれを蓄え、信じなかった時、「アッラーよ、彼らを呪い給え。彼らを猿と豚に変え給え」と祈ったところ、彼らは猿と豚になった。それらの者の数は5000人であり、その中には女と子供はいなかった。
『それは』
その呪いは。
彼らは自分たちのなした悪事を互いに諌めあっていなかった。彼らのなすことのなんと悪いことよ。(5:79)
『自分たちのなした悪事を』
(悪事の)常習を。
『互いに諌めあっていなかった』
互いに禁止しあわなかった。
『彼らのなすことの』
彼らのこの行いの。
おまえは、彼らの多くが信仰を拒絶した者たちの味方をするのを見る。彼らが自分自身のために前もってなしたことのなんと悪いことよ。アッラーは彼らに激怒し給い、彼らは懲罰のうちに永遠に留まる。(5:80)
『おまえは』
ムハンマドよ。
『信仰を拒絶した者たちの味方をするのを見る』
マッカの住民のうちの(信仰を否定した者たちの味方をするのを)。おまえに対する憎悪から。
『彼らが自分自身のために前もってなしたことの』
所業の。
『なんと悪いことよ』
彼らの来世の帰り所にとって。次のことが彼らには必然であるので。
もし彼らがアッラーと預言者と彼に下されたものを信じたなら、彼らを味方にはしなかったであろう。だが、彼らの多くは違背者である。(5:81)
『預言者と』
ムハンマドと。
『彼らを』
つまり、不信仰者を。
『彼らの多くは違背者である』
信仰から逸脱している。
おまえは、信仰する者に対して敵意が最も激しいのはユダヤ教徒と多神を拝する者たちであることにきっと気づくであろう。また、信仰する者に対して愛情が最も親密なのは「私はキリスト教徒である」と言う者であることにきっと気づくであろう。それは、彼らの中には司祭と修道士がいて、彼らは高慢ではないからである。(5:82)
『おまえは・・・気づくであろう』
ムハンマドよ。
『多神を拝する者たちである・・・』
マッカの住民のうち。それは彼らの何倍もの不信仰と無知、煩悩への執着のせいである。
『信仰する者に対して愛情が最も親密なのは』
つまり、彼らの愛情が信仰者に対して近いのは。
『彼らの中には司祭と』
学者と。
『修道士が』
崇拝専従者が。
『彼らは高慢ではない・・・』
真理に従うことに対して。ユダヤ教徒やマッカの住民が高慢であるのと違って。
『・・・からである』
・・・が理由である。
これは、エチオピアから遣わされたナジャースィー王の使節団について下された。彼らはアッラーの御使いが第36章[ヤーシーン]を読むと、涙を流し、イスラームを受け入れ、言った、「これほどイーサーに下されたものに似ているものはない」。
クライシュ族は信仰者たちが彼らの宗教を捨てるよう迫害することを企て、すべての部族の者たちが信仰する者たちを襲い、嫌がらせをし、迫害した。試練に負ける者たちが出る一方で、アッラーは御望みの者を彼らの手から守られ、アッラーの御使いを叔父のアブー・ターリブによって守らせ給うた。教友たちが受ける迫害を目にされたアッラーの御使いは、多神教徒たちから彼らを守りきれず、戦いの命令もまだなかったため、エチオピアの地に逃れることを彼らに命じられた。彼は言われた、「そこには不正をなさない正しい王がおり、誰も彼の許では不正を被らない。それゆえアッラーがムスリムたちに出口を与え給うまで彼の許に出かけよ」。そこで彼の許に
11人の男と4人の女が出かけた。それは、ウスマーン・ブン・アッファーンと彼の妻でアッラーの御使いの娘ルカイヤ、アル=ズバイル・ブン・アル=アッワーム、アブドッラー・ブン・マスウード、アブドッラフマーン・ブン・アウフ、アブー・フザイファ・ブン・アタバとその妻サフラ・ビント・スハイル・ブン・アムル、ムスアブ・ブン・ウマイル、アブー・サラマ・ブン・アブド・アル=アサドとその妻ウンム・サラマ・ビント・ウマイヤ、ウスマーン・ブン・マズウーン、アーミル・ブン・ラビーアとその妻ライラー・ビント・アブー・ハスマ、ハーティブ・ブン・アムル、スハイル・ブン・バイダーゥであった。彼らは海まで行って半ディーナールで船を得ると、ハバシュ(エチオピア)の地に至った。それは預言者の召命から5年目のラジャブ月のことであった。これが第1のヒジュラ(移住)である。その後、彼らの後を追ってジャアファル・ブン・アビー・ターリブが出かけ、ムスリムたちが従った。ハバシュの地にヒジュラをしたムスリムは女子供を除いた男だけで82人であった。バドルの戦いが起こり、不信仰者の首領が殺されると、クライシュの不信仰者は、「ハバシュの地でおまえたちの仕返しをしよう。それゆえ、ナジャースィー王の許に人を送り贈り物をせよ。おまえたちの中で見識ある2人の者を送り込め。そうすれば、彼らはおまえたちに彼らの許にいる者を渡し、バドルの戦いで殺された者の仕返しに彼らを殺すことができるであろう」と言った。そこでクライシュ族の不信仰者は、アムル・ブン・アル=アースとアブドッラー・ブン・ラビーアに贈り物を持たせてナジャースィー王とその臣下の許に送り、ムスリムたちを彼らに引き渡せようとした。アムルとアブドッラーは到着すると、王に言った、「王よ、クライシュに頭のおかしい男が現れ、預言者だと主張し、あなたの民を逸脱させるために彼の仲間の一団をあなたの許に送り込んだ。われらはあなたに彼らのことをお伝えしようとあなたの許に来た。また、われらの民は彼らをわれらの手に返してくださるようあなたに求める」。すると、彼は、「彼らに尋ねるまで待て」と言った。そして彼らを呼んで来させた。彼らはナジャースィー王の部屋の扉まで来ると、「アッラーの友が入る許しを求める」と言った。そこで王は、「彼らには許可が与えられた。アッラーの友よ、ようこそ」と言った。彼らは入ると「あなた方に平安あれ」との挨拶をした。多神教徒の一団は言った、「王よ、われらが本当のことを言ったことがおわかりいただけただろう。彼らはあなたがなさる挨拶では挨拶しないのである」。王は彼らに尋ねた、「どうしておまえたちは私に私のする挨拶で挨拶しないのか」。彼らは言った、「われらはあなたに楽園の住人と天使たちの挨拶で挨拶したのである」。ナジャースィー王は彼らに尋ねた、「おまえたちの仲間はイーサーと彼の母についてなんと言っているか」。ジャアファル・ブン・アブー・ターリブは言った、「彼はアッラーのしもべであり、彼の使徒であり、処女マルヤムに投げ込まれた彼からの霊である、と言っておられる。また、マルヤムについては、彼女は処女である、と言っておられる」。するとナジャースィー王は地面から杖を拾い、「あなたがたの仲間はイーサーが言ったことにこの杖ほども余分なことを加えてはいない」と言った。多神教徒たちはこの言葉を嫌い、顔色を変えた。王は言った、「おまえたちの仲間の上に下されたものをなにかおまえたちは知っているか」。彼らが、「知っている」と答えると、「読め」と王は言った。そこでジャアファルは第19章[マルヤム]を読んだ。そこには学者と修道士とその他のキリスト教徒がいた。そして、彼らは彼が読んだものを認め、それが真実であることを認めて涙を流した。そこでアッラーは彼らについてこの節を啓示し給うたのである。ナジャースィー王はジャアファルと彼の仲間に、「行け。おまえたちはわが地において安全である」と言った。そこで、アムルと彼の仲間は落胆して戻り、ムスリムたちはマディーナにアッラーの御使いがヒジュラし、彼が勢力をつけ、敵を制圧されるまでナジャースィー王の許で良い住まいと良い隣人関係を得た。それはヒジュラから6年目のことであった。
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