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こうしてわれらは彼らの一部を別の一部によって試みた。それは彼らが、「これらの者がわれらのうちアッラーが御恵みを垂れ給うた者たちか」と言うためである。アッラーこそ感謝する者を最も良く知り給う御方ではないか。(6:53)
『彼らの一部を別の一部によって』
高貴な者を下々の者によって。また金持ちを貧乏人によって。われらが後者の者を信仰に先に入らせたことによって。
『試みた』
試練を与えた。
『彼らが』
高貴な者と金持ちが嫌悪して。
『これらの者が』
貧しい者たちが。
『われらのうちアッラーが御恵みを垂れ給うた者たちか』
導きによって。彼らが今その上にあるものが導きであるなら、彼らがわれらよりそれに先んじることはありえない。それに対してアッラーは次のように仰せられた。
『アッラーこそ感謝する者を』
彼に。
『最も良く知り給う御方ではないか』
そして、彼らを導き給うのではないか。その通りである。
われらの印を信じる者たちがおまえの許に来た時には、「おまえたちの上に平安あれ」と言え。おまえたちの主は御自身の上に慈悲を書き留め給うた。まことに、おまえたちのうち無知から悪をなし、その後悔いて戻り、正した者に彼はよく赦す慈悲深い御方。(6:54)
ハフス&アースィム版:われらの印を信じる者たちがおまえの許に来た時には、「おまえたちの上に平安あれ」と言え。おまえたちの主は御自身の上に慈悲を書き留め給うた。すなわち、おまえたちのうち無知から悪をなし、その後悔いて戻り、正した者に彼はよく赦す慈悲深い御方。(6:54)
『・・・と言え』
彼らに。
『われらの印を信じる者たちがおまえの許に来た時には、「おまえたちの上に平安あれ」と言え』スンナでは、座っている者には歩いている者の方が先に「平安あれ」の挨拶をすることになっているが、彼らについては特別に預言者の方から先に挨拶するよう命じられているのである。
『書き留め給うた』
定め給うた。
『まことに』
『まことに(’inna-hu)』の「ハーゥ(h)」は主題。「’anna-hu」と語頭を母音「a」で読む読誦法もあるが(「すなわち・・・」)、その場合は「ハーゥ」は『慈悲』の言い換え(監訳者注:ハフス&アースィム版は後者の読誦法を採る)。
『無知から悪をなし』
それを犯す際に、それについての。
その行いが自分に害をなすことを知っていればそのようなことはしないはずで、それをなすのは無知ゆえにほかならない。
『その後・・・』
それをなした後で。
『悔いて戻り』
そこ(悪)から、戻り。
『正した者に』
自分の行いを。
『彼は』
つまり、アッラーは。赦しは彼のものである。『彼は』は、「’anna-hu」と語頭を母音「a」で読む読誦法と、「’inna-hu」と語頭を母音「i」で読む読誦法がある。
『よく赦す』
彼(悔いて戻った者)に。
『慈悲深い御方』
彼に。
こうしてわれらは数々の印を解明した。これは罪を犯す者たちの道が明らかとなるためである。(6:55)
『こうして』
既述のことをわれらが解明したように。
『数々の印を』
クルアーンを。真理が明らかとなり、それが実践されるために。
『解明した』
明示した。
『道』
道路。
『明らかとなるためである』
現れるためである。そして、それが避けられるためである。『明らかとなるため』は、未完了形三人称女性、あるいは二人称接頭辞で上に点を打ち「wa li-tastabīna」とする読誦法と、三人称男性接頭辞で下に点を打ち「wa li-yastabīna」とする読誦法がある(なぜなら、『道(sabīlu)』は男性名詞とすることも女性名詞とすることも可能だからである)。また、「sabīla」と対格とする読誦法もある。その場合、預言者に対する二人称である(つまり、「おまえが道を明示するためである」)。
言え、「私はおまえたちがアッラーをさしおいて祈っているものに仕えることを禁じられた」。言え、「私はおまえたちの欲望には従わない。そうなれば私は迷ったのであり、私は導かれた者のひとりでない」。(6:56)
『祈っているものに』
仕えているものに。
『おまえたちの欲望には従わない』
それに仕えることにおいて。
言え、「まことに私は私の主からの明証の上にあるが、おまえたちは彼を嘘だと否定した。おまえたちが急ぐものは私の許にはない。裁決はアッラーに属すほかない。彼は真実を定め給う。彼は最良の判決者であらせられる」。(6:57)
ハフス&アースィム版:言え、「まことに私は私の主からの明証の上にあるが、おまえたちは彼を嘘だと否定した。おまえたちが急ぐものは私の許にはない。裁決はアッラーに属すほかない。彼は真実を説き給う。彼は最良の判決者であらせられる」。(6:57)
『明証の上に』
明示の上に。
『彼を』
私の主を。
『嘘だと否定した』
確かに。おまえたちが多神崇拝を犯した時に。
『おまえたちが急ぐものは』
懲罰は。
預言者が多神教徒に懲罰が下ると脅されると、彼らはそれをあざ笑って、次の節にあるように言った。『彼らが、「主よ、もしこれがあなたの許からの真実なら、われらの上に空から石を降らせ給え。あるいは、痛烈な懲罰を与え給え」と言った時のこと』(第8章[戦利品]32節)。
『裁決はアッラーに属すほかない』
「・・・ほかない(’in)」は否定詞「mā」の意。裁決にしろ、それ以外のことにしろ。
『彼は・・・定め給う』
定めを。『定め給う(yaqdi)』は、『説き給う(yaqussu)』と読む読誦法もある。つまり、仰せられる、ということである(監訳者注:ハフス&アースィム版は後者を採る)。
『判決者』
裁定者。
言え、「もしおまえたちが急ぐものが私の許にあれば、私とおまえたちの間の事は決定されたであろう。アッラーは不正な者たちについて最もよく知り給う御方」。(6:58)
『言え』
彼らに。
『もしおまえたちが急ぐものが私の許にあれば、私とおまえたちの間の事は決定されたであろう』
私はそれを急ぎ、楽になったであろう。だが、それはアッラーの御許にあるのである。
『アッラーは不正な者たちについて最もよく知り給う御方』
いつ彼らに懲罰を下すかを。
彼の御許に不可視界の鍵はあり、彼のほかにはそれを知らない。彼は陸と海でのことを知り給う。木の葉の一枚とても彼が知らずに落ちることはなく、大地の暗闇の中の一粒の種も、湿ったものも乾いたものも、明白な書にないものはない。(6:59)
『彼の』
至高なる御方の。
『不可視界の鍵はあり』
彼の宝物の、あるいは、彼の知識に至る道の。
おまえたちは懲罰を早く下せと急くが、それがいつかは私の知るところではない。
『彼のほかにはそれを知らない』
彼のほかには知らないものは5つある。『まことに彼の御許に時の知識はある』(第31章[ルクマーン]34節)。また、アル=ブハーリーが伝える伝承にもある。
アブドッラー・ブン・ウマルによると、アッラーの御使いは言われた、「不可視界の鍵は5つあり、至高なるアッラーのほかにそれを知る者はない。明日なにが起きるかはアッラーのほかに誰も知らない。子宮の中になにがあるかはアッラーのほかに誰も知らない。明日人がなにを稼ぐかはアッラーのほかに誰も知らない。人がどの地で死ぬかはアッラーのほかに誰も知らない。いつ雨が降るかはアッラーのほかに誰も知らない」。別の伝承によれば、「子宮が削減するもの(未熟で生むもの)はアッラーのほかに誰も知らない。明日あることはアッラーのほかに誰も知らない。雨がいつ降るかはアッラーのほかに誰も知らない。人がどの地で死ぬかはアッラーのほかに誰も知らない。(最後の審判の)時がいつかはアッラーのほかに誰も知らない」と言われた(アル=ブハーリーの伝える伝承)。
『陸と』
荒野と。
『海』
川の水路。
『・・・でのことを知り給う』
・・・で起こることを。
『木の葉の一枚も彼が知らずに落ちることはなく』
『木の葉の一枚とても(min waraqatin)』の「とて(min)」は虚字。
木の葉の一枚が落ちることもアッラーの知識のうちにある。なぜなら、それが落ちるのはアッラーの御意志によるものだからである。アッラーは落ち葉の数も木に残っている葉の数もご存知である。
『大地の暗闇の中の一粒の種も、湿ったものも乾いたものも』
(3つは)『木の葉』にかかっている。
『明白な書にないものはない』
「護持された板(アル=ラウフ アル=マフフーズ)」のことである。この除外節は、前の除外節の「包括の代置(バダル・イシュティマール)」である。
彼こそは夜におまえたちの魂を召し上げ、おまえたちが昼に得たことを知り、それからそこでおまえたちを生き返らせ、定められた期限を満了させ給う御方。そして彼の御許におまえたちの帰り処はある。それから彼はおまえたちがなしたことをおまえたちに告げ給う。(6:60)
『彼こそは夜におまえたちの魂を召し上げ』
寝ている間におまえたちの魂を取り上げ。
人間の体には2つの魂があり、「生命の魂」は死の時にしか離れないが、「分別の魂」は睡眠時に肉体を離れ、浮遊し、夢を見、目覚めの時に肉体に戻る。アル=バイダーウィーによると、人間には魂は1つしかないが、その状態によって人間には3つの状態がある。1つは目覚めた状態で、これは魂が人間の外面と内面の両方に完全に繋がっている時で、外面にのみ繋がっている時が眠りの状態で、外面とも内面とも繋がりが断たれた状態が死である。
『おまえたちが昼に得たことを』
稼いだことを。
『そこでおまえたちを生き返らせ』
昼に。おまえたちの魂を戻すことによって。
『定められた期限』
命の期限である。
『彼の御許におまえたちの帰り処はある』
甦りによって。
『彼はおまえたちがなしたことをおまえたちに告げ給う』
そして、その報いをおまえたちに与え給う。
彼は彼のしもべの上に立つ支配者であらせられ、おまえたちに保護者を遣わし、おまえたちのひとりに死が訪れると、われらの使徒たちが彼を召し上げ、彼らは怠ることはない。(6:61)
『彼は彼のしもべの上に立つ支配者であらせられ』
上位にある御方。
『おまえたちに保護者を遣わし』
おまえたちの行いを数え上げる天使たちを。
人間には右の天使と左の天使の2人が連れ添い、善行をなすと右の天使がそれを記録し、悪行をなすと、右の天使は左の天使に、「しばし待て。彼はその行為を悔いるかもしれない」と言う。もし彼がその行為を悔い改めなければ、左の天使はそれを書き留める。
『われらの使徒たちが』
魂を取り上げる任務を負った天使たちが。
アル=クルトゥビーによると、死の天使が魂を肉体から取り上げると、それを信仰者であれば慈悲の天使たちに渡し、不信仰者であれば懲罰の天使たちに渡す。
『彼を召し上げ』
『彼を召し上げ(tawaffat-hu)』(派生形第5形三人称女性単数完了形)は、「tawaffā-hu」(派生形第5形三人称男性単数完了形)と読む読誦法もある。
『彼らは怠ることはない』
命じられたことを仕損じることはない。
それから彼らは彼らの真実なる庇護者アッラーの許に戻される。彼にこそ裁決はあるのではないか。彼は清算に速やかな御方。(6:62)
『それから彼らは』
被造物は。
『彼らの真実なる・・・』
彼らに報いる際に確かで公正な。
『・・・庇護者』
彼らの所有者。
『彼にこそ裁決はあるのではないか』
彼らについて執行される裁きは。
『彼は清算に速やかな御方』
ハディースによると、現世の時間の半日の間に被造物すべてを清算し給う。
言え、「陸と海の暗闇からおまえたちを救い出すのは誰か。おまえたちは彼に祈り声をあげ、そして隠れて彼に祈る。もしもあなたがわれらをここから救い出し給うたなら、必ずやわれらは感謝する者のひとりとなる」と。(6:63)
ハフス&アースィム版:言え、「陸と海の暗闇からおまえたちを救い出すのは誰か。おまえたちは彼に祈り声をあげ、そして隠れて彼に祈る。もしも彼がわれらをここから救い出し給うたなら、必ずやわれらは感謝する者のひとりとなる」と。(6:63)
『言え』
ムハンマドよ。マッカの住民に。
『陸と海の暗闇から』
おまえたちの旅行において、それら(陸と海)の恐怖から。
『彼に祈り声をあげ』
公然と。
『隠れて』
密かに。
『彼に祈る』
その時に(おまえたちを救い出すのは誰か)。
おまえたちは言う。
『もしも』
『もし・(・←?)も(la-’in)』の「la」は、誓いの「ラーム(l)」。
『ここから』
この暗闇と困難から。
『あなたがわれらを・・・救い出し給うたなら』
(二人称単数の「’anjayta-nā(あなたがわれらを・・・救い出し給うたなら)」)ではなく、「’anjā-nā(彼がわれらを・・・救い出し給うた)」(三人称単数)とする読誦法もある。つまり、アッラーが(監訳者注:ハフス&アースィム版では、後者の読誦法を採る)。
『感謝する者のひとりとなる』
信仰者のひとりと。
言え、「アッラーはおまえたちをそこからも、あらゆる苦悩からも救い出し給う。それなのにおまえたちは多神を拝するのである」。(6:64)
『言え』
彼らに。
『アッラーはおまえたちを・・・救い出し給う』
『おまえたちを・・・救い出し給う』は、派生形第4形で第2語根の促音なしの読誦法(「yunjī-kum」)と、第2形で促音を伴う読誦法「yunajjī-kum」がある。
『あらゆる苦悩からも』
それ以外の悲嘆からも。
『おまえたちは多神を拝するのである』
彼(アッラー)に並べて。
言え、「彼はおまえたちにおまえたちの上からでも足下からでも懲罰を下すことができ、おまえたちを分派で混乱させ、おまえたちのある者にある者の暴虐を味わわせることもでき給う」。われらがどのように印を示すかを見よ。きっと彼らは理解するであろう。(6:65)
『おまえたちの上からでも』
空から。石や叫び声など。
『足下からで』
飲み込むことなど。
象の民は空から石を下され、サーリフの民サムードはジブリールの叫び声によって滅ぼされた。また、カールーンは地に飲み込まれた。
『おまえたちを・・・混乱させ』
入り混じらせ。
『分派で』
さまざまな妄念に従う諸派で。
『おまえたちのある者にある者の暴虐を味わわせることもでき給う』
戦闘によって。これが下されると、アッラーの御使いは、「このほうが(『上からでも足下からでも懲罰』より)より軽く、より易しい」と言われた。また、その前の部分(『おまえたちの上からでも足下からでも懲罰を下すことができ』)が下されると、「あなたの御顔に守護を求める」と言われた(アル=ブハーリーの伝える伝承)。ムスリムの伝えるハディースによると、アッラーの御使いは言われた、「私は私の主に、私のウンマに暴虐をなし給うな、と祈り、それでアッラーは私のためにそれを差し止め給うた」。ハディースによると、これが啓示されると、(アッラーの御使いは)「これらは起こるものであり、その実現はまだである」と言われた。
この節が啓示されると、彼は言われた、「このこと(つまり、4つのこと、上からの懲罰と下からの懲罰、分派と戦闘)は復活の日の前に来るのではないか」。ただし、後者の2つはすでに教友の時代に起こっており、前者の2つの実現は、アッラーが最後の時が近づくまで恩恵によって遅らせ給うている。
『印を』
われらの力の証しを。
『示すかを』
彼らに明らかにするかを。
『きっと彼らは理解するであろう』
彼らが行っていることが虚偽であることを知るであろう。
おまえの民は真実であるのにそれを嘘と否定した。言え、「私はおまえたちの後見人ではない」。(6:66)
『真実であるのに』
正しいものであるのに。
『それを嘘と否定した』
クルアーンを。
『言え』
彼らに。
『私はおまえたちの後見人ではない』
おまえたちに報いを与えるものではなく、私は警告者に過ぎない。おまえたちのことはアッラーに委ねられる。これは戦闘の命令が下る以前のものである。
あらゆる知らせは時を定められている。おまえたちはいずれ知るであろう。(6:67)
『あらゆる知らせは』
告知は。
『時を定められている』
それが起こる時が。おまえたちの懲罰も定められている。
『おまえたちはいずれ知るであろう』
彼らへの脅しである。
われらの印を話題にする者たちを見かけたら、彼らがほかの話題に入るまで彼らから離れよ。たとえシャイターンがおまえに忘れさせたとしても、思い出した後は不正の民とは共に座してはならない。(6:68)
『われらの印について話題にする者たちを見かけたら』
クルアーンについて。笑いものにして。
『彼らから離れよ』
彼らと一緒に座るな。
『たとえ』
『たとえ( ’immā)』は、条件の接続詞「’in」の「ヌーン(n)」が虚字の「 mā」に吸収・同化したもの。
『シャイターンがおまえに忘れさせたとしても』
それで彼らとおまえが一緒に座ったとしても。『おまえに忘れさせた』 は、「yunsiyan-ka」と強調語尾の「ヌーン(n)」が無母音で促音を伴わない読誦法と、「yunsiyanna-ka」と「ヌーン」が母音「ア」で促音を伴う読誦法がある。
『思い出した後は』
それを思い出したら。
『不正の民とは』
代名詞を置くところに実名詞を置いている。
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