われらは啓典を彼らにもたらし、知識に基づいてそれを解明した。信仰する民への導きと慈悲として。(7:52)
『啓典を』
クルアーンを。
『彼らに』
マッカの住民に。
『知識に基づいて』
状態の副詞的修飾句。その中で解明し給うことを知った上で。
『それを解明した』
知らせ、約束、警告を用いて明示した。
『信仰する民への』
それを。
『導きと慈悲として』
「それを」の状態の副詞的修飾句。
彼らはその真相を待っているだけなのか。その解釈が訪れる日、以前よりそれを忘れていた者たちは言う、「確かにわれらの主の使徒たちは真理と共に訪れた。われらには執り成しはいないのか。そうすれば彼らはわれらの執り成しをするであろうに。あるいは、われらが戻されることはないのか。そうすればわれらはかつてなしたことと違ったことをなすであろうに」。彼らは己を損じ、彼らが捏造していたものは彼らから迷い去った。(7:53)
『彼らは・・・を待っているだけなのか』
・・・のほかは待ってはいない。
『その真相』
そこ(クルアーン)にあることの結末。
復活の日に彼らに降りかかる懲罰の知らせの結末である。それが「真相」である。なぜなら、あるものの「真相(ta’wīl)」とは「それがそこに戻る(yu’ūlu)ところのもの」のことだからである。それが彼らに追いつくこと、彼らがそれから逃れることができないことは、それを待ち、待ち構えているのにも似ている。それが「待つ」で表現されたことである。つまり、彼らにはクルアーンの中で約束されたことから逃れることはできない、という意味である。
『その解釈が訪れる日』
復活の日。
『以前よりそれを忘れていた者たちは』
それ(クルアーン)を信じることを怠っていた者たちは。
『あるいは』『あるいは(’aw)』
の後に疑問詞「hal(・・・か)」(を補う)。
『われらが戻されることはないのか』
現世に。
『そうすればわれらはかつてなしたことと違ったことをなすであろうに』
アッラーに唯一の信仰を捧げ、多神教を放棄するであろうに。すると、彼らは、「それはない」と答えられる。
至高なる御方は仰せられた。
『彼らは己を損じ』
破滅に向かった。
『彼らが捏造していたものは』
(アッラーの)共同者の主張など。
『彼らから迷い去った』
行ってしまった。
まことにおまえたちの主はアッラー、天と地を六日間で創り、それから玉座に座し給うた御方。彼は夜で昼を覆い給い、それはそれを急いで求める。また、太陽と月と星を。彼の命令に従うものたちである。彼にこそ創造と命令は属すのではないか。諸世界の主アッラーに称えあれ。(7:54)
『天と地を六日間で創り』
現世の時間で6日に相当する期間に。というのも、この時、まだ太陽はなかったからである。もしアッラーがお望みであったら、一瞬のうちにそれらを創り給うたであろうが、そうし給わなかったのは、彼の被造物に過程を教えるためであった。
『それから玉座に座し給うた御方』
「玉座(‘arsh)」の原義は、王の寝台のことである。「座す」とは彼(アッラー)にふさわしいあり方によって。
『彼は夜で昼を覆い給い』
つまり、夜と昼が相互に他方を覆うことである。『覆い給い』は原形で第2語根の促音なしで「yughshī」と読む読誦法と、派生形第2形で第2語根を促音で「yughashshī」と読む読誦法がある(意味は同じ)。
夜は意味上の主語であり、昼は実質上も意味上も目的語である。
『それはそれを・・・求める』
どちらも一方が他方を求める。
『急いで』
速やかに。
『太陽と月と星を』
対格で語尾を母音「a」で「al-shamusa(太陽)」「al-qamara(月)」「al-nujuma(星)」とした場合は『天』に接続し(つまり、天と地と太陽と月と星を創り給うた)、主格で語尾を母音「u」で「al-shamusu(太陽)」「al- qamaru(月)」「al-nujumu(星)」とした場合には主部で(太陽と月と星は)、述部は『彼の命令に従うものたちである』。
『彼の命令に』
彼の力に。
『従うものたちである』
服従的である。
アッラーのご意志に服し、昇ったり沈んだり、行ったり来たりする。
『彼にこそ創造と』
すべての創造と。
『命令は』
その全ては。
『諸世界の主』
所有者。
『アッラーに称えあれ』
偉大さこそ称えられよ。
おまえたちの主に謙り、密かに祈れ。まことに彼は度を越す者を好み給わない。(7:55)
『おまえたちの主に謙り』
状態の副詞的修飾句。身を卑しめ。
『密かに』
こっそりと。
『まことに彼は度を越す者を好み給わない』
祈願において流暢にすぎたり、声を張り上げることによる。
秩序が正された後に地上で害悪をなしてはならない。そして、彼に恐れと希望を込めて祈れ。まことにアッラーの慈悲は善を尽くす者に近い。(7:56)
『秩序が正された後に』
使徒が遣わされることによって。
『地上で害悪をなしてはならない』
多神教や反逆によって。
『恐れと』
彼の懲罰からの。
『希望を込めて』
彼の慈悲への。
『恐れと希望を込めて』アル=クルトゥビーによると、至高なるアッラーはしもべに、祈りにおいて期待、恐れ、希望をいだき、アッラーを信頼することを命じ給うた。人間にとって恐れと希望は、鳥を真っすぐに飛ばすための2つの翼のようなものである。もしその一方が欠ければ、人間は破滅に至る。それゆえ、人間は懲罰を恐れ、また報奨を希望しながら祈るのである。賢者のある者が言うには、しもべは生きている間はずっと恐怖の方が勝るべきで、死が訪れる時になったら希望が勝るべきである。預言者は言われた、「あなたがたの誰も、至高なるアッラーについて良い考えを抱きながらのほか死んではならない」(ムスリムの伝える伝承)。
『まことにアッラーの慈悲は・・・近い』
『慈悲(rahmah=女性形)』の述語である『近い(qarībun)』が男性形になっているのは、慈悲が(男性名詞の)アッラーに属格で帰属しているため(アッラーへの礼節ゆえ)である。
『善を尽くす者に』
服従する者に。
アッラーの慈悲が善を尽くす者に近いとは、人間は刻一刻と現世の時を後にし、来世に近づいているからであり、それゆえ生よりも死の方が近いのである。人間とアッラーの慈悲、つまり来世の報奨を隔てているものは死のほかになく、それは人間に近いのである。
彼こそは慈悲の前に散り散りに風を送り給う御方。そしてついにそれが重い雲を運ぶと、われらはそれを死んだ地に送り、そこに雨を降らし、それによってあらゆる実りを萌え出だせる。こうしてわれらは死者を出でさす。きっとおまえたちも悟るであろう。(7:57)
ハフス&アースィム版:彼こそは慈悲の前に吉報として風を送り給う御方。そしてついにそれが重い雲を運ぶと、われらはそれを死んだ地に送り、そこに雨を降らし、それによってあらゆる実りを萌え出だせる。こうしてわれらは死者を出でさす。きっとおまえたちも悟るであろう。(7:57)
『散り散りに風を送り給う御方』
雨の前触れをばらばらに。「散り散りに(nushuran)」は、別の読誦法によれば、「nushran」と第2語根の「シーン(sh)」を軽く(つまり、ダンマを省略して)無母音で読む。別の読誦法では、第1語根の「ヌーン(n)」を母音「a」で「nashran」と動名詞で読む。さらに別の読誦法では、第2語根は無母音で、第1語根を「ヌーン(n)」の代わりに(下に)点が一つの「バーゥ(b)」で「bushran」。つまり、吉報として。前者の単数形は「rasūl」と同型の「nashūr」、後者(動名詞「bushr」の形容詞・名詞形の複数「bushur」)の単数形は「bashīr」である(監訳者注:ハフス&アースィム版では、「bushran(吉報として)」と読む読誦法を採る)。
『それが重い雲を運ぶと』
風が雨によって運ぶと。
『われらはそれを・・・送り』
雲を。ここで三人称から二人称への転換がある。
『死んだ地に』
草のない地に。そこを生き返らせるために。
『そこに雨を降らし』
その地に。
『それによって・・・萌え出だせる』
雨によって。
『こうして』
出すように。
『われらは死者を出でさす』
墓から、生き返らせて。
『きっとおまえたちも悟るであろう』
そして、信じるであろう。
良い土地はその主の御許しによってその草木が生え、悪くなったところは厄介なものしか生えない。こうしてわれらは感謝する民に印を解き示す。(7:58)
『良い土地は』
土が良い地は。
『その主の御許しによって』
この譬えは信仰者が訓戒を聞き、そこから益を得るためのものである。
『その草木が生え』
良い(草木が)。
『悪くなったところは』
その土が。
『厄介なものしか』
困難を伴う厄介なもの。この譬えは不信仰者のためのものである。
『生えない』
草が。
『こうして』
こうしてわれらが解明したように。
『感謝する民に』
アッラーに。そして、彼を信じる(民に)。
『われらは・・・解き示す』
明らかにする。
確かにわれらはヌーフを彼の民に遣わし、彼は言った、「私の民よ、アッラーに仕えよ。おまえたちには彼のほかに神などいない。まことに私はおまえたちに大いなる日の懲罰を恐れる」。(7:59)
『確かにわれらは・・・』
省略された誓い(「アッラーに誓って」al=Samīn, al=Durr al= Masūn, vol.3, p.287)の帰結節である。
『ヌーフを』
イブン・アッバースによると、彼が使徒として遣わされた時、彼は40才であった。50才であったとも、250才であったとも言われる。彼は彼の民に950年間呼びかけ、洪水の後、250年生き、1240歳であった。彼はイドリースの後に最初に遣わされた預言者であった。彼は大工で、自分で2年かけて船を作った。
『おまえたちには彼のほかに神などいない』
「ほかに」は『神(’ilāhin)』の形容修飾句として属格で語末母音「i」で「gairi(ほかの)」と読む読誦法と、主格で語末母音「u」で「gairu(ほかに)」と読む読誦法がある。主格になっているのは、(『神など(min ’ilāhin)』の前置詞「min」は虚字なので)「神」の本来の構文上の位置(つまり、主格)の言い換えだからである(監訳者注:ハフス&アースィム版は後者の読誦法を採る)。
『私はおまえたちに・・・恐れる』
おまえたちが彼以外のものに仕えた場合に。
『大いなる日の懲罰を』
復活の日のことである。
彼の民の長老たちは言った、「まことにわれらはおまえが明白な迷いにあるのを見る」。(7:60)
『彼の民の長老たちは』
貴族たちは。
『明白な』はっきりとした。
彼は言った、「私の民よ、私に誤りはない。そうではなく、私は諸世界の主からの使徒である」。(7:61)
『私に誤りはない』
『誤り(dalālah)』は、(前節の)『迷い(dalāl)』よりも一般的で、それを否定した方が否定として強い。
「私はおまえたちに私の主の便りを伝え、おまえたちに助言する。私はアッラーによっておまえたちの知らないことを知っているのである」。(7:62)
『私はおまえたちに・・・伝え』
派生形第4形で第2語根を促音なしに(「’ublighu-kum」と)読む読誦法と、第2形で第2語根を促音で(「’uballighu-kum」と)読む読誦法がある。
『おまえたちに助言する』
善を願って。
「おまえたちは、主からの訓告がおまえたちに、おまえたちの一人を通じて訪れたことに驚くのか。それは、彼がおまえたちに警告し、おまえたちが畏れ身を守るためである。きっとおまえたちも慈悲を得るであろう」。(7:63)
『おまえたちは・・・驚くのか』
嘘だと否定して。
『訓告が』
訓戒が。
『おまえたちの一人を通じて』
1人の舌を通じて。
『彼がおまえたちに警告し』
おまえたちが信じなかった場合の懲罰を。
『おまえたちが畏れ身を守るため』
アッラーを。
『きっとおまえたちも慈悲を得るであろう』
それ(畏れ身を守ること、あるいは訓告)によって。
だが、彼らは彼を嘘だと否定し、そこでわれらは彼と彼と共に方舟にいた者たちを救い、われらの印を嘘だと否定した者を溺れさせた。まことに彼らは盲目の民であった。(7:64)
『方舟に』
船に。
『救い』
水死から。
『溺れさせた』
洪水によって。
『盲目の民であった』
真実について。
また、アードに、彼らの兄弟フードを。彼は言った、「私の民よ、アッラーに仕えよ。おまえたちには彼のほかに神はない。それなのにおまえたちは畏れ身を守らないのか」。(7:65)
『アードに』
われらは遣わした。最初のアード族に。
星章に登場するが、最初のアード族はフードの民で、第2のアード族はサーリフの民であり、サムード族のことである。両者の間には100年がある。
『アッラーに仕えよ』
彼おひとりに。
『それなのにおまえたちは畏れ身を守らないのか』
彼を恐れ、信仰しないのか。
彼の民のうち信仰を否定した長老たちは言った、「まことにわれらはおまえが無分別にあるのを見る。まことにわれらはおまえを嘘つきの一人だと考える」。(7:66)
『無分別に』
無知に。
『まことにわれらはおまえを嘘つきの一人だと考える』
おまえの便りについて。
彼は言った、「私の民よ、私には無分別はない。そうではなく、私は諸世界の主からの使徒である」。(7:67)