「私は、私の主の便りをおまえたちに伝えるのであり、私はおまえたちにとって誠実な助言者である」。(7:68)
『誠実な』
便りに対して信頼できる。
「主からの訓告がおまえたちの一人を通じて、彼がおまえたちに警告するようにとおまえたちに訪れたことに、おまえたちは驚くのか。彼がおまえたちをヌーフの民の後の後継者とし、体格を増強し給うた時のことを思い起こせ。そしてアッラーの恩恵を思い起こせ。きっとおまえたちは成功するであろう」。(7:69)
『おまえたちの一人を通じて』
(彼の)舌を通じて。
『ヌーフの民の後の後継者とし』
地上において。
『体格を増強し給うた』
強く、高く。彼らの背丈は 100ズィラーウ(腕丈)あり、最も背の低い者でも60ズィラーウあった。
『アッラーの恩恵を思い起こせ』
彼の恵みを。
『きっとおまえたちは成功するであろう』
勝ちを得るであろう。
彼らは言った、「おまえは、アッラーおひとりにわれらを仕えさせ、われらの祖先が仕えていたものをわれらに捨てさせるためにわれらの許に来たのか。おまえが正しいならば、おまえがわれらに約束するものをわれらに持って来てみせよ」。(7:70)
『われらに捨てさせるために』
放棄させるために。
『おまえが正しいならば』
おまえの言っていることにおいて。
『おまえがわれらに約束するものを』
懲罰を。
彼は言った、「おまえたちには主からの懲らしめと怒りがすでに下された。おまえたちは、おまえたちとおまえたちの祖先が名付けた空名について、アッラーがそれらになんの権限も下し給うていないのに、私と論争するのか。それならば、待つがよい。私もおまえたちと共に待つ者である」。(7:71)
『懲らしめと』
懲罰と。
『すでに下された』
必定となった。
『おまえたちとおまえたちの祖先が名付けた』
そう名を付けた。
『空名について』
おまえたちが崇拝する偶像について。
『アッラーがそれらに』
それらの崇拝に。
『なんの権限も』
根拠も明証も。
『待つがよい』
懲罰を。
『私もおまえたちと共に待つ者である』
それを。おまえたちが私を嘘だと否定したがゆえに。そこで彼らの上には殺人的突風が送られた。
その風は冷たく、激しい音がしたが、雨を含んではいなかった。それは冬の終わりで、シャウワール月(ヒジュラ暦10月)も後8日を残すばかりであった。それは水曜の午前に始まり、7夜8日吹きつづけ、男も女も子供も殺し、彼らの財産は風に吹き飛ばされた。
そこで、われらは彼と彼と共にいた者たちをわれらの慈悲によって救い、われらの印を嘘だと否定した者たちを根絶した。彼らは信仰者ではなかったのである。(7:72)
『彼と』
フードと。
『彼と共にいた者たちを』
信仰者で。
『根絶した』
民を。つまり、彼らを根こそぎにした。
『彼らは信仰者ではなかったのである』
『嘘だと否定した』に接続する。
もし彼らがいずれ信仰するようになる者たちであったなら、アッラーは彼らを生き残らせ給うていたであろう。
また、サムードには彼らの兄弟サーリフを。彼は言った、「私の民よ、アッラーに仕えよ。おまえたちには彼のほかに神はいない。おまえたちには証しが主から訪れた。これはアッラーの雌ラクダである、おまえたちへの印として。それゆえ、それを放牧し、アッラーの地で食べさせよ。それに害を加えてはならない。そうすればおまえたちに痛烈な懲罰が襲うであろう」。(7:73)
『サムードには』
『サムードには(thamūda)』は、(固有名詞の)民族名を意味するため、語尾の変化(名詞語末不定表示撥音)が放棄されている。
『彼らの兄弟サーリフを』
われらは遣わした。
『証しが』
奇跡が。
『主から訪れた』
私の真実性を証しするために。
『印として』
状態の副詞的修飾句で、それを統語的に対格にするのは指示代名詞(『これは』)である。彼らはサーリフに、岩からラクダを出し、彼らにそれを見せるように求めたのである。
『それに害を加えてはならない』
足を切ったり、叩いたりすることによって。
また、彼がおまえたちをアードの後に後継者となし給い、地に安住させ給うた時のことを思い起こせ。おまえたちは平地に宮殿を設け、山を彫って家とした。それゆえ、アッラーの御恵みを思い起こせ。害悪をなす者となって大地で罪を犯してはならない。(7:74)
『彼がおまえたちをアードの後に後継者となし給い』
地上で。
『地に安住させ給うた』
おまえたちを住まわせ給うた。
『おまえたちは平地に宮殿を設け』
夏にそこに住むために。
『山を彫って』
山から家を彫った。冬にそこに住むために。
『家とした』
潜在的な状態の副詞的修飾句。
(「潜在的」とは)なぜなら山はそれを彫った後でなければ家とはならないからである。
彼の民のうち高慢な長老たちは、弱いとみなされた者たちに、彼らのうちで信仰した者たちに言った、「おまえたちは、サーリフが主から遣わされた者であることを知っているか」。彼らは言った、「われらは、彼が携えて遣わされたものを信じる者である」。(7:75)
『彼の民のうち高慢な・・・』
思い上がってそれを信じることを拒んだ。
『弱いとみなされた者たちに』
彼の民のうち。
『彼らのうちで信仰した者たちに』
属格支配前置詞(「li-(・・・に)」を繰り返し、前のもの(『(弱いとみなされた)者たち』)を言い替えたもの。
『主から遣わされた』
おまえたちに。
『彼らは言った』
「その通り(知っている)。われらは、・・・・」。
高慢な者たちは言った、「われらはおまえたちが信じるものを拒絶する者である」。(7:76)
件のラクダには、水を飲む日が、そして彼らにも自分たちが水を飲む日が割り当てられていたが、彼らはそれに倦んだ。
そこで、彼らは雌ラクダの腱を切って殺し、彼らの主の命令に尊大にも背き、言った、「サーリフよ、もしおまえが使徒であるなら、おまえがわれらに約束したものを持って来い」。(7:77)
『彼らは雌ラクダの腱を切って殺し』
キダールが剣でそれを殺すようにとの彼らの命を受け、それを殺した。
『腱を切って殺し』
「殺し(‘aqalū)」の「‘aqala」の原義は、ラクダのアキレス腱を剥き出しにすることである。ラクダの足を打って転ばせることは、屠殺の際の彼らの習慣であった。そこから転じて、屠殺することを「‘aqala」と呼んだ。
『おまえがわれらに約束したものを持って来い』
それを殺した時の懲罰を。
そこで大地震が彼らを襲い、彼らは家の中で屈んだまま朝を迎えた。(7:78)
『そこで大地震が彼らを襲い』
大地からは激しい地震が。また、空からは叫び声が。
『彼らは家の中で屈んだまま朝を迎えた』
膝の上に身を屈めて死んでいた。
ラクダの水飲み日と彼らの水飲み日が割り当てられていたが、彼らはそれに倦み、ラクダを殺した。それは、水曜のことであった。そこでサーリフは彼らに言った、「明日、目覚めてみると、おまえたちの顔は黄色くなっているであろう。それから、金曜の朝にはおまえたちの顔は赤く、土曜の朝にはおまえたちの顔は黒くなるであろう」。実際、木曜の朝を迎えると、彼らの顔は黄色くなっていた。そこで彼らは懲罰を確信した。それから金曜になると顔は赤くなり、彼らは恐怖を覚えた。それから土曜になると彼らは黒くなり、彼らは死を覚悟した。日曜の午前になると、彼らは自らに死装束を着せ、死者に対してするように香料を詰め、地に身を投げた。それから日が強くなると、空から大きな叫び声がし、雷をそっくりあわせたような声があった。その時、地上にあるもので音があるものがすべて声を上げた。それから彼らと共に大地が揺れ、彼らはみな滅びた。
彼は彼らから背を向け、言った、「私の民よ、私はおまえたちに私の主の便りを伝え、おまえたちに助言した。だが、おまえたちは助言する者を好まない」。(7:79)
『彼は彼らから背を向け』
サーリフは彼らから離れ。
サーリフが彼らから背を向けたのがいつかについては二説ある。彼らが死んだ後に背を向け、この言葉を言ったものとする説と、存命中に言ったものとする説である。
死んだ後に言ったとすれば、それは叱責のためである。ちょうど、預言者がバドルの戦いの後、古井戸に投げ込まれた不信仰者に向かって名前を呼びかけ、言われたのと同じである。ウマルが、「アッラーの御使いよ、腹を刺しぬかれた者たちに向かってどうやって語りかけることができるのか」と尋ねると彼は言われた、「私が言うことをおまえたちも彼らほどにはよく聞こえない。ただ、彼らは答えることができないのである」。あるいは、サーリフが彼らに語りかけたのは後世の者たちへの教訓とするためであるとも言われる。
また、ルートを。彼が彼の民に言った時のことを。「おまえたちは諸世界の誰もかつて行ったことのない不道徳を犯すのか」。(7:80)
『また、ルートを』
思い起こせ。
ルートはイブン・ハーラーン・ブン・ターリフ(アーザル)である。つまり、彼はイブラーヒームの兄弟の息子であり、イブラーヒームは彼のおじであった。ルートはイスラーイールの子孫の預言者ではなかった。イブラーヒームとルートはイラクのバビロンに住んでいたが、シリア地方に移住し、イブラーヒームはパレスチナの地に落ち着き、ルートはヨルダンに落ち着いた。そしてアッラーは彼をスズームの民に遣わし給うた。スズームとは、ホムスにある土地である。
『彼が彼の民に言った時のことを』
それ(『ルートを』)を言い替えたもの。
『諸世界の誰もかつて行ったことのない』
人間もジンも。
『不道徳』
男色。
「おまえたちは女を差し置いて欲望から男の許に赴くのか。いや、おまえたちは度を越した民である」。(7:81)
ハフス&アースィム版:「まことにおまえたちは女を差し置いて欲望から男の許に赴く。いや、おまえたちは度を越した民である」。(7:81)
『おまえたちは・・・のか』
『おまえたちは・・・のか(’a ’inna-kum)』は、2つの「ハムザ(’)」をはっきり発音する読誦法と、1つ目をそっと発音する読誦法、さらに両者において2つの「ハムザ(’)」の間に「a」の長母音符合アリフを入れる読誦法(’ā ’inna-kum)がある。
したがって、4通りの読誦法となるが、これは正しくなく、ハムザ(’)をはっきり発音した場合にその間に(長母音化の)アリフを入れる読誦法は正統7読誦法の中にはない(ヒシャームの読誦法cf., al=Sāwī, Hāshiyah al=Sāwī vol.2, p.85)。したがって3通りの読誦法である。
ナーフィウとハフスは「ハムザ(’)」を母音「’」で読み、それと「ヌーン(n)」の間に「ヤーゥ(y)」を入れず(疑問符のある疑問文でなく)平叙文(’inna-kum)として読む(監訳者注:ハフス&アースィム版では、平叙文とする読誦法を採る。つまり、「まことにおまえたちは・・・赴く」)。
『おまえたちは度を越した民である』
ハラール(許されたもの)を越えてハラーム(禁じられたもの)を犯す者。