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われらはイスラーイールの子孫に海を越えさせ、彼らは自分たちの偶像に献身する民のところに行き着いた。彼らは言った、「ムーサーよ、われらに彼らの神のような神を作ってくれ」。彼は言った、「まことにおまえたちは物を知らない民である」。(7:138)
『海を越えさせ』
渡らせ。
『自分たちの偶像に献身する・・・』
それらの崇拝を守る。『献身する』は、第2語根「カーフ(k)」の母音を「u」で「ya‘kufūna」と読む読誦法と、それを「i」で「ya‘kifūna」と読む読誦法がある(意味は同じ)。
『行き着いた』
通りがかった。
『われらに彼らの神のような神を作ってくれ』
われらが仕える偶像を。
『まことにおまえたちは物を知らない民である』
アッラーのおまえたちへの恵みに対して、おまえたちが口にしたような言葉(「われらに彼らの神のような神を作ってくれ」)で報いるとは。
まことにこれらの者、彼らが留まるところのものは破壊され、彼らの行っていたことは無駄である。(7:139)
『彼らが留まるところのもの』
とは、虚偽の宗教のことである。
『破壊され』
滅ぼされ。
『彼らの行っていたこと』
とは、偶像の崇拝である。
彼は言った、「私がアッラーのほかに神をおまえたちに望むだと。彼こそはおまえたちを全世界の上に優遇し給うた御方であらせられる」。(7:140)
『アッラーのほかに神を』
仕えるものを。
『おまえたちに望むだと』
『おまえたちに望む(’abghī-kum)』は、本来は、「お前たちのために望む(’abghīla-kum)」と言うべきところである。
『彼こそはおまえたちを全世界の上に優遇し給うた御方であるのに』
おまえたちの時代において。(以下の)彼の御言葉の中で言及したように。
当時の『全世界』とはエジプト人のことである。イスラーイールの子孫を助け、エジプト人を水死させることによって、彼らを優遇し給うた。
また、われらがおまえたちをフィルアウンの一族から救った時のこと。彼らは懲罰の苛酷さでおまえたちを苦しめていた。彼らはおまえたちの男児を殺し、女児を生かしておいた。まことにそこにはおまえたちの主からの大いなる試練がある。(7:141)
『われらがおまえたちを・・・救った』
『われらがおまえたちを・・・救った(’anjainā-kum)』は、「’anjā-kum(彼がおまえたちを・・・救った)」と読む読誦法もある。
『・・・時のこと』
思い起こせ。
『懲罰の苛酷さで』
最も辛い懲罰で。
『おまえたちを苦しめていた』
おまえたちにそれ(懲罰)を課し、味わわせていた。
『女児を生かしておいた』
生き残らせた。
『そこには』
救出、あるいは懲罰には。
『試練が・・・』
恵み、あるいは苦難の。
『・・・ある』
それなのにおまえたちは訓戒を受け入れず、おまえたちの言っていることを止めないのか。
また、われらはムーサーに三十夜を約束し、それを十日で補足した。それで彼の主の約束期日は四十夜で完了した。そして、ムーサーは彼の兄弟ハールーンに言った、「私の民について私の代理をせよ。正せ、そして害悪をなす者の道に従ってはならない」。(7:142)
『ムーサーに三十夜を』
その間彼は斎戒し、それが過ぎた時にわれらは彼に語りかける(と約束した)。それはズー・アル=カアダ月のことであった。彼が斎戒を終えると、口臭を嫌い、歯磨き枝を使った。そこでアッラーは彼に10日の追加を命じ、口臭の口で彼に語りかけるようにさせ給うた。それで次のように仰せられたのである。
イブン・アッバースによると、ムーサーはその間昼も夜も続けて斎戒した。昼夜続けての斎戒はハラームであるが、それは預言者以外の者に限ったものである。
『われらは・・・約束し』
『われらは・・・約束し』は、第1語根に長母音符号「アリフ」を付して派生形第3形で(「wā‘adnā」と)読む読誦法と、原型で「アリフ」なしに(「wa‘adnā」と)読む読誦法がある(同義)。
『それを十日で補足した』
ズー・アル=ヒッジャ月の。
『彼の主の約束期日は』
アッラーが彼に話し掛け給うという約束の時間は。
『四十・・・で』
状態の副詞的修飾句である。
『夜』
数の弁別である。
『ムーサーは彼の兄弟ハールーンに言った』
アッラーとの対話のために山に行く際に。
『私の民について私の代理をせよ』
私の代理人となれ。
『正せ』
彼らの問題を。
『害悪をなす者の道に従ってはならない』
不服従に関して彼らに同意することによって。
ムーサーがわれらの約束日に来て、彼の主が彼に語り給うた時、彼は言った、「私の主よ。私があなたを眺めるよう私に見せ給え」。仰せられた、「おまえがわれを見ることはない。だが、山を眺めよ。もしそれがその場にじっとしてしていれば、おまえはわれを見るであろう」。そこで彼の主が山に姿を現し給うと、それを平らになし給い、ムーサーは大音響に打たれて倒れ伏した。彼は意識を取り戻すと、言った、「称えあれ、あなたこそ超越者。私はあなたに悔いて戻る。私は最初の信仰者である」。(7:143)
『ムーサーがわれらの約束日に来て』
われらが彼に語ると約束した期日に。
『彼の主が彼に語り給うた時』
仲介なしに御言葉を。ムーサーはそれをあらゆる方向から聞いた。
『私に見せ給え』
あなた御自身を。
『おまえがわれを見ることはない』
おまえにはわれを見ることはできない。「われは見られることはない」という形を取っていないことは、至高なる御方を見ることの可能性を示唆している。
『山を眺めよ』
おまえよりも強固な山を。
『じっとしていれば』
固定していれば。
『おまえはわれを見るであろう』
おまえもしっかりとしていてわれを見るであろう。さもなければ、おまえには無理である。
『彼の主が山に姿を現し給うと』
彼の光を小指の先の半分ほど現し給うと。アル=ハーキムが正しく伝えるハディースにある通りである。
預言者がこの節を読まれると、彼の親指を小指の最も高い関節の上に置き、言われた、「これほどで、山は崩壊したのである」。
『それを平らになし給い』
平たく、大地と同じ高さに、ということである。第3語根を伸ばさずに『平らに(dakkan)』と読む読誦法と、長母音で「dakkā’」と読む読誦法がある。
『ムーサーは・・・打たれて倒れ伏した』
目にしたことの恐怖に気を失って。
『称えあれ、あなたこそ超越者』
あなたに(あらゆる欠陥からの)離隔を。
『私はあなたに悔いて戻る』
命じられていないことを求めたことから。
『私は最初の信仰者である』
私の時代における。
仰せられた、「ムーサーよ、われはおまえをわが便りとわが言葉によって人々の上に選り抜いた。それゆえ、われがおまえに授けたものを取り、感謝する者のひとりとなれ」。(7:144)
『仰せられた』
至高なる御方は。
『われはおまえを・・・選り抜いた』
われはおまえを選んだ。
『わが便りと』
『わが便り』には複数形(risālātī)と単数形(risālatī)の読誦法がある。
『わが言葉によって』
われのおまえへの語りかけによって。
『人々の上に』
おまえの時代の者たちの。
『われがおまえに授けたものを取り』
特別の恵みを。
『感謝する者のひとりとなれ』
われの恵みに対し。
伝承によると、ムーサーは、彼の主が彼に語りかけ給うた後、彼の顔を被った光のせいで誰も彼の顔を眺めることはできなかった。
そして、われらは彼のために書板にあらゆること、訓戒とあらゆることに対する解説を書き留めた。それゆえ、それを力強く取れ。そして、おまえの民にそれを最良の方法で守るよう命じよ。いずれわれはおまえたちに違背者たちの住まいを見せるであろう。(7:145)
『書板に』
律法の書板である。それは楽園のシドラの木、またはトパーズ、またはエメラルドからできたもので、7枚、または10枚あった。
『あらゆること』
宗教において必要な。
『解説を』
説明を。
『訓戒とあらゆることに対する解説を』
前出の前置詞と属格「あらゆること(min kulli shay’in)」を言い換えたものである。
『それゆえ、それを・・・取れ』
「われらは言った」がこの前に省略されている。
『力強く』
厳粛に、努力して。
『違背者たちの住まいを』
フィルアウンと彼に従う者たちの。それはエジプトのことである。
『見せるであろう』
おまえたちが彼らのことで教訓を得るように。
いずれ、われはわれの印から、地上で不正に思い上がる者たちを離反させよう。彼らはどんな印を見ても、それを信じない。また、正導の道を見てもそれを道とせず、過ちの道を見るとそれを道とする。それは、彼らがわれらの印を嘘と否定し、それを無視する者であったためである。(7:146)
『われの印から』
被造物その他、われの力を証しするものから。
『地上で不正に思い上がる者たちを離反させよう』
彼らを見捨てることによって。それで彼らはその印について考えないであろう。
『正導の』
アッラーの御許からもたらされた導きの。
『道を』
道路を。
『それを道とせず』
それを辿らず。
『過ちの』
誤りの。
『それは』
そのように離反させるのは。
『彼らがわれらの印を嘘と否定し、それを無視する者であったためである』
同様の節が先にもあった(第136節)。
われらの印と来世の会見を嘘と否定する者たち、彼らの行いは無益となった。彼らは彼らのなしたことのほかに報いを受けることがあろうか。(7:147)
『来世の会見を』
復活、その他を。
『彼らの行いは』
彼らが現世で行った善行、例えば、親戚づきあいや、喜捨をなしたりしたことは。彼らには報奨はない。それは報奨の条件を欠くからである。
報奨の条件とは信仰である。
『無益となった』
無駄となった。
『彼らのなしたこと』
嘘だと否定し、反逆したこと。
『・・・のほかに』
なしたことの報いのほかに。
『・・・があろうか』
「・・・はない」。
ムーサーの民は彼の後、彼らの飾りから鳴き声の出る体をした子牛を祭った。それが彼らに語りかけもせず、道に導きもしないことを彼らは見ないのか。彼らはそれを祭り、不正の者であった。(7:148)
『彼の後』
彼が対話のために出かけた後。
『彼らの飾りから』
それは、彼らがフィルアウンの民から結婚式のために借り、そのまま彼らの許に留まったものである。
『鳴き声の出る・・・』
声が聞こえる。その飾りはジブリールの馬のひずめから取った土を口の中に置くことによってそのようなものに変えられていた。その土が置かれたところには生命の跡があったのである。
サマリア人がジブリールの雌馬を見たところ、それがひづめを置いた地面の場所は緑となり、そこにはたちまち牧草が生えた。サマリア人はこれを理解し、その土には生命の跡があることを知った。そこで馬がひずめを置いた土を取っておき、それを飾りから作った子牛の口に置いたのであった。ジブリールの雌馬は、海を渡る時に、フィルアウンの雄馬たちがその後を付いていくようにその前を行ったのであった。この説明はいずれ第20章[ター・ハー]でさらに述べられる。
『・・・体をした』
(『子牛』の)言い換えである。肉と血のある。
この言い換えは、その子牛が塀などに彫られた像であるとの誤解を招かないためである。
『子牛を』
サマリア人が彼らのために作ったものである。
『祭った』
『祭った(ittakhadha)』には第2目的語(目的格補語)「神として」が省略されている。
『それが彼らに語りかけもせず、道に導きもしないことを彼らは見ないのか』
どうしてそのようなものを神として祭るのか。
『彼らはそれを祭り』
神として。
『不正の者であった』
それを祭ったことによって。
彼らの手中に落とされ、間違っていたことに気づいた時、彼らは言った、「われらの主がわれらに慈悲をかけ、われらを赦し給わなければ、われらは損失者となったであろう」。(7:149)
『彼らの手中に落とされ』
つまり、それを崇拝したことを後悔し。
(受動態の)『彼らの手中に落とされ(suqita fī’aydī-him)』とは元は「彼らの口は彼らの手の上に(‘alā)に落ち」(能動態)であり、「fī(中に)」は「‘alā(上に)」の意味(つまり、「手の上に」)。人は何かについて心で深く後悔すると、指を口で噛む。それゆえ口が手の上に落ちることは後悔に付随することから、側写として付随すること(口が手に落ちること)で付随されること(後悔)を表現している。
『間違っていたことに気づいた時』
そのようなことをして間違ったことをしたと知った時。それは、ムーサーが戻った後のことであった。
『われらの主がわれらに慈悲をかけ、われらを赦し給わなければ』
『われらに慈悲をかけ』と『われらを赦し』は、三人称単数の接頭辞「ヤーゥ(y)」で「lam yarham-nā rabbu-nā wa yaghfir la-nā(われらの主がわれらに慈悲をかけ、われらを赦し給わない・・・)」とする読誦法と、二人称単数の接頭辞「ターゥ(t)」で「lam tarham-nā rabba-nā wa taghfir la-nā(われらが主よ、あなたがわれらに慈悲をかけ、あなたがわれらを赦し給わない・・・)」と読む読誦法がある。
ニ人称とした時には、『(われらの)主』は呼びかけの対格で語末母音は「a」で「われらの主よ( rabba-na)」と読む。
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