また、われらは彼らを十二の支族、共同体に分断した。そしてムーサーに、彼の民が水を求めた時、おまえの杖で岩を打て、と啓示した。すると、そこから十二の泉が流れ出て、すべての人々が自分たちの飲み場を知った。われらは彼らの上に雲で陰を作り、彼らの上にマンナとサルワーを下した。われらがおまえたちに糧と与えた良いものから食べよ。彼らはわれらに不正をなしたのではなく、自分自身に不正をなしたのである。(7:160)
『われらは彼らを・・・分断した』
イスラーイールの子孫を分けた。
『十二の』
状態の副詞的修飾句。
『支族』
『十二の』の置換。部族のことである。
『共同体に』
『十二の支族』の置換である。
『ムーサーに、彼の民が水を求めた時』
水のない砂漠で。
『おまえの杖で岩を打て、と啓示した』
そこで彼はそれを打った。
『そこから十二の泉が』
支族の数だけ。
『流れ出て』
湧き出て。
『すべての人々が』
彼らのすべての支族が。
『われらは彼らの上に雲で陰を作り』
砂漠で、太陽の熱を避けるための。
アッラーは彼の日陰を彼らの上に投じ給い、それは彼らが動くと一緒に動き、彼らが立ち止まると止まった。また、アッラーは彼らに夜は空から光の柱を下し給い、彼らはその明かりで道を進めた。
『彼らの上にマンナとサルワーを下した』
それは、アル=タルンジビーン(マンナの木から取った甘い粘液)とうずら(アル=スマーナー)である。
それは甘いもので、ファジュル(夜が白み始める頃)から日の出までに雪のように彼らの上に下り、それぞれの者が1サーウ(2.75リットル)ずつ取った。また、南風が彼らにうずらの鳥を運んできた。それを一人一人が充分なだけ取った。
われらは彼らに言った。
『われらがおまえたちに糧と与えた良いものから食べよ』
彼らが言われた時のこと。「この町に住み、おまえたちが望むところでそこから食べよ。そして、『取り下げを』と言って、門を平伏して入れ。われらはおまえたちにおまえたちの過ちを赦そう。いずれわれらは善を尽くす者たちに増し加えるであろう」。(7:161)
『彼らが言われた時のこと』
思い起こせ。
『この町に住み』
エルサレムである。
第2章[雌牛]ですでに述べたように、ウリーハーゥであるとも言われる。
『「・・・そして、『取り下げを』と言って・・・入れ」』
われらは命じた。
『門を』
町の門を。
『平伏して』
腰を曲げた平伏(サジダ)で。
額を地面につけて行うシャリーアに定められた跪拝(サジダ)ではなく、屈礼の形のように身を曲げることである。
『われらはおまえたちにおまえたちの過ちを赦そう』
『われらは・・・赦そう(naghfir)』は、三人称女性形の接頭辞「ターゥ( t)」で『赦されよう(tughfar)』と受動態で読む読誦法もある
その場合、規則複数形主格『おまえたちの諸々の過ちは(khatayātu-kum)』、または単数形主格で『おまえたちの過ちは(khatī’atu-kum)』と読む。
『善を尽くす者たち』
服従行為によって。
『増し加えるであろう』
報奨を。
だが、彼らのうち不正をなした者たちは言葉を彼らに言われたものでないものに言い替えた。そこでわれらは彼らに、彼らが不正をなしたがゆえに空から天罰を送った。(7:162)
『彼らのうち不正をなした者たちは言葉を彼らに言われたものでないものに言い替えた』
彼らは「髪の中の穀粒」と言って、尻の上に乗って足を引きずって入った。
『空から天罰を』
懲罰を。
海の側にある町について彼らに問え。彼らが安息日に法を越えた時のことを。その時、彼らの魚は彼らの安息日には浮上し彼らの許に来たが、彼らが安息日を守らない日には来なかった。こうしてわれらは彼らを彼らが逸脱したことゆえに試みた。(7:163)
『海の側にある』
紅海に隣接した。
『町について』
アイラのことである。その住民に起こったことについて。
『彼らに問え』
ムハンマドよ。非難を込めて。
『安息日に』
その日には慎むように彼らが命じられていた漁によって。
『法を越えた』
侵害した。
『その時』
『法を越えた』にかかる副詞。
『彼らの魚は彼らの安息日には浮上し』
水面に現れて。
『彼らが安息日を守らない日には』
安息日を尊重しない日には。つまり、それ以外の日々には。
『来なかった』
それはアッラーからの試練であった。
『こうしてわれらは彼らを彼らが逸脱したことゆえに試みた』
彼らが漁をした時、町は彼らと漁をする者たちと、彼らを禁じる者たちと、漁もしなければ止めもしない者たちの3つに分かれた。
彼らのうちの一団が言った時のこと。「どうしておまえたちは、アッラーが滅ぼすか厳しい懲罰で罰し給う民に訓戒するのか」。彼らは言った、「おまえたちの主への謝罪として。きっと彼らも畏れ身を守るであろうと」。(7:164)
『彼らのうちの一団が言った・・・』
漁をせず、止めもしない(一団が)。止めた者たちに向って。
『・・・時のこと』
前節の『・・・時のこと』にかかる。
『おまえたちの主への』
止めることを放棄することの手落ちを非難されないように。
『おまえたちの主への謝罪として』
われらの訓戒は。それによって免責されるのである。
『きっと彼らも畏れ身を守るであろうと』
漁に対して。
彼らがそれによって説教されたことを忘れると、われらは悪を禁じた者たちを救い、不正をなした者たちを彼らが逸脱したがゆえに悲惨な懲罰で捕えた。(7:165)
『説教されたことを』
彼らが訓戒されたことを。
『・・・忘れると』
怠ると。それで、戻らないと。
『不正をなした者たちを』
法の侵犯によって。
『悲惨な』
厳しい。
彼らが禁じられたことに対して高慢な態度を取った時、われらは彼らに言った、「卑しめられた猿となれ」。(7:166)
『彼らが禁じられたことに対して』(
禁じられたことを)怠ったことに対して。
『高慢な態度を取った時』
思い上がった時。
『卑しめられた』
不面目を被った。
『猿となれ』
そして、彼らはそうなった。これがこの前に述べられたこと(『・・・不正をなした者たちを彼らが逸脱したがゆえに悲惨な懲罰で捕えた』)の詳細である。イブン・アッバースは言った、「黙った者の一団がどうなったか私は知らない」。イクリマは言った、「この一団は滅ぼされなかった。なぜなら、彼らのなしたことをこの一団は嫌い、『どうしておまえたちは・・・訓戒するのか』と言ったからである」。アル=ハーキムの伝えるところ、イブン・アッバースによれば、彼はこれ(このイクリマの見解)に満足しそれに倣った。
また、おまえの主が彼らに、必ずや復活の日まで彼らに苛酷な懲罰を課す者を遣わせると告げ給うた時のこと。「まことに、おまえの主は懲罰に素早く、まことに彼はよく赦し慈悲深い御方」。(7:167)
『彼らに』
ユダヤ教徒たちに。
『苛酷な懲罰』
卑しめ、人頭税の徴収による。それから彼らにはスライマーンが遣わされ、それから彼の後にはブフトゥヌッサル(ネブカデネザル)が。彼は彼らを殺し、捕虜にし、人頭税を課した。彼らはわれらの預言者が遣わされるまで、それ(人頭税)をマギ教徒に支払っていたが、彼も彼らにそれを課された。
『告げ給うた時のこと』
知らせ給うた時のこと。
『おまえの主は懲罰に素早く』
彼に背く者に対し。
『彼はよく赦し』
彼に従う者たちには。
『慈悲深い御方』
彼らには。
そして、われらは彼らを地上にいくつもの共同体に分断した。彼らの中には正しい者もあれば、彼らの中にはそうでない者もいる。そしてわれらは彼らを良いことと悪いことで試みた。きっと彼らも戻るであろうと。(7:168)
『共同体に』
分派に。
『分断した』
分けた。
『彼らの中には』
人々の。
『そうでない者』
不信仰者、悪人。
『良いことと』
恵みと。
『悪いことで試みた』
懲罰で。
『きっと彼らも戻るであろうと』
彼らの罪悪から。
それから、彼らの後を子孫が継ぎ、啓典を相続したが、彼らはこの近い方の物品を受け取る。そして、「いずれ彼はわれらを赦し給う」と言い、彼らの許にそれと同じ物品が来れば、それを受け取るのである。アッラーについては真実しか語らないという彼らに対する啓典の約束は受け取られなかったのか。その中のものを学んでいたというのに。畏れ身を守る者には来世の住まいの方がより良い。それなのに彼らは悟らないのか。(7:169)
ハフス&アースィム版:それから、彼らの後を子孫が継ぎ、啓典を相続したが、彼らはこの近い方の物品を受け取る。そして、「いずれ彼はわれらを赦し給う」と言い、彼らの許にそれと同じ物品が来れば、それを受け取るのである。アッラーについては真実しか語らないという彼らに対する啓典の約束は受け取られなかったのか。その中のものを学んでいたというのに。畏れ身を守る者には来世の住まいの方がより良い。それなのにおまえたちは悟らないのか。(7:169)
『啓典を相続したが』
彼らの祖先から律法の書を。
『この近い方の物品を受け取る』
この近い物、つまり、現世のはかない物を。ハラール(許されたもの)であろうとハラーム(禁じられたもの)であろうと。
『いずれ彼はわれらを赦し給う』
われらがなしたことを。
『彼らの許にそれと同じ物品が来れば、それを受け取るのである』
状態の副詞的修飾句。つまり、彼らは赦しを期待し、その一方で彼らがしていたことを繰り返し、それに固執した。だが、律法の書の中では(罪に)固執する者に赦しの約束はない。
『啓典の約束は』
『啓典の』は属格であるが、その意味は、「(啓典の)中の」ということである。
『受け取られなかったのか』
断定の疑問文である。
『その中のものを学んでいたというのに』
読んでいたというのに。『受け取られなかったのか』にかかる。それなのに、どうして彼(アッラー)について、(罪に)固執していても赦しがあると嘘をついたのか。
『畏れ身を守る者には』
禁じられたことを。
『それなのに彼らは悟らないのか』
それ(来世)の方がよく、現世よりもそれを優先すべきであると。『理解し』は三人称男性の接頭辞「ヤーゥ(y)」で「ya‘qilūna(彼らは悟らないのか)」と読む読誦法と、二人称複数の接頭辞「ターゥ(t)」で「ta‘qilūna(おまえたちは悟らないのか)」と読む読誦法がある(監訳者注:ハフス&アースィム版は、後者の読誦法を採る)。
啓典を固持し、礼拝を守る者たちは、まことにわれは正す者たちの報奨を損ないはしない。(7:170)
『啓典を固持し』
彼らのうちで。『固持し』は動詞派生形第2形で第2語根を促音で「yumassikūna」と読む読誦法と、派生形第4形で第2語根を促音なしで「yumsikūna」と読む読誦法もある(意味は同じ)。
『礼拝を守る者たちは』
アブドッラー・ブン・サラームと彼の仲間のように。
『まことにわれは正す者たちの報奨を損ないはしない』
『(啓典を固持し、礼拝を守る)者たちは』の述部である。代名詞で、「彼らの報奨を」となるところに実名詞が置かれている。