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第1章
【家と夫−その3】
 

 ここでムハンマドの結婚生活の二つの大きな問題点をとりあげる必要がろう。多妻の問題と、その生活上の問題である。前者の問題について、西欧の東洋学者たちは、一人の夫が、これだけの多数の妻を娶(めと)ることは、世俗的な好色のあらわれ以外にないと見ているが、この見方は、冷静さを欠いた誤った解釈である。これは過度の感情に左右されたもので、はるかに遠いムハンマド家の環境と、現代との隔たりを考慮し、我々が新しい尺度で、この多妻制の問題をはかろうとする道を拒んでしまう学究の道からの逸脱である。

 そんな彼らに対抗して、私は世間が承知の現状であり、一夫一婦制という形をとりながら、妻以外の関係を持っている、そういった実状をとりあげて反論しようとは思わない。

 また、多妻制を、当時のアラブではあたりまえのことであり、時代と環境が定めた常識、すなわち部族組織を持つ社会において、子供は人生の飾りとみなされ、女たちは、多産を誇りとし、男たちは子孫と家系の繁栄を誇りとする、そんな社会の当時の常識であるとして、これをとりあげ、反論しようとも思わない。

 私が目を向けていきたいのは、今日の我々が考えているような多妻制は、アラブ女性の隷属の姿であり、不平等で男性本位の制度であったという問題意識なのである。

 実に、一夫多妻制は、しばしば男性にとっても重荷となっているし、多妻制よりもあわれな制度からアラブの女性を救っているといえるのだ……。一夫一婦という掟ゆえに虐げられている日陰の女性たちこそ、現代の自由を奪われた奴隷なのではないか。

 日陰に生きる女性たちは、大きな犠牲を払っている。そしてみじめな社会も彼女らとともに大きな犠牲を払うのである。不幸な捨て子の問題やおなかをすかしたみなし児たちの問題が生れてくるのである。

 女性の立場を守るといって一夫多妻をとがめる人びとのように、いかなる理由であろうとも、夫が別の女性と結婚したならば、夫はかつての妻を留めおいて面倒をみることより、彼女を外に放り出す方がよいと考えているようなことは(同意できない)。

 それからまた多妻の問題には、多くの人びとが目をつぶってしまっている点がある。それは男性は女性と(性欲という面で)同じではないということである。おそらく女性は肉体的な欲求の面では、男性と同じよりもむしろその半分ぐらいの欲望で満足することを好むということである……。

 しかし、だからといって預言者の夫人たちが一夫多妻の生活に喜びを得ていたという意味ではない。むしろ誰一人として、この多妻との生活に心安らいでいた夫人はいなかったと思う。しかし、これはムハンマドが「人間のなかでも特別な男性」であったことに尽きると思う。夫人たちはたとえ夫ムハンマドがどの妻のもとにいようと、彼以外の男性とともに自分一人の域を持つことよりも、ムハンマドと暮すことを好んだのである。

 妻たちの誰一人、夫を独占できると思って預言者の家に嫁いだはずはない。おそらく我々がむずかしく考えるほどではなく、多妻の問題はごく自然に行われていたようである。

 例えばハウラ・ビント・ハキームが預言者にアーイシャ・ビント・アブーバクルとサウダ・ビント・ザムアの二人に婚約するよう勧めたことを思い出してみてもわかるであろう。またマイムーナ・ビント・アルハーリスが預言者との結婚を願い出たときにはすでに8人の夫人が彼の家にいたわけであり、またオマル・イブン・アルハッターブが娘のハフサをアブーバクルに申し出たときには、アブーバクルのもとには預言者の義母となったウンムルーマーンがいたのである。アリー・イブン・アブーターリブは預言者の娘、ファーティマ(注6)との結婚を渇望していたし、またアブーバクルとオマルの二人、預言者とは義父のつながりを持っていたこの二人は、夫に先立たれたウンムサラマに結婚を申し込んでいたのである。

 もし仮に、預言者の夫人たちに、一軒の家で一人の夫をめぐる多妻との共同生活と、別の家でのひとり独立した生活との選択が許されたとしても、彼女たちの生活に代わるものなど望もうはずがなかったのである。

 それにもかかわらず、彼女たちはこの多妻との共同の生活に悩みをいだくのであった。妬(ねた)み心に駆られることもあった。どの妻にとっても、夫の心をひとり占めできないということは、やはり淋しいことであった。事実、ムハンマドの家は、静まることのない女の戦いの広場となっているようにさえ思われた。しかし夫の愛を得ようと、またその愛を独占したいと願い競い合う姿に、そんな夫人たちの生き生きとしたバイタリティーの跡を見ることができるのである。

 預言者は疑いなくこのことをかなり憂慮していたに違いないが、しかしこれらはどうしようもない自然と本性のうちに生じるものとしてそれに耐えようと努めていた。

 今日の時代に生きる我々も、またこれからの人びとも、アーイシャ夫人がかたくなに妬(ねた)み心を持った時につぶやいた彼の言葉に耳を傾けることであろう。「困ったことだが、もし彼女ができたのなら、彼女はそうはしなかったろう……」

 何と平和な精神、健やかな心、そして女の本性に対する深い理解のしるしがそこに見られることであろう。

 妻たちはそんな寛容さを夫のなかに認めていた。だからこそ預言者の夫人として協調と平和に徹すべき立場でありながら、女の本性がさらけ出るたびに、そこに安らぎを求めるのであった。彼女たちはたとえ妬みの心に駆られても、神(アッラー)の使徒のような情の深い大きな人間は、人の弱さのなかに罪を見ようとしない、女の本性のなかに生じるものを拒もうとしないことを知っていた。

 いま、ここにオマル・イブン・アルハッターブが語ったと伝えられる伝承があり、ここにムハンマドの夫としての姿がみられるし、人間預言者の姿の正しい証(あかし)を見ることができるのである……。

 オマルは言った。
「全く我々がジャーヒリーヤ(注7)の時代には女は何の重要性もないものと思っていたが、神(アッラー)の啓示が降されて婦人にも権利を与えたから……私があるとき、あることを行なおうとしたとき、妻が“もしこうだったらこうやって……”と口を出す。そこで私は彼女に“それがあなたとどういう関係があるのか。私のやることはあなたの知ったことではない”と言った。すると彼女は“おかしいですね、オマルよ。あなたはいまだにそんな古い考えを変えないのですか。あなたの娘も我を張って、使徒様を終日怒らせたけれど……”そこでオマルは着替えてハフサのもとに出かけ、彼女に問いかけた。“娘よ。あなたは預言者を終日怒らせるほどに我を張っているのか”すると彼女は“私たちは断じて言い張ります”と言う。そこで親しいウンムサラマのところに行き、事情を彼女に話した。すると彼女は言った。“おかしいですね、あなたは。あなたは何ごとにも関与なさいますが、使徒様とその妻たちの間にまで介入なさいますのか”彼女にたしなめられて自分の怒りをはずかしく思った」

 これはオマルや教友たち(注8)がムハンマドを選ばれたる神(アッラー)の預言者とみなしていたが、一方、婦人たちは彼を夫である使徒として見ていたということである。そしてムハンマドは、それに十分満足していたのだった。

 人びとのなかには、預言者の夫人たちの間に起きた争いや嫉妬の心を知って心配する人びとがいるが、実際には預言者は限度を越えるものではい限り、それに悩まされることはなかった。極度のものには怒り、きつくいさめることがあった。おそらくそんなとき、夫人たちは痛悔したことであろう。そのほんのまれには厳格な態度であたらざるを得なかったが、いつもは預言者は、偶像崇拝者やイスラームを敵視するユダヤ人たちを相手どった大きな戦いの合間に、自分への愛と嫉妬がまき起す、夫人たちの間の小さな戦いを見守ることを少しもいやがらなかったのである。

 おそらく彼女たちのような良き女性が、彼のような良き男性に対して嫉妬の感情をいだくことは−時には彼が通常の夫と異なるのだということを忘れ去るほど、夫の愛をめぐって競い争うことは−それ自体が男性を満足させることでもあったろう。彼は妻たちのうちに存在する女の本性を抑えこもうとはしなかった。彼女たちの性格が変えられていったり、聖女のように本性が清められて、夫をひきつけたいと願う欲望や嫉妬、そして情熱などを失っていくことは、彼の好むところではなかった。彼は非常に細やかなやさしい気持を持っていた。あるとき、新しい花嫁が嫁いでくることになっていたが、その美しさに気をもんだ夫人たちは、策をねり、花嫁に、花婿の預言者がやって来たら“アウーズビッラーヒ(注9)(神(アッラー)よ、救い給え)”と祈るようにと忠告を与えた。一途に、気に入られたいと願い、花嫁は教えられたとおりの言葉を述べたが、遠ざけを祈られた預言者は結ばれる前にそのまま彼女を里に帰したのであった……。のちにその真相を知ったとき、彼は夫人たちのことをこう言って苦笑したという。
「全くヨセフのときの婦人(注10)のようだ……彼女たちの悪だくみはすごいものだ!」

 これが預言者の夫人たちの姿である。これらの夫人たちが預言者として信頼を寄せ、勇者として敬愛し、夫として愛し、またその栄光ある生涯にともに力を添えてきた偉人、そのムハンマドの人間味を読者の皆さんがここで読みとって下さることを願っている。

(注6) アリーはファーティマの亡き後に、何人もの妻を迎えた。
(注7) アラブのイスラーム以前、すなわちムハンマドに天啓が下される以前の時代をさす。
(注8) サハーバと呼ばれている。預言者と同時代に生き、預言者と面識をもった信徒たちのことで、オマルやアブーバクルをはじめ、初期にイスラームの発展に貢献した人びとである。
(注9) “神よ、救い給え”の意味であるが、普通、悪(悪魔)の遠ざけを願う言葉である。
(注10) クルアーン(ユースフ章)および旧約聖書(創世記)のヨセフの物語を参照のこと。ヨセフを誘惑した女主人のことをさしているのであろう。

転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年2月9日更新)














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