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第4章
【アーイシャ・ビント・アブーバクル-その7】
 

多妻-新しい妻たち-その2

 夫のもとに女性たちが贈られてくると、アーイシャは、一時ウンムサラマやザイナブのことを忘れかけた。この二人が自分についで夫ムハンマドの寵愛を受けている夫人であることを認めていても……。

 夫のもとに贈られた女性たちの一人はキンダからで、もう一人はエジプトからであった。キンダからの女性はアスマー・ビント・アッヌアマーンで、アーイシャは彼女の美しさを垣間見ていらい危機を感じとり、この女性と夫の間を今のうちになんとかしなければやがてとり返しのつかない悩みの種になると思った。そこで結婚の前に手を打とうと決心し、すぐに仲間を呼び計画にとりかかった。

 アーイシャはまずハフサを呼んだ。そしてアーイシャのご機嫌をとる夫人たちも集まった。
「すでに私たちの夫は異国の婦人にまで手をのばし、あの人たちは私たちから夫を奪おうとしている」とアーイシャは不満を述べた。

 夫人たちはある策略をねって、それに合意した。それは花嫁のところにお祝いに出向き、結婚のしきたりを教え、夫を喜ばすには何と言えばよいか忠告を与えることであり、その忠告とは、夫が花嫁と結ばれるときに、アウーズビッラービ(神(アッラー)よ救い給え!)」と祈ることであった。

 あわれにも花嫁は教えられたままそう口にした。

 ムハンマドが花嫁のそばにすすむと、すぐ彼女は神(アッラー)に救いを願ったのである。ひたすら夫に気に入られようと願って口にした言葉であったのに……。使徒は花嫁から顔をそむけてこう言った。
「あなたは私を避けるよう祈った!」

 そして彼女に家族とともに暮すよう命じてすぐに故郷に送り返した。

 やがてムハンマドのもとに使いが送られて、花嫁側の弁明として彼の妻たちがそれを教えたことを伝えると、ムハンマドはただ苦笑するのみでこう言ったという。

「まったく、彼女たちはヨセフのときの婦人のようだ。彼女たちの企(たくら)みはものすごい!」

 ムハンマドはそう言っただけで再び彼女を迎えようとはしなかった。

 そしてアーイシャは、危機を一つ乗り越えたのであった。

 一方、エジプトのマーリヤに対しては、アーイシャは最初のうちはあまり彼女を重視してはいなかったようだ。

 マーリヤは身分の低い異国の下女であり、自分たちの住いとはかけ離れたところに住んでいたからである。アーイシャにとって、預言者の家の外部に住んでいるこの女性まで数に入れるには、あまりにも競争相手が多すぎたからであろう。

 しかし、まもなくマーリヤがムハンマドの子供を宿すやいなや、アーイシャの嫉妬と怒りは燃えあがった。

 アーイシャは、マーリヤに対していろいろ企み始めた。使徒は、この甘えん坊の愛妻の企みからマーリヤを守ったが、ついに事は限界を越えるに至った。

 ある日、マーリヤは個人的な用事で預言者に面会を求めて来た。ちょうどそのとき、家族を訪ねに外出していたハフサの部屋に彼女をとおした。

 ハフサが自分の家に戻ってみると、帳が下げられそこにマーリヤがいるのを知った。外で気をもみながら待ち続けたハフサは、マーリヤが去るやいなやわめきながら夫のもとに亡き崩れた。そこで預言者は、これを自分とハフサの間だけの秘密として守ることを約束してくれるようにと言い、マーリヤと離縁する意向をハフサに打ちあけたのでハフサは静まった。

 しかしハフサは、この重大な秘密をアーイシャに隠しておくことができなかった。すると、まるで油に火を注いだようなもので、たちまちアーイシャは他の夫人たちを煽動すると、夫人たちもアーイシャへの妬みの気持も忘れて、彼女に加わってこう言った。
「神(アッラー)の使徒が、アブーバクルの娘をひいきにするのには耐えてきた。でもあのコプト女にも耐えるなんてなんという侮辱でしょう!」

 アーイシャの嫉妬心は激しかった。夫人たちは、自分たちをさしおいて夫の子を宿したマーリヤを妬み、夫に抗議して騒動を起した。

 ムハンマドは彼女たちが騒ぐ気持も察し、できる限り彼女たちをやさしく受け入れようとしたが、夫人たちがかたくなに自分たちへの思いやりを求めて騒ぎ続けた。

 ムハンマドは、この些細な夫人たちのゴタゴタに時間を費やすほど暇ではなかった。またアーイシャやハフサや他の妻たちを、これ以上甘やかすことはできなかった。

 そこで夫人たち全員に対して、これまでみせたことのない厳しさで絶交を言い渡した。夫人たちとは接しないと決定的宣言を残して、もっと大きな問題の方へ去って行ってしまった。

 ムスリムたちの間に、預言者が夫人たちと離婚したという噂が流れた。預言者の家では騒ぎを起した夫人たちは、悲しみと後悔にしゅんとなって静まりかえってしまった。

 事は思ったよりも重大な事件となってしまった。マーリヤのために掘った穴に自分たちが落ちそうになっている。もし神(アッラー)の慈悲と使徒の許しがなかったら、彼女たちはどんなみじめな運命を迎えることになったことであろう。

 この騒ぎの先導者でもあったアーイシャは、いまや夫への怒りより、夫が送っているわびしい生活を悲しむ気持の方がずっと大きかった。戦いから多くの責任や難問をかかえて戻ってくる夫は、かたいシュロの幹でできた階段を登り、格子窓のある倉庫で寝泊りをし、その入口に小間使いの少年ラバーハが坐って守っているにすぎず、夫の額の汗をぬぐうやさしい手も、戦いにまみれた身体の埃(ほこり)を払ってくれる人もなく、ベッドのそばで眠りに落ちるまでやさしい声をかける人もいない。アーイシャは、そんなムハンマドの生活を思うたびに心がちぎれそうになるのであった。

 まる1か月が過ぎようとしても、預言者は彼女たちのことは一向に気にかけていないようであったが、アーイシャはいつも夫のことが気にかかっていた。夫人たちはこの別離にうろたえた。信徒たちは、一人ぼっちの預言者を心配しながらも、誰一人としてこの問題を口にする勇気もなく、ただじっと見守っているだけであった。

 しかし、預言者は夫人たちと離婚したわけではなかった。神(アッラー)は彼女たちを見捨てはしなかった。彼女たちが悟り、心から許しを乞えばそれで十分であった。もし、彼女たちが悔悟せず、もし彼女たちを離婚するようなことがあったら、おそらく神(アッラー)は、彼女たちにまさる、よりすばらしい夫人たちを代わりに彼に授けたことであろう。

 預言者が、再び家に戻って来るという喜びの知らせが夫人たちのもとに伝えられた。まもなく帰ってくる寛大な夫を歓迎するため、夫人たちは戸口に立って待っていた。アーイシャは一人部屋にこもり、愛する人を迎える準備に余念がなかった。彼女には、夫がまず最初に訪れるのは自分であるという確信があった。

 夫の足音が戸口近づいて来るのを耳にして、崩れそうになる心を押えて、彼女はできるかぎりの落着きをもって再会の瞬間を待った。そしてやさしく、少しとがめるようにこう言った。
「使徒様、私はよく考えもしないで口に出してしまったことなのです。それをあなたは怒ってしまわれたのです!」

 そしてまた、彼女の言葉を聞きながら近寄ってくる夫に、彼女は甘えた調子でこうも言った。
「1か月、私たちと絶交するとおっしゃいましたが、まだ29日しかっていませんわ」

 ムハンマドは微笑をみせた。彼女がムハンマドと別れていた夜を正確に数えていたことを知って喜んだのである。そして、我々二人の月は29日なのだと言った。

 アーイシャ夫人は、この別離の苦しみから救われた。

 それ以前に神(アッラー)はより厳しい苦悶から彼女を救ったことがあった。あのとき、一時彼女は闇の世界に閉じ込まれたような苦しみを味わい、あたかも崩れてしまいそうになったが、神(アッラー)の慈悲は、彼女にこの上ない誉れを与えて下さったのであった。


転載: 宗教法人日本ムスリム協会 「預言者の妻たち」
アーイシャ・アブドッラハマーン 著
徳増 輝子 訳

(2007年6月1日更新)














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