アラブとの30年 その2
 

【1kgの米を買うお客のために】
 

1968年は、ヨルダンは対イスラエル戦争と国内はパレスチナ解放戦線との戦いに明け暮れていました。人々は混乱の中で暮らしていました。そんなある日、政府軍とパレスチナ解放戦線が明日から戦闘を開始する。戦闘は長引くだろうとの情報が入りました。所員20数名と、2名の英国人ベンダースーパーバイザーのために、少なくとも10日分の米、水、ビールの在庫が必要です。急いで、水、米などを買いに町に出ました。戦闘が収まり、政府軍、解放軍それぞれの車が一緒に、停戦実施を知らせるパトロールを見たのは1週間後でした。

ザルカは当時小さな町でした。行きつけの店から米を一俵、50〜60kg一まとめに手に入れようとしました。すると、店の親父は静かに「お米はある。しかし貴方に全部売るわけにはいかない。私の客は1kgを買うお客が多い。例え2倍のお金をもらってもね」と言いました。結局必要な数量を求めて何軒か歩きました。

近所の人は戦争と内乱のなかでも日本人と、アラブ人の区別無く親切にし、助けてくれました。もし私が米を買い占めたために、地元の人が米を買うことが出来なかったら、と思うと恥ずかしさでいっぱいになりました。金さえ出せば、好きなだけ買うのは当然と思っていました。しかしその行為は同時に他の人に被害を与え、結果的に「親切に仇で報いた」ことになります。今でも街角の小さな店のオーナーを忘れることはできません。

アラブでは「徳の高い商人は尊敬される」と言われています。預言者ムハンマドは40歳のときに初めて天啓を授かり、約23年間に亘って授かった天啓は後にクルアーンとして纏められました。預言者ムハンマドこそ徳の高い商人として生きた人です。今でも多くの人は預言者ムハンマドを慕い、その生き様をまねようと生きています。立派な髭も、立ち居振る舞いも、穏やかな話口調も、挨拶も、靴の履き方も、食事の仕方も、子供の育て方も、家族のあり方も、社会のあり方も、みんなモデルは預言者ムハンマドです。そして徳があり中庸を歩むものこそ、正しい道を歩んでいると、預言者ムハンマドから教わっています。

執筆:片山 廣
アラブ イスラーム学院顧問

 

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