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親愛なる読者の皆さん;
アンダルシアのウマイヤ朝が成長、安定、発展の段階を過ごし、ムスリム世界及
び非ムスリム世界において国家の特質を顕にした、最初の1世紀が過ぎると、ウ
マイヤ家の下記のアミールたちが統治した次の時代がやって来ました。
1―モハンマド・ビン・アブディッラフマーン:
ヒジュラ歴238〜273年/西暦852〜886年
2―アル=ムンズィル・ビン・モハンマド:
ヒジュラ歴273〜275年/西暦886〜888年
3―アブドゥッラー・ビン・モハンマド:
ヒジュラ歴275〜300年/西暦888〜912年
この時期、アンダルシア情勢は混乱しました。国家の統一性が損なわれて多くの
独立した地域へと変わり、アンダルシアは国家存続の危機に陥りました。
アミールたちの統治期間の長さも、安定を示すものではありませんでした。彼ら
は3人ともその時世の間、国内のあらゆる州や地方においてめぐらされた陰謀や
騒乱に気を取られました。またムワッラドたちが煽った陰謀によって起きた絶え
間ない戦争に翻弄されたのです。
ムワッラドとは不実なムスリムのことです。
アンダルシア東方ではさまざまな地域でアラブ人たちが蜂起し、ムワッラドやキ
リスト教徒を追放するためにグラナダ周辺に集結しました。
北部ではキリスト教徒たちが、ムスリムに、またアンダルシアにおけるムスリム
の存在に反発し、陰謀をめぐらせていました。
アンダルシア中部では、かつてのゴート王朝の古都トレドがムスリムとムスリム
国家にとって危険の源でした。同市はゴート王朝の独立再建の目論みを担ってい
ました。
トレドはイスラームのアンダルシア開放以来、ムスリム政府に対して反乱を起こ
し続けてきた都市で、過激なキリスト教徒集団の宗教的都のようでもありまし
た。
ヒジュラ歴478年/西暦1085年にキリスト教徒の手に落ちたトレドは、ア
ンダルシアの大きな都市の中でも最も重要な都市でした。
そしてこの時代の後には「力の時代」がやって来ました。それはウマイヤ朝の強
さが現われた時代であり、傑出したアラブの人物たちがアンダルシアを統治しま
した。この時代は、アンダルシアにおけるイスラーム時代の中でも最も偉大な時
代であり、また、発展や繁栄と、分裂や末期の陥落との、境目の時代ともみなさ
れています。この時代は、ヒジュラ歴300〜399年/西暦912〜1008
年)に当たります。
この時代の前半はウマイヤ家に、また後半はアーミル家に属します。その間、次
のようなアミールたちがアンダルシアを統治しました。
1―アブドゥッラフマーン・アン=ナーセル:
ヒジュラ歴300〜350年/西暦912〜961年
2―アル=ハカム・アル=ムンタスィル:
ヒジュラ歴350〜366年/西暦961〜976年
3―アル=マンスール・ビン・アビー・アーミル:
ヒジュラ歴366〜392年/西暦976〜1002年
4―アブドゥルマリク・ビン・マンスール:
ヒジュラ歴392〜399年/西暦1002〜1008年
アンダルシアにおけるこの時代には、人としての文明的発展や、人類に益する優
れた貢献が見出せます。
親愛なる読者の皆さん、次回はこの偉大なる時代についてお話しましょう。
またお会いする日まで。
筆者:リハーブ ザフラーン
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