アラビア人と私
 

【ギリシャ2年目、サントリーニに行く。】


アテネで語学スクールを終えて、さてどうしよう。そんなある日、インターネッ トカフェに行くと「君、何の仕事しているの?」と、ここのオーナー、ニコスが 尋ねてきた。「仕事ね、したいの、ようやく語学スクールも終わったので、宝石 関係の仕事をしたいと思っているの」。すると「僕の友人に有名な宝石屋のオー ナーもいるし、どこか聞いておいてあげる。君の携帯の番号教えてよ。2、3日 中に連絡するから」。

こんな風に言われて、喜んで彼に電話番号を渡す。その日、家に帰ると同時ぐら いに携帯が鳴った。「ゆかり、ニコだけど、明日1時にアポイント取ったから僕 のオフィスの来てくれ。ギリシャでも大手の宝石屋だから、間違いないと思う よ。彼のほうも君を採用したいようだから……」。

やったー。こんなに直ぐ連絡くれるなんて……。さて、翌日私が彼のオフィスに 着くと、「ゆかり、彼が、ニック・ザ・グリックのオーナー、ニコラウス・パパ デアスだよ」と紹介された。そして、サントリーニで、働く事が決定した。

そして、翌日サントリーニの職場を見に行く事になった。サントリーニに行く と、なんと、サントリーニで、6店舗の宝石店を持っていると言う。その中に、 今年オープンの新店舗を3人でやって欲しいという。その上去年フォティミに助 けてもらってやっと見つけた家をまた、サントリーニで探さなければいけない。

サントリーニを散策していると、私が始めてギリシャに来たとき、毎日通った宝 石屋に勤めていた男性に偶然会った。はじめ、10数年前にミコノスであった人 とは判らなかったがホテルに帰って、昔ギリシャに来たときの写真数点を見てみ ると、あのお兄ちゃんだ。

翌日その写真を持って彼のお店を訪ねると、「僕だ、それに君だ」。そして、初 めて自己紹介をした。この彼の名前が、モハメットと言われた。彼の名前を聞い ても、ギリシャ人と信じていたのだが……。彼との再会を祝し、二人で夕食をす ることに。このとき、彼に様々な不安を話した。お店で働いても誰とも打ちとけ られない。みんな私を避けている。どうしてかな?話した事さえないよ。すると 「日本人だからだろうね」と軽くいわれたが私には大変な問題だった。

仕事中もちろんおしゃべりするわけではないけど、それでも寂しい。モハメット が、私と同じ系列店で働いているコスタスに「食事に誘ったりしてあげてくれ」 と言ってくれたらしい、その日から数日後、他の店舗の同僚から食事のお誘いが かかり始めた。これがきっかけになり、急速にギリシャ人に溶け込み始めた私だ が、家探しもまだだった。どうしよう。7ヶ月間休み無しで働かなければいけな いのに、シーズンだけ働くので7ヶ月間デイオフは無い。朝9時から夜12時ま で働くその代わりサラリーは、他のギリシャ人に比べて破格の高給だ。しかし、 日本人だから、キッチンがないと食事に事欠く。

家が決まるまで1ヶ月半位、モハメットのキッチンを使わせてもらう。お昼休み に彼の家で、夜の分も食事を作らせて貰う。毎日ではなくても、私には、とって も幸せな時間になった。そして、私のホテル暮らしも余りストレスも無く生活で きた。

そんなある日、彼にキッチンを使わせてもらっているお礼にあなたのお店のス タッフに和食を作ってパーティーをしたいと、申し出た。彼のお店は3人で切り 盛りしている。モハメットは「それ以外に数人友達を呼んでもいいか?」と言う ので、もちろんそれは私の希望でもあるから、と伝え、パーティーの日に。鳥の 竜田揚げ、漬物(味噌とヨーグルトを混ぜてつけると漬物みたいになる)。そし て、サラダ、出し巻き卵、たこの酢の物なんかを作ってみた。彼の友人とお店の 人で、10人もの人間になった。そのうちの数人が、名前がどうもギリシャ的 じゃない。もちろんモハメットもそうだけど、この日まで彼もギリシャ人だと信 じていた。アリーと言う名前の人に「ギリシャ人でもアリーっているんだね」 って言うと、「僕モハメットと同じだよ」。?????

何?初めて彼らがアラビア人(アルジェリア出身)と言われて、私の人生はとっ ても多くのアラビア人に助けられている事に驚き、さりげなくギリシャ人ととっ ても仲良く過ごしている彼らが多い事に驚いた。この時も「ギリシャに来るなん てゆかりは変わった日本人だね。アラビア語のほうが歌のようできれいな言葉な のにネ」と言われた。この言葉は去年、アブドッラから聞いた言葉と同じだっ た。


筆者:高橋ゆかり
アラブ イスラーム学院 学生

                

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