これ以降は、地中海岸の北アフリカはオスマン・トルコの支配下に入ります。他方モロッコは、ヨーロッパとトルコの狭間にあり、文化的には坩堝の中にはまったように、しばらくの間、孤立化の道をたどりました。外部との文化的な接点は、メッカへの巡礼が一番の機会になっていました。
マリーン朝の後、1511年にベルベル族のサアド家が預言者ムハンマドの直系であるとして、マルラーケッシュを拠点に勢力を張りました。もちろん建築様式としては、前代のマリーン朝を越えるものではありませんが、いくつか現存のものを残しています。知られているものでは、マドラサ・ベン・ユースフ(1565年建立)です。マリーン朝のマドラサはファース中心でしたが、その潮流を受け継ぎながら、今度はマッラーケッシュにその華が開いたのです。壁はタイル、漆喰、極彩色の木彫りなどで、埋め尽くされていますが、決して派手な色ではなく、光と影の交響曲を奏でています。
17世紀以降は20世紀に入るまで続く新体制が、ファースの西にあるメクネスの街を中心に始まります。そこにはマスジドを含んだ形でいくつかの巨大な宮殿が、アンダルシアのアルハンブラ宮殿などに倣って建設されました。
以上の北アフリカのマスジドは、その素晴らしさの割には注目されることが比較的少ないまま、時は過ぎ去っています。だからと言って、別に慌てる必要もないということでしょう。素晴らしいものは、浮世の世評とは関係なく、厳然とその存在を、時空を越えて主張しているからです。そしてそのような例はいくらでもあるのが、イスラーム世界です。
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