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これまでの歴訪を通じて、マスジド建築にまつわる様々なことがらに触れること
ができましたが、ここに今後の建設へ向けて、二点ほど改めて特記しておきたい
と思います。
1.マスジド建築と他の芸術
一つは、マスジドの形態や装飾などは、見てすぐにそれと分かる特色が色々ある
わけですが、それらの多くは他の分野の芸術作品と相当自由に交流があるという
ことです。つまり、マスジドの正門や中庭を巡るイーワーンの入り口は、かまぼ
こ板のような長方形の板を立てかけて、その中をくりぬいたような形に発達して
いったのですが、その長方形全体のデザインはそのままたとえば、本の表紙の装
丁のデザインに用いられているということです。あるいは両者の関係は、逆の場
合もあったかもしれません。さらにはまた、壁のモザイク文様も、絵画に描かれ
たり、本の挿絵に使われたりしています。また絨毯の文様やデザインは、マスジ
ドの壁に見るモザイク模様と瓜二つであることは、広く知られているかと思いま
す。このような多分野のデザインやモチーフの自由な相互往来の発想は、日本で
は見られない現象ですし、また欧米でもこれほど自由奔放にかつ大々的にはあり
ません。
この事象の文化的な背景や原因を総合的に判断するのは、なかなか興味のありそ
うなテーマではあります。ここでは、最初に触れたことをもう一度繰り返すにと
どめたいと思います。それは、マスジドは、仏教・神道やキリスト教などの聖堂
と異なり、その建物自体は神聖視されないということです。ですからマスジド芸
術と他の分野の芸術交流は、一向に特別の意識なく、良いものは良いとして、積
極的に進められたのでしょう。もちろんこれは憶測以上ではありません。ただ憶
測であっても、マスジドの性格の一面に光を当てているかと思われたので、触れ
た次第です。
このことを少し敷衍しますと、マスジド建築で発達したドームの技巧が大市場の
天井建造に利用されたり、イーワーンの造りはそのままシリアなどで、冷気を誘
う快適な住居造りにも利用されているのをみると、あっと驚かされます。同時に
良いものは良いとしてちゃっかり利用している様には、思わず微笑ましさを禁じ
得ません。
そしてこのことは日本でマスジドを建設する時にも、斟酌して良い点ではないで
しょうか。ムスリム・コミュニティが主体となって建てられるマスジドは、小規
模ではあっても大いにその土地柄に順応して設計されていることは、今までの章
でいくつもの事例を見たわけです。
2.マスジド建築の目指すもの
最後には日本でもマスジドやムサルラーは増えて行くでしょうから、どのような
ことに注意すべしと考えられるのか、またどのような場所がそうだと認められる
のかについて、これまでの観察も踏まえながら少しまとめてみたいと思います。
その基本は、清潔、清浄なスペースがあること、キブラの方向を示すミフラーブ
があることに尽きます。それに説教師のお立ち台として、預言者の例に倣って少
なくも階段が3段くらいのミンバルがあれば十分でしょう。また出来れば、金曜
日のためにある程度の人数が入れるスペースは確保したいものです。これでマス
ジドとしては、もう大丈夫です。
そこで以上の4要素―清浄さ、スペース、ミフラーブ、ミンバル―が揃えば、本
当は大丈夫どころか、それ以外は不必要と言う見解を強く主張する人たちは、少
なくありません。まずは少しそれに耳を傾けてみましょう。
タイルなどによる壁の文様やミンバルの螺鈿装飾などは、凡て何のご利益もな
い、ドームは元々預言者の時代にはなかったものでいっそのことなくて良い、ミ
フラーブを飾り立てるのは信者の心を戸惑わせるに過ぎない、などなどマスジド
の造りかたに関する議論や著作が少なからずあります。また電気で照明をし過ぎ
るのは浪費である、ミイザナも拡声器がある今日不要となったので、その建造の
ために大変な費用を掛け、ましてそれがムスリムの誇りだと思うのは、勘違いだ
と断じるのです。ドームもマスジドの原型にはなかったもので、ミイザナ同様マ
スジド建設費用の大きな部分を占めるので、必需品ではないとし、またあらゆる
絵画はもちろん、さらには書道の額も許されず、「礼拝するものの心を乱しては
ならない」という預言者の伝承に反する云々と主張する考え方が相当あります。
さらには他宗教から入ってきたもので、一番排斥すべきは、墓だ、とも言いま
す。確かにそれは預言者の最後の助言でもあったわけです。墓の中でも最悪は、
それがキブラの方向に設けられている時である、またメディーナの預言者の墓は
もちろんそのような位置にはないのですが、それでも預言者マスジド部分から壁
で仕切ったほうがいいのではないか、などと主張は続きます。
もう一つは、同じ生活圏内でいくつものマスジドを建造すると、一体であるべき
ムスリムの共同体を分断することになり、それは許されないという主張もありま
す。同様の発想は、近いからと言って小さなマスジドで金曜日の礼拝を済ませる
のは、これも共同体分断に繋がるので、やはり少し離れていても金曜日は大きい
マスジドヘ行くべきだとします。これらの考え方は分かるとしても、他方でどこ
で礼拝してもよいと言う原則もあります。マスジドを方々に設けてはいけないと
いう根拠は、歴史的にも概念的にもはっきりとは示しにくいとすれば、このよう
な説は拘束力はないが、できるだけ拝聴する重要な参考事項であり、勧められる
意見という範疇になるのでしょう。
このような議論については出版物も色々ですが、建造物としてのマスジドだけで
はなく、そのほかマスジドに関するあらゆる側面が議論されていることを付言し
ておきます。例えば説教の仕方、アーザーンの仕方、亡くなった人への弔辞をマ
スジド内で行うことについての是非論、マスジドの構内から自動車で出入りする
ことについてはどうか、などなどです。行儀作法、マスジドの管理・運営方法、
金曜日には二つの説教が行われますが、それらの間に礼拝することの是非(普通
は行わずに、一呼吸を置いてからすぐに第二の説教に移る)、またこれらに加え
て、聖マスジドなど特定のマスジドでの決め事などなど、あらゆる議論が進行中
なのです。当然ながらこれらを全面的にカバーすることは、興味も惹かれて重要
な事柄でしょうが、本書の範囲を出てしまいます。
著者自身もマスジドやムサルラーの建物は、簡素、清貧に限ると信じるものです
から、以上につい多くを引用してしまいました。光と影を強調したマグレブ様
式、色彩を強調したイラン様式などを見てきました。それからマムルーク朝やオ
スマン・トルコ様式は、いかにも権力誇示的でした。そしてそれらはそれぞれ大
いに印象深いものでした。しかし同時に、原型というか、元祖のスタイルと思わ
れる、ダマスカスのアルジャーミゥ・アルウマウィー、カイロのジャーミゥ・イ
ブン・トールーンなどの、清楚で静謐な様を越えるものではなかったように思わ
れるのです。前の章で少しだけ触れた、サハラ以南の粘土固めの素朴なマスジド
に、無性に心をとらわれる感覚にも言及しました。これらの背景から、預言者マ
スジドはイスラーム第二の聖マスジドとされたわけです。結局、信心に直球で訴
えてくるのは、いずれのあり方か、ということが問われるのでしょう。また共同
体の中で信心を確認し強化すること、それがマスジドの最大にして唯一の、存続
理由でもあります。前の章で引用した、現代マスジド建築家アブド・アルワーヒ
ド・アルワリードが「宗教という神聖な目的の建築物については、刷新と言う言
葉は当てはまらない。それは何世代にも渡る、技術、芸術そして象徴などの総合
である。建築家は、新しい用語や作り変えた文法を必要としないで、従来のもの
を使いながら、読者の心を広げることのできる、詩人のようなものである。」と
述べたことも想起されます。
コーランにはこう出ています。「浪費者は本当に悪魔の兄弟である。悪魔は主に
対し恩を忘れる。」(夜の旅章27)
本書の色々の物語を通じて、最後にこのような点に思いを致していただければ、
著者の幸いとするところです。
何れにしても初めに述べたように、預言者に倣う作法として、マスジドへ入る時
はあたふたと駆け込むのではなく、できるだけ心静かに右足から入るようにし
て、また「お慈悲の扉をいくつも開けてください」とアッラーに静かにお願いし
ながら入るようにしましょう。そして出る時には、左足から出して、「どうかお
恵みを分けてください」とお願いすることを忘れないようにしましょう
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