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日本人が義務教育で習う世界史は、西洋史です。四大文明の後ローマ帝国が興
り、その後は、それとなく時代を追い、ルネサンスが花開く時代へと移ります。
ローマ帝国〜ルネサンスの間は1000年程の開きがあり、文化として教わる話
は、エジプトのパピルスから、いきなり産業革命の活版印刷へとなります。その
矛盾を埋めるのがイスラム文化です。ヨーロッパで暗黒の中世と呼ばれる時代、
人々が忘れ去ろうとしていた古代文明の知恵をイスラム文化が引き継ぎ翻訳作業
を行い発展させ、現在にまで繋いでくれています。
イスラム教誕生間際のアラビア半島
アラビア半島では、遊牧をする砂漠の民と都市で商取引を行う商人によって成り
立っていました。預言者ムハンマドが生まれたメッカには、多くの神々を祀った
カーバ神殿があり、巡礼者が多かったため、都市間の交易に携わる商人たちの拠
点となっていました。
その頃の世界史
預言者ムハンマドがメッカからメディナへの移住をした年がイスラム暦の紀元元
年、西暦622年の事である。その頃の世界は、ヨーロッパは未開の時代、中国
は随から唐へ時代が変わる頃、日本では飛鳥時代、聖徳太子が活躍していた頃で
す。
イスラム教の繁栄
イスラム教は、その頃の通商と共に、西はスペイン、東は中国まで広がってゆき
ました。イスラム教の法と秩序は、統治が行き届いていない世界で歓迎されまし
た。アラビア半島は16世紀まで、世界の中心に君臨し、東・南アジア、ヨー
ロッパ及びアフリカを結ぶ、大通商路網の要衝となりました。この世界規模の商
業形態が生み出した結果、イスラム諸国は多種多様の民族との付き合いを受け入
れました。そして、あらゆる文化や知識(特にインド・中国)を吸収し、学者や
職人達は世界の最高水準に照準を合わせ、イスラム諸国の文化の発展を成し遂げ
ました。
筆者:渡辺 美代
アラブ イスラーム学院 学生
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