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【アラブ栄光の歴史 3】
〜古代の文明-3〜

サッカラのジュセル王の階段ピラミッド。インホテップ建立。
サッカラのジュセル王の階段ピラミッド。インホテップ建立。
上下エジプトの統一を表す浮彫。カルナック神殿。
上下エジプトの統一を表す浮彫。カルナック神殿。

ディル・エル・バハリにあるハトシェプスト女王の葬祭伝。
ディル・エル・バハリにあるハトシェプスト女王の葬祭伝。
サッカラの階段ピラミッドからギザのピラミッド群を望む。
サッカラの階段ピラミッドからギザのピラミッド群を望む。

悠遠の流れを続ける世界最長のナイル川。ルクソール付近。
悠遠の流れを続ける世界最長のナイル川。ルクソール付近。
アスワンにある古代エジプトのナイル川水位計ニロメーター。
アスワンにある古代エジプトのナイル川水位計ニロメーター。

ツタンカーメン王の黄金のマスク。カイロ博物館。
ツタンカーメン王の黄金のマスク。カイロ博物館。
アブシンベルのラムセス2世の大神殿。像は20メートル。
アブシンベルのラムセス2世の大神殿。像は20メートル。


古代エジプト文明
「エジプトはナイルの賜」というヘロドトスの言葉をまつまでもなく、世界最長 のナイル川の両岸とデルタ地帯につくられた世界最大のオアシスに古代エジプト 文明が栄えた。南の上エジプトとデルタの下エジプトがメネス王によって統一さ れたのは紀元前3000年頃といわれている。

エジプトでは毎年夏になるとナイルの上流から細かい土壌を運ぶ水が氾濫し、そ のあと肥沃な土が残り、豊かな収穫をもたらした。古代エジプト人にとって神・ パピとして崇められていたナイルのこの氾濫を、いかに制御し灌漑するかが、何 よりの大事業とされ、ここに民衆の組織的努力を司る巨大な権力者ファラオ(古 代エジプト王)が出現するにいたった。

このファラオによるエジプトの王朝は、先史時代につづき、紀元前3000年頃 に始まるティス時代から古王国時代、そして中王国時代、新王国時代を経て、ペ ルシャの支配を受けた末期時代、そしてアレキサンダー大王の登場までの3千年 の歴史である。

われわれが今日、巨大なピラミッドや墳墓、葬祭殿さらには彫刻、絵画といった 素晴らしい遺産を満喫できるのも、一つには乾燥したエジプトの気候がその腐蝕 から守ってくれたからだが、何よりも古代エジプト人が霊魂の不滅、来世の存在 といった独得の世界観を抱き、在世の財宝、家具類を副葬品として墓の中に埋め てくれたためでもある。

古代エジプトの宗教の中で特筆すべき存在は第18王朝の王イクナトンの唱えた 太陽神アトンを崇める一神教である。古代エジプトの中で史上最も繁栄したとい われる新王朝時代、とりわけ第18、19王朝は、それ以前一時侵入して来たヒ クソスを追放し、アジアに幾度となく遠征し、近隣諸国からのおびただしい戦利 品や朝貢品によって急速に豊かになっていった。とりわけ羊頭の神アモンを奉ず るテーベの神官の権力が巨大化していったが、アメンホテフ3世は、イクナトン と改名し、都をテーベからアマルナに移し、太陽神アトンを讃える一神教を唱導 して神官たちの権力を抑えようとしたが、この野心的試みもついに失敗した。イ クナトンの詩「アトン讃歌」は旧約聖書の詩篇にも比較される絶唱であり、彼が 始めた自然主義的なアマルナ美術革命はその妃ネフェルチチの胸像にみられるよ うな多くの傑作を残している。若年王ツタンカーメンはイクナトンの養子であっ た。

新王国時代のファラオの中で著名なのは、第18王朝では、“エジプトのナポレ オン”とみなされたトトメス3世、英明な統治者、ハトシェプスト女王、さらに 第19王朝では、英王ラムセス2世などがいる。

メソポタミアとともに、世界で最も早く組織的な文明を築いたエジプトの文化遺 産にはどんなものがあるだろうか。

まず古代エジプトの絵画的要素の強い象形文字(ヒエログラフ)は、石材や木棺 等を飾り、美術品としての風格さえたたえている。1922年、それまで全く謎 だった古代エジプト文字の解読に成功し、古代人の生活をタイム・マシンさなが らに甦らせたのは、フランスの言語学者シャンポリオンであった。

また、毎年周期的に増水するナイルの水位を測り、洪水の到来を知るニロメー ターが今でもナイルに数多く残っている。古代エジプト人はナイルの増水と星の 運行をもとにほぼ1年365日の太陽暦を確立したことも驚きだが、死後の世界 を信じる古代エジプト人がその肉体保存のためにミイラの製作技術を進歩させ、 頭蓋切開さえできる医学までもっていたこと、重さ2トン半の石を230万個積 み上げたケオプスの大ピラミッドの建設に、微分、積分にいたる高度の数学や天 文学が使用されたに違いないことなどは、その文明の高さを示すものであろう。


筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)

                

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