アラブ案内
 

【アラブ栄光の歴史 4】
〜古代の文明-4〜

ローマ時代の石棺
レバノン南部のチレに残るローマ時代の石棺。
ローマ時代のモザイク画
チュニス郊外、カルタゴで出土したローマ時代のモザイク画。

フェニキアの帆船の石棺
古代地中海貿易に活躍したフェニキアの帆船の石棺。ベイルート博物館。
アスワンの石切場
レバノンの大神殿に石材を供給したアスワンの石切場。


フェニキア人の活躍
古代世界で地中海、さらに大西洋、インド洋まで海上交易で活躍した世界最古の 海洋民族として知られているフェニキア人は、今のレバノンの海岸平野に拡がっ たカナン人のことである。

この地方はレバノン山脈が海に迫っていて耕地が狭いため、レバノンの山地に 茂っていた良材の糸杉から造った帆船で、この良材を輸出し、香料、家畜、武 器、各種の金属、果物などを貿易した。また神殿用の巨大な石材をエジプトのは るか南のアスワンからも輸入している。このレバノンの糸杉は、国の象徴として レバノン国旗の中に使われている。

フェニキアは、その海岸に迫る山脈に遮られ、異民族の支配の時期を除いては決 して統一されることはなかったが、紀元前2000年頃から今のレバノンの地中 海岸のトリポリ、ビブロス、シドン、チレなどを根拠地として、スペイン南部の ガーデル、キプロス、マルタ、マルセーユ等に貿易中継地を築き、その最大の植 民地カルタゴを建設したのは、紀元前800年頃といわれている。

このカルタゴは、一時ローマをしのぐ強大な国家となり、名将ハンニバルはさん ざんローマを悩ませたが前後3次にわたるポエニ戦争に破れてからは、カルタゴ の名は歴史の舞台から消えてしまった。

フェニキア人はまた、北極星を航海に役立てることから始め、星座を利用して夜 間でも針路を定めることのできた最初の民族といわれている。彼らの船は、帆柱 をもち、相当の積荷可能であった。ベイルート博物館には、当時のフェニキアの 船の形を浮彫にした石棺が保管されている。

しかし、フェニキア民族が人類文明に残した最大の贈物は、世界最古のアルファ ベットである。この文字の由来についてはあとで紹介したい。


筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)

                

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