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十字軍の侵攻
11世紀から13世紀にわたる西ヨーロッパの十字軍の侵攻は、1906年、
ローマ教皇ウルバン2世のセルジュック・トルコから聖地エルサレムを奪回せよ
と呼びかけた激烈な演説から始まったという。
十字軍の中には純粋な宗教的熱情から東進した信者もいたけれど、それ以外に領
土や富をねらう野心家、減刑めあての受刑者、はては貧窮者などを含む雑多な寄
せ集めの軍隊であった。
第1次十字軍は1099年エルサレムを占領、住民の大虐殺ののち、エルサレム
王国を建てた。しかし、エジプトでアイユーブ王朝を興したサラーハ・ディン・
アイユーブ(サラディン)は、1187年、エルサレムを奪回し、キリスト教徒
を寛大に処遇した。レッシングの小説「賢者ナータン」に描かれているサラディ
ンの崇高なヒューマニズムは、中世騎士道の華と讃えられた。その後、十字軍は
回を重ねるにつれて初期の狂信的純粋性を失い、ついに第7次十字軍を最後にこ
のヨーロッパの侵入も終わりをつげた。
しかし、十字軍の遠征にともなう東方貿易の拡大により、ヨーロッパ内部の通商
の活発化が促されるとともに、西ヨーロッパよりも遙かに進歩していた当時のイ
スラムの、軍事、商業、貿易、農業、日常生活など、あらゆる文物が流入するこ
とによって中世ヨーロッパは大きな影響を受けるにいたった。
アラブから初めてヨーロッパに紹介されたのは、ゴマ、サトウ、メロンといった
穀物や果物、モスリン、ダマスクしゅす、さらには信用状や航海術における羅針
盤など数多い。
また、十字軍は、ビザンツ式に基づいて長い歴史の中で発達したアラブの築城術
に学んで故郷に帰り、ヨーロッパの城塞建築を大いに発展させたといわれてい
る。
筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)
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