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日本の現地協力
フルタンキー・ベース(諸設備の完全仕上げと従業員訓練)あるいは共同出資
による合弁事業、さらにボランティア活動といった違いはあっても、日本は今ア
ラブの国々の工業化に参加し、成果を収めている。
一例をあげれば、インフラストラクチャーの中でも電気通信網の整備は、一国
の文化基盤のバロメーターともいえるほど重要である。日本が現在アラブ諸国の
通信網の建設に欧米諸国に比肩して大きな役割を果たしているのは、日本電気な
どがいち早くアラブ諸国の関係各省に通信設備の整備拡充の重要性を説き、技術
協力を通じて信頼を得たためである。日本の技術によるアラブ諸国のマイクロ波
通信網、海底ケーブル、衛星通信地球局は、日本にとっての大きなモニュメント
として残っていくことであろう。
1977年、アラブ首長国連邦のアジュマンと三井海洋開発の合弁造船所を訪
れた三菱重工業会長の古賀繁一氏は「『グラバー・ドック』を思い出した」とい
う。グラバーは、幕末の長崎で薩長などの雄藩と連絡をとって活躍したイギリス
の政商で、彼が出資した長崎の小さなドックが、のちの三菱グループの造船所の
始まりとなった。
また農業開発の面でもスーダン政府の要望により国際協力事業団は1976年
から予備調査を開始してから、ガサバ地区の不毛の砂漠に白ナイルから水を引
き、見事な水田に変貌させ、同国政府からこのプロジェクトの一層の拡張を要請
されている。
この外、砂漠の多いアラブの国々の海岸地帯にマングローブを植樹しようとい
う“砂漠に緑を”に結集した青壮年グループ、さらに、シリア、モロッコ、チュ
ニジアなどで技術移転に献身している青年海外協力隊隊員の活動など、とても限
られた紙数では紹介できそうもない。
この点、忘れてはならないことは、こうしたプラントや設備をつくるために
は、時には現地の人もいやがる辺地で、言語や習慣の違いにもめげず、故郷を遠
く離れて日夜奮闘する日本人の姿であろう。
日本が経済大国として貴重な外貨と資源を入手できるのも、こうした遠隔地で
黙々と働く日本人の努力によるものである。その人々の労苦の結晶である外貨や
資源が日本人の生活に人間的な豊かさを加えるために使われてほしいものとつく
づく思う。
筆者:阿部政雄
転載:「アラブ案内」グラフ社(1980年発行)
(2008年5月13日更新)
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