アラブイスラーム文明には4つの基礎があります。
1 寛容の精神
2 人間性
3 アラブイスラーム文明の目的
4 信者の行動すべてがアッラーへの崇拝行為へとつながること
1 寛容の精神
イスラームはムスリムを寛容の精神へと方向付けました。これは特に、ムスリムとは異なった信仰・宗派・宗教をもつ人々に対しても向けられました。この精神の基本となっているものが「宗教に強制はない」という精神です。この精神はムスリムによる開放がなされた場所すべて、また、イスラーム軍が到着したところすべてへと運ばれていきました。
私たちはその約半世紀後、開放された都市の人々がアラビア語に精通し、アラブイスラーム文明の担い手としてその文明の建築に参加したことを容易に知ることができます。
このようにムスリム・クリスチャン・ユダヤ教徒・そしてアジア・アフリカ・ヨーロッパの上に広がったアラブイスラーム国家に住む他の宗教の人々がこの文明建設に参加したのです。
ですから皆さんは世界の図書館でアラビア語圏内の人々あるいはそうでない人々の、また、ムスリムあるいはそれ以外の宗教の人々が書いた科学・文明について書かれた書物を見つけることができるのです。グスタフルボンはイスラームによる開放の動きに関して『歴史はアラブ人以上に慈悲深い開放者を知ることはなかった』と言いました。この動きはアラブイスラーム文明建設を担ったすべての民衆・宗教を包括した動きでもありました。
ムスリム学者たちが私たちの文明を「アラブイスラーム文明」と名づけたのは閉鎖的な、またはアラブ人以外の行った役割を否認するためではありませんでした。これはこの文明がアラブイスラーム国家の上に起こったものであると同時に、その大部分の書物がアラビア語によって書かれたことに由来しているのです。
2 人間性
アラブイスラーム文明は東西諸文明の上に広がりました。そしてイスラームによって決められた価値観のもとに人々にとって役に立つ有益なものを取り入れました。他文明の良いところはそのまま引き継ぎ、悪いところは切り捨てました。イスラーム文明は、宗教・人種の相違のために他の文明に敵対することはありませんでした。人間にとって害になることのみに拒否し、敵対したのです。この法則は全時代全世界におけるイスラーム文明が歩む基本的な法則です。ですからその文明は自分の殻に閉じこもることなく、また科学的なこと・物質的なことから遠ざかることもなかったのです。この人間性はイスラーム以前(つまり、預言者ムハンマド以前)のすべての啓典を認めるというイスラームの本質からきたものです。
アルクルアーンの節はそれが過去の啓典を裏付けるものであるということを、そして預言者ムハンマドがアッラーによって送られた最後の預言者であり、以前の預言者たちをレンガにたとえるならば建物を完成させるための最後の1つのレンガであるということを伝えています。
この人間性はアラブイスラーム文明が西欧文明に対し自らが発明し、また東西文明から生まれたものを翻訳したものを提供したというところからも明らかです。また、アラブイスラーム国家はヨーロッパ諸国からアラブイスラーム国家にやってきた学生団体・王族のために学問機関の門戸を開き、多くの学生たちが故郷へと帰っていきました。10代目の統治者アルフォンスはスペインにおけるアラブイスラーム文明のもっとも偉大な生徒ですし、フランス、ドイツ、イタリアの使節たちがこぞって関係を結び、使節団を送るために競争しました。またイスラームの病院はヨーロッパからの患者たちのにも門戸を開きました。また、ヨーロッパ諸国の統治者たちは外科医・建築技師・仕立て屋などを必要としたときには、当時イスラーム統治下にあったアンダルスの諸都市へ向かいました。
またムスリムの商人たちはヨーロッパへと商品を送りました。そこに残っているアラビア語による貨幣がそのことを裏付けています。これらすべてのことがアラブイスラーム文明は閉鎖的でなく、宗教・人種の相違という囲いにとらわれる事がなかった文明であることを裏付けています。至高のアッラーは次のようにおっしゃりました。『われは汝らをお互いに知り合うためにさまざまな民族と部族とにした』
3 アラブイスラーム文明の目的
イスラーム文明は現世と来世における人間の幸福を目的としています。そしてこれはこの地上に彼を継承すること、崇拝すること、また彼が定めた方法によって前進するように人間を存在させたアッラーの意思を実現することにもなります。そしてこの基礎のもとにイスラーム文明は個人・家族によって始まり、人類すべてによって終わる善・正義・成功を目指します。
イスラーム文明はその基礎においてムスリムを常に生活の場において最も高いところへと導きます。そして地上におけるすべての文明よりも高いところへと方向付けます。この優越性は高慢さから来るものではありません。この優越性はムスリム共同体を人々によって置かれた物質主義的な文明の中に溺れないように守るためにあるのです。また、信仰を守るため、またアッラーから命じられたことを呼びかけるためにあるのです。イスラーム文明はその優越性を他文明に対する高慢さと利己主義の結果として求めているわけではありません。また、今日西欧文明が行っている弱小国からの利益の搾取のための支配、敵対、殖民のためにもとめているのでもありません(グローバル化)。イスラーム文明は人間の本質に目をつぶるのではなく、その本質・欲望を人間の幸福と楽しみとくつろぎを実現させる形で導いたのです。
物質主義に関して言えばこれは人間の本質と欲望を野放しにしました。そしてそれこそがヨーロッパの人間の悲しみと不幸の原因になっています。このことはヨーロッパの学者達自身が指摘しています。
イスラーム文明はムスリムたちに善行に関する競争を呼びかけています。
至高のアッラーは『善行を我先にと行うものたち』とムスリムたちのことを形容しています。そして個人レベル社会レベルにおいてこの競争がなされるべきと呼びかけています。『善と畏神のために互いに協力しなさい。罪と敵対のために協力してはならない。』と言っています。
そしてイスラーム文明はこの競争をアッラーのご満悦を求めるために行うよう呼びかけています。それは現世と来世で人間に幸福をもたらします。それと引き換え、物質主義は少数のものたちの手に富を与え、多くのものたちにはそれが与えられません。そして利己主義・自己中心主義・個人主義の結果として憎悪・嫌悪が人々の間に生まれます。
4 信者の行動すべてがアッラーへの崇拝行為へとつながること
イスラームの特徴のひとつはムスリムの行うこと・様々な分野での奔走をイバーダ(崇拝行為)であるとしたことです。ですから、大地で農作業を営んでいる人、店にいる商人、工場で働いている者、被雇用者その他すべての仕事をしているものたちの行為は、その行為を行う意図(ニーヤ)がアッラーのためであったのならば、イスラームの視点から見ればイバーダを行っていることになります。イスラーム文明は信者の現世のための行為と来世のための行為を合併させました。
アッラーも次のようにおっしゃっています。『主よ私たちに現世でも来世でも良いものを与えてください』『礼拝を終えたなら大地に散らばり、アッラーの恩恵を望みなさい』『アッラーが来世で与えるものを望め。しかし現世における汝の分け前を忘れてはならない』
原文:マルワーン・シャイフー氏
翻訳:ファーティマ佐久間
アラブ・イスラーム学院翻訳・文化講座担当 |
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