|
主の思し召しならば、今回がイスラームの教えが命じ、サウジ政府がその実践
と敷衍を呼びかけているところの諸権利についての話の最終回となる。そしてそ
の諸権利の実践は、社会の個人間の兄弟愛を実現させるものである。読者の皆さ
んに概観を示すため、今まで取り上げた15の項目をここで数え上げよう:
1. 主アッラーにおいて愛し合うこと。
2. お互いに訪問と連絡をもつこと。
3. 食事の招待とその応答。
4. 困窮者と弱者の援助。
5. 挨拶を広めること。
6. 笑顔と良い言葉。
7. 謙虚さと真実の許容。
8. 許す心と悪業を善行で返すこと。
9. 他者優先の精神。
10.物事を良い方に考えること。
11.抑圧者の援助。
12.人の恥部を隠すこと。
13.無知な者を教育し、思いやること。
14.隣人への親切。
15.奉仕。
そして今回は読者の皆さんに、イスラームが誘うところの数え切れない美点の
中から更に2つ選んで提示したいと思う。
16.義務と権利の遂行
社会の個人には他人に対する義務があり、また彼らには他人に対する権利があ
る。そして各人は他人に対する義務を遂行しなければならない。例えばイスラー
ムの5柱の1つであるザカート(喜捨)は、神が富裕な者に義務付けたものであ
り、それを喜捨の受領の権利を持つ者たちに付与することにおいて遅延すること
は不正である。これは借金などについても同様である。
これらの権利は、それが義務付けられた者が遅延することなく定められた時間
に遂行することで、それを受領する権利を持つ者を安心させ、またその恩恵を堪
能させ、その必要を満たすことが出来る。そしてそれを払う権利を持つものと共
に、愛情と兄弟愛と平安に満ちた生活を送ることが出来るのだ。しかしもしそれ
を義務付けられた者が遅延するならば、それは彼らの間に憎悪と断裂を及ぼすで
あろう。もしかするとそれは密にあるいは公に、それを受領する権利を持つ者が
不正者に対して復讐するという結果を導くかもしれない。そして人々の間からは
平安や安寧というものが失われるだろう。しかし平和と安定を望む社会は、権利
と義務の遂行を怠る者に対してしかるべき対処をしなければならない。最も遂行
されるべき義務は、統治者がその部下を通して熟練性と信頼性と能力をもって実
行するところの義務の遂行であろう。彼らが決められた時間において権利を有す
る者にその義務を果たすならば、人々はその統治者を愛し、彼らの権利は守ら
れ、そして社会には平安が訪れるであろう。そしてもしその逆の状態であるなら
ば、それは人々に対する不正と諸権利の蹂躙となる。
私はこの項目について話す時、実際のところ非常な遺憾の念を覚える。多くの
人々はこれらのイスラームにおいてこれらの物事を命じられているにも関わら
ず、その大部分を忘れるか、あるいはないがしろにしているのだ。それゆえ権利
の遂行を軽視したり破棄したりする者たちが増え、同様に仕事における規律を怠
る者たちも増加した。そしてこれらの者たちゆえに多くの者はその権利を失い、
政府機関や会社、ひいては社会全体にまで混乱が広まったのだ。私は身の回りを
眺め、そして日本について考えるたびこう問いかける:「その民が死に瀕するほ
どに仕事に専念したゆえに、日本よ、お前は世界がその奇跡を語り続けるほどの
凄い国になった。日本よ、お前の今ある姿は民あってのものなのだ。そしてわが
国よ、一体イスラームの教えに立ち戻って、その実践に勤めないのか?そうすれ
ば以前そうだったところの姿に戻れるであろうに…。」
17.全てのムスリムに助言すること
預言者ムハンマドはこう仰られた。「宗教とは助言である。アッラーに、その
預言者に、その啓典に、そしてその指導者と一般のものに対して。」さて助言と
は、それを向けられる者への利を望んで投げかけられる言葉のことだ。そしてこ
の項目は助言を向けられるべき全ての者を対象にしている性質ゆえ、兄弟愛の実
現とその育成について私が話す最後の項目とした。
さて助言は社会に良いものをもたらすものであるゆえ、先に述べたように、イ
スラームの教えはその預言者ムハンマドの言葉を通してそれを勧めた。預言者は
助言についてこのような一般的な形だけに留まらず、それが義務となるいくつか
の特別な状況を示唆する言葉も多く残している。例えばそれは家庭や政治、経済
や奉仕活動、仕事などの状況においてである。
しかし助言のその重要性と、その実践による社会における有用な役割にも関わ
らず、非常に残念な事ながら、人々はそれから大きく背き去っている。それゆえ
助言すべき者は助言することをためらい、助言される者はそれを聴くのを拒んで
いるのだ。このようにして社会は親愛の精神を失い、社会における幸福、信頼、
平和といったものの実現が望まれるところの理念の多くを失ったのである。
親愛なる読者の方々よ、私はサウジ社会の現状の真の姿を伝えるため、上記に
上げたような情報を提示しました。そしてこのような考えこそが、全体とは言わ
ないまでも大方のサウジ人が抱いている考え方なのです。読者の皆さん、私は彼
らの肩を持っているわけではなく、それどころかあなた方に正直さを尽くしてい
るつもりです。実際にあることはそれを肯定し、ないことは遺憾ながらも明確に
するよう努めています。そして私は繰り返し言います。私の祖国の人々は純粋
で、他の人々を嫉妬したり嫌悪したりする民ではなく、よりよい明日を望む平和
の民です。無論間違いを犯すこともあるでしょうし、一部の例外や過激な者たち
も存在するでしょう。しかし正直さと誠意をもって言いますが、そのような者た
ちは社会をくまなく探索してもなかなか見つからないほど稀な例なのです。これ
は決して誇張などではなく、今あなた方が信じなくてもいつか―主が望めば―肯
定される真実のことなのです。
今日はこの辺にして、次回はこのテーマにおける第2のポイントをより突き詰
め、兄弟愛の喪失につながる理由の数々とその回避義務について話そうと思いま
す。それではまたお会いしましょう。
執筆:ラシャー マンスーリー
アブドルアジーズ国王大学元研究員
(→バックナンバー)
(→週刊アラブマガジンのトップ) |