キングダムタワー
 

‐第四回日本・サウジアラビア王国青年交流使節団に参加して‐

【ハッジ報告記 1】



 外務省の使節団の一員としてサウジを訪問して以来、本来の研究者の端くれの 仕事の一環として何度かサウジを訪問する機会に恵まれた。2005年にはアブ との再会も果たした。アブは相変わらずのほほんとしていたし、キングダムタ ワーも相変わらず‘のほほん’と光り輝いていた。

 その後、2005年の愛知万博でサウジアラビアのホスト市町村として選ばれ た愛知県北設楽郡豊根村とサウジとの交流を手伝っている時に、現在の職場であ る「アラブ イスラーム学院」から転職のお声がかかり現在に至っている。学院 で働くようになってから、益々サウジ、そしてアラブ・イスラーム諸国の人々と 交流が増え、気がつくとアラビア語もそこそこ話せるようになっていた。

 そうそう、タイトルが「ハッジ巡礼報告」なのでイスラームやサウジについて 詳しい読者はさぞ首を傾げたことであろう。ご心配なく(注1)、私は今から4 年ほど前にイスラームに入信した。本来、一神教徒の父の背中を見て育った私に イスラームに入信することは決して違和感はなかった。

 日本人が興味津々な礼拝にしても「じいさん・ばあさんが朝と夜に仏壇に祈 る」「大工の棟梁が神棚に手をたたき祈る」の、一日五回バージョンだと考えれ ば皆さんも違和感はなくなるのではないでしょうか? まあ、世界的にみれば日 本人の無信仰さ(またはごっちゃまぜ宗教:注2)の方がよっぽど変に思われて るんですが……。


 さて、前置きが長くなりましたが、ヒジュラ暦1428年、2007年12 月、二聖モスクの守護者アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアジーズ・アールサ ウード サウジアラビア国王の招待枠でハッジを行えることになった。まさかこ んなに早く自分がハッジに行けるなどとは想像もしていなかったので出発のぎり ぎりまでなんとなく夢の中にいるようだった。

 出発前日にサウジ大使館でハッジの説明をうけてもまだ実感がない。飛行機の 中でもいまいち。そんな私の目を覚まさせてくれたのはキングハーリド空港(リ ヤド)に到着し、巡礼衣着用(イフラームの状態:注3)の指令が出たときで あった。

私  「イフラームになるのは良いけどシャワーはどこで浴びるのですか? ホテルじゃないの?」

出迎えのサウジ宗教相職員 
「残念ながらホテルに行っている時間はない。これからジェッダに向かう途中でミーカート(注4)を通過してしまうから巡礼衣はここで着なければならない。」

 と、巡礼衣やサンダル、身分証などを皆に配る。

私  「それはわかったけどどこで?」

出迎えの宗教相職員 
  「あそこにトイレがある。個室には温水の出るシャワーがある……。」

数人  「シャワーって、お尻洗うホースじゃん!」


 そこで目が覚めた。私は紛れもなくサウジにいる。この酷な要求を断りたいと ころであるが、定められたルールでハッジを行わないとアッラーがハッジを受け 入れてくださらない恐れがあるため、男性陣はしぶしぶと巡礼衣を着用。ジェッ ダへと旅立った。


注1: イスラームの聖地「マッカ」には異教徒は侵入できない。
注2: アメリカ人の親友は12月25日を「日本人総クリスチャン化計画」と呼び、1月1日を「日本人総神道化計画」と名づけ皮肉った。つまりは12月25日には日本人のほとんどはクリスチャンになり、1月1日は神道教徒になると。
注3: 巡礼のため、禁忌を順守する状態に入り(沐浴を行なってから入る)、男性は縫い目の無い白の2枚の布のみ着用する。
注4: ミーカートは俗に言う境界線。巡礼者はミーカートから先は巡礼衣を着用しなければならない。巡礼後、またはハッジ以外の目的であれば好きな服装で良い。




筆者:鈴木 健        
アラブ イスラーム学院 研究員

(2008年6月3日更新)

                

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