|
…そう気がついたのは大学3年の秋。中東のゼミに入ったのでアラビア語の講義
をとっていたものの、眠たくて2回ほどで授業に出なくなった。ゼミの先生は
「アラビア語ができないのに中東のことを勉強するの、へー、いい根性してるよ
ね(冷たい視線)」というお方。あわわ、どうしようと悩んでいたところ、「ク
ウェイト政府奨学金」の存在を知る。もう私に残された道はこれしかないと思っ
て、「私にアラビア語を勉強させてくれれば、パレスチナ問題解決に貢献する」
と、ハッタリ満載のエッセイを書いて応募したのが98年末のこと。しかし、待
てども返事は来なかった。
応募したのもすっかり忘れていた翌年の5月、郵便受けに変なエアメールを発
見。開けてみると、そこには英語で「おめでとう!あなたはクウェイト政府奨学
生に選ばれました」とのメッセージが光輝いていた。やったぁ、この世の春が到
来した…と思うのはまだ早かった。なぜならN.O.Cのコピー(Non Objection
Certificateといい、シビルIDカード取得に必要な書類。クウェイトの空港で
このコピーをオリジナルと交換する)がなかなか送られてこないのである。入学
許可証には「アラビア語クラスは9月4日に開講」と書かれているのに、なんと
8月下旬になってもまだ来ない!このコピーがないと航空券の購入もできない。
あせって在日クウェイト大使館に相談すると、日本人スタッフから「わかりまし
た。5千円を払っていただければ発行します」と言われる。すると直にN.O.C
がファックスされてきたので、5千円をすぐに支払った。このようにしてなんと
かクウェイトまでたどり着いたのが、99年9月3日。世紀末真っ直中のことで
あった。
さて、今回のアラビア語マガジンでは筆者のクウェイト留学(99年9月から翌年5月まで)について書いてみようと思う。自分で言うのもなんだが、私はくだ
らないことは実によく覚えている。クウェイト時代にできた友人と当時の話をす
ると、「なんでそんな(どうでもいい)ことまで覚えているの?」と驚かれるほ
どだ。だから、このエッセイもエピソード的なことに終始し、私のイスラームや
アラブに対する意見などはほとんど登場しない(難しいことを考えないで生活し
ていたのがバレバレである。)ただ、シリアやエジプトなどに比べて、この国の
留学情報というのは少ないと思うので、こんなエッセイも悪くはなかろう。とに
かく、あなたもこれを読めばクウェイトで生活している気分になれる!…という
内容にするつもりなので、どうか半年間お付き合い願いたい。
<今週のはーみシュ>
あまりにも細かいエピソードや留学ハウツーは、このコーナーに書くことにしま
した(「はーみシュ」はアラビア語から。意味のわからない人は辞書で調べま
しょう)。
・クウェイト大学ランゲージセンターのアラビア語コースについては、こちら。
http://www5.kuniv.edu.kw/langcentre/default.htm
・航空券はアラブ・アフリカに強い旅行会社に手配してもらいましょう。大手よりも色々なルートを提案してくれるし、航空券も割安だからです。私がお世話に
なったのは、ここ。
http://www.saiyu.co.jp
・コースの開講日までにクウェイト入りできたのはイラン系ドイツ人留学生と私
だけで、ほとんどはその後でした。後日、ドイツ人留学生は何らかのコネがあっ
た(から早く来られた)とのこと、5千円をクウェイト大使館に払っていたのは
私だけだったことなどが判明。この5千円はいったい何だったのか、いまだにわ
かりません。
※このエッセイに書かれている情報は2000年前後のものです。現在は変わっ
ている可能性があるので、必ず情報収集してください。
執筆:門屋 由紀
アラブ イスラーム学院 研究員
(→バックナンバー)
(→週刊アラブマガジンのトップ) |