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私が滞在していた当時、女子寮の中には電話ブースが数台しかなかった。ただで
さえおしゃべり好きなアラブ人、一度ブースに入るとなかなか出てこない。女子
寮の前にはテレコミュニケーションセンター(郵便局と電話局が合体したもの)
があり、そこにはたくさんの電話ブースがあったから問題はなかった。もっとも
それは日中のことだけで、夜になると寮の電話ブースの前に長蛇の列ができる。
あまりにも電話が長くて、順番待ちの娘が「ちょっとぉ、まだぁ〜?」とブース
をガンガン叩いていることもあった。そこで、少なくないアラブ人学生が携帯電
話を持っていた。よく見かけたのはプリペイドカード式のNOKIA製、日本のもの
に比べてまだまだ大きくて、機能も豊富ではなかったと思う。なお、現在はパソ
コンに繋いでインターネットができる機種もあるらしい。
クウェイトはおしゃべり天国。何せ国内通話はタダだから(携帯を除く。)お店
で電話を借りてコールタクシーを呼ぶなんてことも、気兼ねはなかった。問題と
なるのは国際電話である。日本は遠く離れているので当然ながら料金は高く、
10KD(当時)のテレカで12分ぐらいしか話せなかった。また、今はわから
ないが当時はコレクトコールが存在しなかったぐらい、システム自体も貧弱だっ
た。そこで、クウェイト生活に慣れてくると、インディアンスーク(インド人が
経営する食品店や雑貨店が集まった市場)にあったモグリ電話ブースを使うよう
になった。音は悪くないし、少なくとも正規料金よりはずっと安い。しかし、
ネットカフェに行けばNET2PHONE(IP電話ソフト)という最強のツールがあった。
現在広く使われているSKYpeに比べれば見劣りするものの、日本まで当時10米
ドルで90分も話せるのは魅力的だった。
ネットカフェは至るところにあり、インターネットで簡単に情報を入手できた
(もっとも、私が知らないだけで様々なアクセス制限があったと思うが。)それ
では、もっと原始的な情報源、すなわち書籍などはどうであったか?一般に、他
のアラブ諸国に比べてクウェイトでは本が手に入りやすいといわれている。たし
かに、ムサンナー・コンプレックスの地下にある本屋さんでは、アラビア語書籍
のみならず、英書がそろっていた。また、ショッピング街のサルミヤ地区にも、
小さな本屋さんがたくさんあった。一番重宝したのは、アラブ諸国を巡回する書
籍の展示会である(おそらく、1年に2回程度。)この展示会ではアラブ諸国の
ブースが並んでおり、ありとあらゆる本がそろう。ルームメイトから「アラブで
欲しい本を見つけたら、すぐに買いなさい。次はないと思え」との教えを受けた
私は、欲しいものをどんどん買っていった。もっとも、インターネット本屋さん
が発達している今日では、こんな風にあせる必要はないのだろう。
<今週のはーみシュ>
・ネットカフェは、メリディアンホテル(現マリオットホテル)の向かい側にある
ムサンナー・コンプレックスなどにあります。また、ケイファンキャンパスの中
には学生用のパソコンコーナーがあります。おそらく本科の学生用だと思うので
すが、なんとログインIDが必要なかったので自由に使っていました。いい加減
なシステムでラッキーでした。今はどうなっているのでしょうか。
・現在クウェイトに滞在している知人によると、光ファイバー等はまだ導入され
ていないようです。ただ、もう少ししたら新しいシステム(光?ADSL?) が
導入されるとか。
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| 写真は「彼らは学生なのか先生なのか」。「コミュニケーション」つながりでこの写真を選びました。さて、ここで問題です。この写真の舞台となっているのはどこでしょう?言っておきますが、砂漠ではありません。よく見るとわかりますが、木も建物もあります。答えは…、実はこれ、ケイファンキャンパスです。このようなテントがある日突然に出現したなと思っていたら、いつのまにか先生(学生?)が中にいました。彼らは学生だったのか先生だったのか、それとも近所のおじさんたちだったのか、今でも不思議に思います。 |
執筆:門屋 由紀
アラブ イスラーム学院 研究員
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