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預言者ムハンマドが人々をアッラーの道へと呼びかけた時、多くの人はその呼びかけに応えませんでした。
呼びかけに応じた者のほとんどは、同じ家族の者でも、社会的地位の低い者たちでした。
最初の信奉者たちの中にはハディージャ、従弟のアリー、親友のアブーバクル(アッラーが彼らを嘉しますように)たちがいました。特にアブーバクルの信仰に対しては預言者はとても感銘を受けていました。預言者は、彼について次のように言っています。:
「私がイスラーム信奉を呼びかけた者たちは必ず何らかのためらいを見せた。しかしアブーバクルだけは私がそれを示した時全くためらいを見せなかった。」
彼が伝えるべき宗教を公に示す事でその布教(ダアワ:イスラームへの呼びかけ)を強めた時、より多くの信者を得る事が出来ましたが、それと同時に、その立場が脅かされ危険にさらされる事を知った貴族達や指導者達からの多くの挑戦に直面しなければならなくなりました。
彼らは先祖達の宗教を守るという口実の元に、その新しい宗教と戦う為に共に立ち上がりました。
そのためマッカでも尊敬されている人々の小規模なグループがイスラームに加わった時、イスラーム教徒たちの意気込みは、高まりました。
彼らの中でも注目に値するのは、ウスマーン・イブン・アッファーン、ズバイル・イブン・アル・アゥワーム、アブドゥル・ラフマーン・イブン・アウフ、タールハ・イブン・ウバイドゥッラー、サイード・イブン・アビー・ワッカース、アルカーム・イブン・アビー・アルカーム、ウバイドゥッラー・イブン・ハーリス、サイード・イブン・ザーイド、アムル・イブン・ヌファイル、ファーティマ(ヌファイルの妻)、アスマー・ビント・アブーバクル、アブドゥッラー・イブン・マスウード、ジャーファル・アビー・ターリブ(アッラーが彼らを嘉しますように)、そしてその他多くの人達です。
マッカの不信仰者達からの挑戦の結果として、何人かのムスリム達は拷問され、迫害され、孤立し、拒否されました。
預言者ムハンマドは、それに耐えるほかなく、ムスリム達の保護を求めなければなりませんでした。そのためエチオピアの王ナジャーシーに、ムスリム達がエチオピアに移住する事を許可するように頼みました。
この公正な王は、ムスリム移住者達を彼の領土に歓迎し、マッカの不信仰な支配者達に彼らを引き渡す事を拒否しました。
ムハンマド アル・トゥワイジュリー著
「預言者ムハンマド(彼に平安あれ)人類への恩恵」の翻訳より |
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