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イスラームで、預言者ムハンマドにもたらされた最初の啓示は、清潔に関する事です。イスラームにおいて、清潔の概念は、身体的、そして精神的、世俗的、そして宗教的領域にわたります。
イスラームによって規定された如何なる慣習的行為も、人はそれを行う前に、その身体、身に着ける衣服、崇拝の場所を清潔にするべきで、周囲の環境も清潔にするべきです。礼拝を実行する事、或いは、巡礼を始める事に優先して、その人は、自身の「ウドゥ(洗浄)」をしなければなりません。
もし、彼、または彼女が、合法の性交渉を持った後、或いは、出産後の期間、或いは、他の理由で不浄な状態にあれば、その人は、清潔な水を体全体に浴びせて完全な沐浴を施さなければなりません。
礼拝の場合には、全てのムスリムは、秘部、顔、手足、口、鼻、そして耳を、最低5回、一日に行う5回の礼拝の為に清潔にしなければなりません。この行為は、また、精神を非合法な行いから清潔に保つ事をその人に思い出させます。清潔は、身体的な意義だけではありません。身体は、その人と他者との、そして、アッラーとの関係を損なう様な、邪悪な事からも清潔であるべきです。
人は、悪い意図、或いは非合法な行為を犯す事から、精神を清潔にしなければなりません。人は、ねたみ、偽善、そして他のよこしまな欲望から、心を清潔にしなければなりません。
人は、望み、誠実さ、許し、同情、神聖さ、兄弟愛、隣人愛、そして他の高貴な特質を具体化しなければなりません。
人は、その日常の食料に関し、医学的に、そして宗教的に不健康な全ての食べ物に対して、特別な注意を払わなければなりません。
人は、目、耳、舌を悪から保たなければなりません。
これらは、預言者ムハンマドに例証されたように、高貴な特質の中にあります。
財産がある程度に達した人は、アッラーに課された義務で、ムスリム達に総括して社会のために託された、ザカート(喜捨)を義務付けられます。
財産が最低限の税を課される金額に至らない人達の中で、余裕のある人は、(財産が)必要な人に対して自発的に寄付をする事ができます。
これは、必要な人が、裕福な人達から常に援助を受け取るべきであるという意味ではありません。預言者ムハンマドは言っています。:
「上の手(与える者)は下のそれ(受け取る者)よりも良い。」(ムスリム、ザカート巻No.124)
もしも、ザカーの受取人が預言者の言説の真意を把握する事が出来たら、その人は、イスラームの教義に奨励されているように、その人生をより良くする為に努力して、受取人の代わりに寄贈者になるように最大限試みるでしょう。
イスラームにおいて、より多くの財産を所有する事は、その人の品位を高める訳ではなく、貧しさがその人の地位を下げる訳でもありません。
財産が人にとってこの地球で生きるのに必要なのは事実ですが、それは単に手段であって、目的ではありません。
目的は、より高い評価を得る事による人生の幸福で、富を追求して見失う事ではありません。イスラームの優れた道徳的美点の一つは、良い事を行い悪い事を禁じる、その指示です。
良い事は保たれるべきで、悪い事は放棄されるべきです。
手短に言うと、イスラームは、実際一連の指示と禁令から成り立っています。
全知で慈悲深いお方、アッラー(崇高なお方)は、他の何の為でもなく、彼の創造物の徳と利益の為に法や規則を定めているのです。
禁令は、人類へのその悪い係わり合いの為に定められました。
悪事は、人類の善悪の観念を試す為、そして、善悪を選ぶ際の彼らの自由意志を促す為に創られました。
彼の預言者ムハンマド(彼に平安あれ)を通じて伝えられたとおり、アッラー(崇高なお方)からの全ての命令と禁令は、アッラー(崇高なお方)と人類に非常に好まれた、純粋で清潔な人生を送る為に、人類の魂を清める目的で意図されました。
規律正しさ
その他のイスラームの教義の一つは、規律正しさについてです。
規律正しい、整然とした、従順な、行儀のよい、静粛な、自制、規制、管理、計画、そして、その他の全ての組織に関する表現は、イスラームにとって大抵かけ離れていると考えられています。反対に、イスラームは、人々に規律正しく生活し、適切な物を正しい場所に置くように強く勧めています。
イスラーム的秩序の土台は、唯一神(アッラー)の決定的信頼、そして、人類の調和、この2つの主要な原理に基づきます。全ての枠組みは、アル・クルアーンにあり、預言者ムハンマドはその指令の不可欠な細部を努力して理解する事に専念しました。
イスラームによって説かれている、これに関連した、優れた道徳的美点の一つは、人類に残された時間を有効に使う事です。
アル・クルアーンとスンナ(預言者の伝承)は、時間、日、週、月、年、そして、世紀について言及しています。人々は、その人生の間に、利用できる時間を良い事の為に費やさなければ、敗者となります。
もしも、人々が、その貴重な時間を、役に立たない活動の為に、無駄遣いしなければならないならば、それは、大きな損失です。人生が楽しくあるべきなのは事実ですが、彼らの幸福の継続の為に欠かせない、人類の資源と価値を犠牲にして、ではありません。
全知のお方アッラーは、人類が人生で偉業を成し遂げるために、彼らの活動に適した時間と空間を創りました。仕事、学業、気晴らし、休息、そして祝福のためにさえ時間はあります。全ては、アッラーを崇拝する際の、そして、彼の主義に仕える際の活動の一部分なのです。アル・クルアーンは、アッラーが日中を稼ぐ為に、夜を休息と楽しみの為に創られたと示しています。
彼は、太陽、月、そして全ての大気圏外の物体を、地上の人間が時間を定め、暦を整理する為に創りました。標準時間と標準の暦を持つ事、そして、天文学的物体の移動により、人々は、商売をしたり、活動を実行する事に関して、自分達にとって適切な時を選ぶ際に予定表を調整する事ができます。
イスラームは、日々の礼拝の為に一定の時間を、義務の断食の為に一定の月を、そして、ハッジ即ち巡礼を行う為に人生の中で一定の時間を定めましたが、それは、預言者ムハンマドにもたらされた宗教が、ムスリム達の人生を規則正しい状態に配置した事を表します。ムスリム達によってなされる全ての行動と行事の為に、忠告の形式で、精神的な導き、或いは、実質的指令で、それを統率する規則があります。
もし、全てのこれらの指示が従われ、適切に理解されれば、人々は、高度な躾を身に付け、良く管理された人生を送るでしょう。
イスラームは、人々に、如何なる決断を取る前にも正しく考えるように勧めています。これは、計画を意味します。アル・クルアーンの中に、考えずに事を行い、終結に急に至る事に対して注意している節が沢山あります。預言者も又、約束を果たす事、2者間の条約、協定、或いは、契約に誠実である事に良い見本を示しています。
尊敬される人として、彼は常に条約で同意された条項に誠実でありました。それは、彼の高度な統制と全ての事を適切な秩序で行う意向を描写しています。
ムハンマド アル・トゥワイジュリー著
「預言者ムハンマド(彼に平安あれ)人類への恩恵」の翻訳より |
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