預言者略伝
 

【預言者と使徒】


 アッラーが人々に送られた使徒である預言者ムハンマド(アッラーの祝福と平 安を)について更に話を続ける前に、ここで「預言者」と「使徒」の使い分けに ついて説明しておきたい。それに付いての質問が寄せられたからである。

 預言者とは、アッラーがその啓示を送られた人たちのことで、非信者たちにそ の啓示を伝えることは求められていない人々である。他方使徒とは、啓示を送ら れた人のうち、信者になるべき人々や民族に遣わせられてその啓示を伝えること が求められている人たちのことである。

 したがって、使徒たちは全員預言者である。しかし預言者たちは、全員使徒で あるわけではない。ヌーフ(ノア)が最初の使徒であり、その前は預言者しかい なかったのであり、それは例えば、アーダム、シート、イドリースなどである。 教友の一人イブン・アッバースは言った。「アーダムとヌーフの間には、10世 紀ほどあったが、全員イスラームに従った。それらの預言者には、その言動に関 する啓示が降ろされた。そしてその啓示を信者に命じていたが、それはあたかも 学者達が使徒の教えに倣って人々に伝えていたものを、一神教の信者たちが受け 入れていたようなものであった。それはまたユダヤ律法(トーラー)の教えをイ スラーイールの子孫が命じていたようなものであった。」預言者伝承で間違いな く伝えられているところだが、ヌーフ(平安を)はアッラーを信ぜずその使徒を 嘘つき呼ばわりする人々に遣わされた、初めての預言者であった。

 使徒は新たに法を齎さなければならないと言うことはない。たとえばユーセフ (平安を)はアッラーの送られた使徒であったが、イブラ―ヒームの法に則って いた。同様に、ダウードとスレイマーンは、トーラーの法によっていた。

 このムハンマド(平安を)が預言者であったのは、アッラーから啓示をうけた からであった。また彼が使徒であったのは、その周囲の人々はアッラー以外のも のを崇めていたところへ遣わされたからであった。そしてムハンマド(平安を) は、生活の事柄全体を包摂する新たな法を完璧で包括的な形で齎したのであっ た。また彼はアッラーから遣わせられる、最後の預言者でもあった。また全預言 者、全使徒の中でも、最善の御方であった。だからこそ、ムスタファー(選ばれ た人)と言う名前でも呼ばれている。

 聖クルアーンに言う。
「アッラーは、天使と人間の中から、使徒を選ばれる。本当にアッラーは全能に して、全視であられる。」
(巡礼章75)

 ムハンマド(平安を)が真にアッラーに選ばれた人である証左は、アッラーが 保存し残すことを約された書である、聖クルアーンを彼を通じて下ろされたとい うことからも明らかである。
 聖クルアーンは言う。
「本当にわれこそは、その訓戒を下し、かならずそれを守護するのである。」
(アルヒジュル章9)

 また質問があると思われるのは、従来の書物をどう考え、イスラームはそれを どう捉えるのかと言うことであろう。例えばイブラーヒーム(平安を)の書(ソ ホフ)、ムーサー(平安を)に降ろされた書(トーラー・律法)、ダウード(平 安を)に降ろされた書(アルザブール)、イーサー(平安を)の書(インジー ル・福音書)である。それらに対するムハンマド(平安を)の立場も質問される かも知れない。そこで以下に幾つかの諸点を述べたい。

1.ムスリムの信仰は、それら全ての書物を信じるということである。
 クルアーンに言う。
『使徒は、主から下されたものを信じる、信者たちもまた同じである。皆、アッ ラーと天使たち、諸啓典と使徒たちを信じる。わたしたちは、使徒たちの誰にも 差別をつけない。また、彼らは言う。「わたしたちは、教えを聞き、服従しま す。」』
(雌牛章285)

2.聖クルアーンは崇高なアッラーがその預言者たちと使徒たちに真実と導きを もって天啓の書物を降ろされた事情について、次のように言う。
「人類は(もともと)一族であった。それでアッラーは、預言者たちを吉報と警 告の伝達者として遣わされた。また彼らとともに真理による啓典(キターブ)を 下し、それで人々の間に異論のある種々のことについて裁定させられる。」
(雌牛章213)

 ここで啓典とはどれか個別のものではなく、全体を指しているのである。だか らこそ、それは単数形(キターブ)になっている。色々あるにしてもそれらは一 つの書物と同じなのである。なぜならばその真髄は一つであるからだ。そして アッラーへの信仰とその唯一性の信奉という、一つの法の源によっている。アッ ラーに並び立つものはなく、アッラーへの服従あるのみである。また最後の審判 の来ることも信じる。もちろん詳細に渉れば異なる面はあり、諸規則や包括性、 完璧さなどで異なる面もある。
 聖クルアーンを引用する。
『本当にわれは、各々の民に一人の使徒を遣わして「アッラーに仕え、邪神を避 けなさい。」と(命じた)。』
(蜜蜂章36)

3.聖クルアーンはアッラーが使徒ムハンマド(平安を)に下された書物である が、それは以前の書物を上回るものである。またそれは最後に降ろされたもの で、既に言ったように最も完璧で最も包括的である。そしてそれによって、アッ ラーは「教え」を完璧にされ、その「恵み」を全きものにされた。
 聖クルアーンを見よう。
「今日われはあなたがたのために、あなたがたの宗教を完成し、またあなたがた に対するわれの恩恵を全うし、あなたがたのための教えとして、イスラームを選 んだのである。」
(食卓章3)

4.聖クルアーン以前の諸啓典の中でも、トーラーとインジールしかわれわれに 伝えられていないのは事実である。しかもそれらもアッラーから降ろされたまま ではなく、様々な改ざんや入れ替えが行われている。アッラーはこのように、以 前の書物からは変更や改ざんの恐れを除去されなかったのであった。

5.変更や改ざんの恐れから守られることを約されたのは、聖クルアーンしかな いのである。それには不変性と永劫性を与えられた。
 上に引用した通りだが、
「本当にわれこそは、その訓戒を下し、必ずそれを守護するのである。」
(アルヒジュル章9)

 アッラーが聖クルアーンを守護されたのは、それが教えの根本で法の砦だから である。最後の瞬間まで人々の教えとなり、最後の教えだからだ。またそれはイ スラームの証であり、最大の奇跡であるからだ。何時でも妥当し、地上のどの国 にも向けられ、また復活の日まで妥当する。それはまた、完璧な諸規則を含み、 完全な指導を含んでいるからだ。それはまた、人のあらゆる場合における必要性 を満たし、従来の諸啓典の真実、導き、明かりなど全てを包括しているからであ る。こうして全書物を肯定しつつも、全真実を総合し、さらにはアッラーが望ま れる部分はそれを追加している。


筆者:ムハンマド・ハサン・アルジール
アラブ イスラーム学院長      

(2007年3月13日更新)

                

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