預言者たち
 

【預言者イーサー その2】


ある日マルヤムは遠いところへ出かけました。彼女の足は、樹木やナツメヤシの 木でいっぱいの場所へと彼女を導きました。そこは、その遠さゆえに誰も向かう 者のない場所であり、彼女以外に知る者のない場所でした。

人々はマルヤムが身ごもっており、やがて出産するのだということを知りません でした。聖所は彼女だけのために閉ざされており、人々は彼女が主に奉仕を捧げ ていることを知っていたので、誰も彼女に近付こうとしなかったからです。

マルヤムはナツメヤシの木の幹—それは完全な木ではなく木の幹でした—のとこ ろで休みました。イーサーを産む時にアッラーの奇跡が現われ、彼女が安心を得 るためです。マルヤムは痛みを感じながら考えました。痛みは徐々に大きくな り、断続的にやってきて、やがて出産が始まりました。

『だが分娩の苦痛のために、ナツメヤシの幹に赴き、彼女は言った。「ああ、こ んなことになる前に、私は亡きものになり、忘却の中に消えたかった。」』(マ ルヤム章21節)

出産の痛みは清純な処女の心に、まだ起きてはいないけれども予想される別の痛 みを背負わせていたのです。人々はこの子をどうやって迎えるだろうか?彼らは マルヤムのことを何と言うだろうか?彼らは彼女が処女だと知っているのですか ら。処女がどうして出産するのか?人々は果たして、誰もマルヤムに触ったこと もないのに彼女が出産したのだと信じるだろうか?

彼女は人々の疑いのまなざしや、好奇の言葉、さまざまな意見を想像し、その心 は悲しみでいっぱいでした。そしてマルヤムが死と忘却を望むや否や、生まれて きた子が彼女にこう呼びかけたのです。

『その時(声があって)彼女を下の方から呼んだ。「悲しんではならない。主は あなたの足元に小川を創られた。

またナツメヤシの幹を、あなたの方に揺り動かせ。新鮮な熟したナツメヤシの実 が落ちてこよう。

食べ且つ飲んで、あなたの目を冷やしなさい。そしてもし誰かを見たならば、 『わたしは慈悲深き主に、斎戒の約束をしました。それで今日は、誰とも御話い たしません。』と言ってやるがいい。」』(マルヤム章24〜26節)

マルヤムはマスィーフ・イーサーを見ました。
彼女は、生まれてきたイーサーが彼女に悲しむのを止めるように言うのを聞きま した。そして、美味な果実が彼女のところに落ちてくるよう、ナツメヤシの幹を 揺すり、食べ且つ飲んで心を平安と喜びで満たし、何も考えないで、もしも誰か を見かけたら、「私は慈悲深い御方に斎戒の行を捧げているので今日は誰とも話 しません」と告げて、後は彼(イーサー)に任せるように、と言うのを聞いたの です。

マルヤムがその幹に触れるや否や、美味なナツメヤシの実が落ちてきました。そ こで彼女は食べ且つ飲み、生まれてきた子を自分の服の中に包みました。

マルヤムは、人々にどうやって向き合うかわからないまま彼らの許へ帰りまし た。そして彼女が町の中程に差し掛かると、人々はすぐに、彼女が赤ん坊を抱え、 その子を胸に抱いてゆっくりと歩いているのに気がつきました。

そこでユダヤ人たちは彼女に尋ねました。 —これは誰の子なのか、マルヤムよ?何故あなたは答えないのか?これはあなた の子に違いない。あなたは処女なのにどうしてこの子はもたらされたのか?—

『「・・・ハールーンの姉妹よ、あなたの父は悪い人ではなかった。母親も不貞 の女ではなかったのだが。」』(マルヤム章28節)

するとマルヤムは指でイーサーを指し示したので、人々は驚きました。彼らは、 マルヤムが無言の斎戒をアッラーに捧げており、その子にどうやって来たのかと 尋ねるよう求めているのだとわかりました。しかしユダヤ人の首長たちは、「生 まれて数日しか経たない赤ん坊にどうやって問いかければよいのだ、赤ん坊がお くるみの中で話すのだろうか?!」と口々に言い、マルヤムにこう尋ねました。 「どうして私たちは揺り籠の中の赤ん坊に話すことが出来ようか。」
すると赤ん坊のイーサー自身がこう言ったのです。

『・・・「私は本当にアッラーのしもべです。かれは啓典を私に与え、また私を 預言者になされました。

またかれは、わたしが何処にいようとも祝福を与えます。また生命ある限り礼拝 を捧げ、喜捨するよう、私に御命じになりました。

また私の母に孝養を尽くさせ、高慢な恵まれない者になされませんでした。また 私の出生の日、死去の日、復活の日に、私の上に平安がありますように。」』 (マルヤム章30〜33節より)

イーサーが話し終わるや否や、占い師や修行僧たちの顔色が変わりました。彼ら は自分の目の前で奇跡が起きるのをじかに見たのですから。

—この赤ん坊は揺り籠の中で語り、父親なしでもたらされた。そして彼は、アッ ラーが自分に啓典を与えられ、預言者になさったのだと言う。—

それは、彼らの権力が地に落ちようとしていることを意味しました。この子が成 長すれば、彼らはみな価値のない者になってしまいます。人々への赦し(懺悔) を商売にしたり、自分が天から遣わされた慈悲であると主張したり、自分が聖法 に関して暁通する唯一の者だとして人々を支配することも、彼らにはもうできな くなるのです。

ユダヤ人の占い師たちは、この赤ん坊の誕生がもたらした自分たちの不運を感じ ました。イーサーの到来は、人々がアッラーのみに崇拝を捧げる信仰へ戻ること を意味したからです。

そこでユダヤ人の修行僧たちは、イーサー誕生の物語と彼が揺り籠の中で話した ことを隠し、大きな虚偽によって処女のマルヤムに疑いをかけました。彼らはマ ルヤムにふしだらな行いの疑いをかけたのです。彼女の子が揺り籠の中で話すの を自分たちの目ではっきりと見たというのに。

それからやがてイーサーは成長し、彼に啓示が下りました。
アッラーは彼が30歳の時にインジール(福音)を下され、イーサーの手によっ て数々の奇跡を現わされました。偉力並びない主は聖なる書の中で、イーサーの 奇跡についてこう仰せられました。

『主は啓典と英知と律法と福音とをかれに教えられ、

そしてかれを、イスラエルの子孫への使徒とされた。(イーサーは言った。)
「私は、あなた方の主から、印を齎したのである。私はあなた方のために、泥で 鳥の形を造り、それに息を吹き込めば、アッラーの御許しによりそれは鳥にな る。またアッラーの御許しによって、生れつきの盲人や、らい患者を治し、また 死者を生き返らせる。また私は、あなた方が何を食べ、何を家に蓄えているかを 告げよう。もしあなたがたが(真の)信者なら、その中にあなた方への印があ る。

私はまた、私より以前に下された律法を実証し、またあなた方に禁じられていた ことの一部を解禁するために、あなた方の主からの印を齎したのである。だから アッラーを畏れ、私に従いなさい。

本当に私の主はアッラーであり、またあなた方の主であられる。だからかれに仕 えなさい。これこそは、正しい道である。」』(イムラーン家章48〜51節)
・・・続く。



執筆:ヌーラ アッダハマシ

                

(→バックナンバー
(→週刊アラブマガジンのトップ


 
↑UP↑

前に戻る


アラブマガジンへもどる

アラビア語カフェ | アラブ イスラーム学院 | サイトマップ | ヘルプ



2006年 アラブ イスラーム学院