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巡礼はイスラームの五行と言れるものの最後で、一生に一度の義務です。一
方、礼拝は毎日五回、断食は一ヶ月、喜捨は一年に一回の義務です。
その巡礼では大変な数の人たちと一緒の白装束で、あたかも最後の審判に臨む
ような場面に臨みます。また人類の祖アーダム以来の所縁の聖殿を訪れ、アッ
ラーとの契約を更め、実際に啓示の降ろされた場所などを巡るという、人生また
とない衝撃の瞬間を通過します。
また長時間の堅忍辛苦の時間を多数の人々と過ごすことにより、人間としての
協力の精神、同胞愛、犠牲心、団結心、忍耐力そして平等感を涵養する良い機会
になることも間違いありません。
以上は言わば総論ですが、もっと庶民的な感覚からも色々の功徳が伝えられて
きました。クルアーンにはそれについても少し言及されています。
「それは自らの(現世と来世の)御利益(ごりやく)に参加し、……それからか
れらの必要な儀式を終え、誓いを果たし、そして古来の家(カアバ)を、タワー
フしなさい。以上(が巡礼の定め)である。アッラーの神聖な(儀式)を遵守す
るものは、主の御許では最も善い者である。……」
(巡礼章22:28−30)
「主の恩恵を求めて祈(り巡礼中に商売す)るのは、あなたがたにとって罪では
ない。……かれがあなたがたのことを思って導かれた様に、あなたがたもかれを
念じなさい。」
(雌牛章2:198)
クルアーンの中では功徳については以上の言及しかないのですが、一般信者へ
の教えとしては、預言者伝承や数多くの知識人によってさらに増幅され流布され
ることとなりました。
その筆頭に上げられるのは、巡礼中に亡くなった人たちは、天国へ行くことが
約束されていると言います。天国行きについては幾つかの預言者伝承に出ていま
すが、以下の伝承は高名なイスラーム神学・法学者アルガザーリー(西暦1111年
没)の選んだものです。
「敬虔な巡礼はこの世のあらゆるものより良い。それには、天国という報奨があ
るだけだ。」
「二聖地(注:マッカとアルマディーナ)のいずれかで亡くなった場合には、最
後の審判は受けずに天国行きが命じられる。」
「断食直後、戦闘直後、そして巡礼直後に亡くなった者は、殉教者である(注:
そしてそのまま天国へ行き、アッラーの近くに侍ることとなる)」
「大と小の巡礼者は、崇高なアッラーの団体訪問客で、お願いすれば与えられ、
お許しを請えば許され、祈れば応答があり、嘆願すればそれが通るのだ。」
「マッカには一日のうちに120のアッラーの恵みが下りてくる、その中の60
は回巡する人たちに、40はそこで礼拝する人たちに、残る20はそこで見てい
る人たちに。」
「マッカに巡礼する人たちは、天使が出迎える。ラクダに乗る人たちには挨拶
し、ロバに乗る人たちには握手し、徒歩の人たちを抱きしめて。」
アリー・ブン・ムワッファクという人が預言者に代わって巡礼することがあっ
たので、預言者は言いました。
「それについては最後の日に報奨してあげよう。あなたの手を取って、天国に入
れるようにしよう、他の人には厳しい審判が下りるとしても。」
(注:アルガザーリーはこれも引用しているが、この伝承は信憑性の薄いとされ
るサーヒブ・アルイラーキー伝)
マッカとカアバ聖殿の功徳についても見てみます。同じくイスラーム神学・法
学者アルガザーリーに従い、幾つかの預言者伝承を引用します。
「アッラーはこのカアバ聖殿を毎年60万人が巡礼すると約束され、またそれよ
り少ない年には、天使でその数を満たすとされている。カアバ聖殿に人が集まる
のは、行列して練り歩く花嫁に人が群がるようなものだ。巡礼者は凡て、カアバ
聖殿に掛けてある幕にすがり、それでもって天国に行くことを祈念している。」
「黒石は天国の宝石だ。それには二つの眼と舌があり、復活の日には、誰が誠心
誠意に接吻したかを物語る。」
「アッラーは毎夜、大地の人を見られる。最初に見るのは、マッカの人、次に
マッカのうちで見る人は、聖マスジドにいる人たち。そしてその内、回巡してい
る人たちは許され、また礼拝している人たちも許され、さらにカアバ聖殿に向
かって立ち尽くしている人たちも許される。」
まだまだありますが、以上でかなり感じはつかめたかと思います。これらの
様々な思いを込めて、数百万の信者が世界から集まると思うと、イスラームの力
を改めて実感させられます。
筆者:アミーン 水谷
アラブ イスラーム学院研究者
(2007年10月2日更新)
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