巡礼物語
 

【マッカ市の名所旧跡】

マッカ北6キロにあるヒラー山(筆者撮影)



 マッカとアルマディーナの二聖地にある名所旧跡を訪れることは、巡礼の際に 普通に行われます。有名で誰でも訪れたい所ばかりです。


ア. マスジド

 聖マスジド以外で有名な所を紹介します。建物は凡て現代風になっています。

  • マッカ市内東北側にあるマスジド・アルラーヤ(旗)は、預言者ムハンマドが 630年マッカ解放直後に礼拝した場所に、同年建造されました。

  • マスジド・アルジンはジン(幽精)章(72)が降ろされた場所に建造されま した。預言者が礼拝した際に誘惑するジンが集まったのですが、やがて彼の言う ところを聞き入れてムスリムとなったとされます。

  • マスジド・アルイジャーバ(回答)は、預言者ムハンマドがヒラー洞窟にしば しば足を運んだ当時よく立ち寄って礼拝した場所に、ヒジュラ暦720年建設さ れました。

  • マスジド・アルバイア(盟約)はミナーのアカバ谷の近くで、そこで620 年、アルマディーナからの支持者(アンサール)たちが、預言者ムハンマドに従 う盟約(バイア)を立てました。

  • ミナーで現存しないマスジドとして、マスジド・アルカブシュがミナー北側の 山中、預言者イブラーヒームが息子イスマーイールを供犠にしようとした岩の上 に建てられていました。

  • マスジド・アッタンイームはマスジド・アーイシャとも呼ばれ、632年、預 言者の妻アーイシャが彼の命により小巡礼することとなり、そのためにマッカか らタンイームまで出てきて改めて沐浴・禁忌した所です。

  • マスジド・ナミラは巡礼月アラファの日、預言者が洗浄、休息した場所にあり ます。東側にある入り口はアラファの範囲内ですが、堂内西部分はその範囲外と 認定されています。ヒジュラ歴150年創建です。

  • マスジド・ムズダリファは上のマスジド・ナミラから西7キロの地点で、昔は 野原だった所に建てられ、その広大な駐車場は巡礼月10日、同地での野営に使 われます。

  • マスジド・アルハイフはミナーにある現在も中心的なものですが、預言者ムハ ンマドが別離の巡礼の際、テントを張った地点に建てられました。
  • イ. 生誕地
     預言者ムハンマド生誕の地がマルワにあります。これはその父アブド・アッ ラーの家でした。今は名前だけマッカ市の図書館という名に様変わりして、それ を訪れるようなことは預言者自身が戒めたという説明が張ってあります。
    ウ. 山
     マッカ周辺の山は荒涼とした岩山ばかりです。

  • マッカのすぐ東側にあるアブー・クバイス山は、この世で初めて創られた山だ といわれます。そこにはアーダム、ハウワー、息子のシャイスの墓があるとも言 われます。

  • ハンダマ山は、アブー・クバイス山のすぐ後背にありますが、70名の歴代預 言者たちが埋葬されていると言われています。

  • マッカから北東約5キロの所にそそり立つ岩山が、ヒラー山です。その頂上の 南西側にあるヒラーの洞窟は、預言者ムハンマドに最初の啓示が下ろされたとこ ろです。巡礼者たちが争って訪れますが、本来神聖視されるべきものではないと 言う断りが山の入り口に書かれています。

  • マッカ南方約3キロの地点にあるのが、サウル山です。ここは預言者が教友 アブー・バクルと共に、622年、アルマディーナへ向けて聖遷(ヒジュラ)す る際、クライシュ族の追っ手をはぐらかすため潜んだサウルの洞窟があるところ です。その洞窟では、蜘蛛が巣を作り鳩が卵を産み落として、人が近づいたはず はないと思わせて、敵の目をくらませたと言う伝えが残っています。
  • エ. 墓
     マッカ北の市街地には、アルムアッラーという名前の墓場が広がります。そこ はイスラーム以前からマッカ市民の墓場として使われ、多くのイスラーム指導者 たちも葬られてきました。多神教徒たちの遺体を掘り返して他の場所に移して、 ムスリムと区別した人もいたとの話も残されています。しかしほとんどは崩壊し 土漠に返り、どれが誰のものかは判明しないのが大半です。

     以上のほかに、マッカの旧跡として挙げられるのには、学校の他、土地柄を反 映して井戸、泉(特に規模の大きいズバイダの泉はアッバース朝時代に敷設され た配水施設で、アラファからムズダリファを通ってマッカまで達する、巡礼者用 のもの)、水飲み場(サビール)などがあります。

     更には、正統ハリーファが使用したクルアーンであるとか文献資料(在マッカ の二聖地図書館はヒジュラ暦160年創設、現在は約6千件の写本など歴史上の 指導者たちの書簡なども含まれる)を考えると、町全体が宝庫である姿が浮かん できます。文字通り、世界的文化遺産の集積です。大学としては有名な、ウン ム・アルクラー大学が右図書館の近くにあります。


    筆者:アミーン 水谷
    アラブ イスラーム学院研究者

    (2007年11月13日更新)

                    

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