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1.差別のない社会をめざして
クルアーンに"男は女よりも優れている"という一節があるという。"何て失礼な!私より出来の悪い男は山ほどいるではないか!女性蔑視にも程がある!"と憤慨する女性がたくさん居られることだろう。かくいう私もつい最近までその一人であった。
半世紀余りの人生の中で、かつて私は何人かの異性を好きになった。スポーツが得意だったり、勉強が出来たり……つまりよく考えてみると、私よりも"優れている"とその時の私には思われた人達である。それは、自分とは異質な自分よりも"優れた"者に対する憧れだったかもしれない。もしも世の中に、私よりも"優れている"(=素晴らしい)と私が思うことのできる異性が存在しなかったなら、私は異性に魅力を感じることも、関心を持つこともなくなってしまうだろう。(実際、私のような出来の悪い女と同程度かもっとひどい男ばかりの世界なんて考えただけでもゾッとするではないか!)何がどう"優れて"いても良いのである。とにかく私にとって異性(男性)は私(女性)より"優れて"いる方が素敵だし楽しいのである。こんな風に考える女達の数の分だけ"男は女よりも優れて"いてくれなくては困るのである。現実に、運動能力等のいくつかの点で"男性が女性よりも優れている"という一般的な傾向があることは、それを望む女性がいる限り極めて自然なことなのである。雌に望まれない雄は子孫を残すことができない……自然の摂理である。
一般に女性には、男性がどうあがいても持つことの出来ない大きな能力がある。子供を産み乳を与える力である。人類にとって余りにも重大で根源的な能力の故に、女性の存在価値がこの一点にのみ存在するかのように誤解し、錯覚してしまう人達がいる。しかしながら、女性の能力はこのことのみに留まらないのである。本当に多種多様な分野で、素晴らしい資質を花開かせている女性達が何とたくさんいることだろう!同時に、男性に安らぎを与え、その力を発揮させる手助けをしている女性達が何と数多くいることだろうか!女性の資質はこんなにも多様で豊かなのである。もしも女性が一人残らずいなくなってしまったなら……そんな世の中を想像してみるとき、"優れた"男性なら、もっと女性の存在に感謝しなければならないし、もっと女性を尊重しなければならない、ということに気づくだろう。
それにもかかわらず、多くの女性達は遠い昔から、世界中の至る所で、その能力を過小評価され、男性よりも劣った存在として軽んじられてきた。こうした差別や偏見は何も女性に限ったことではない。この差別の原因は、性差や個々人の資質の差異そのものにあるのではない。人間個々人の持つ差異に都合のよい線引きをし、枠にはめ、差異を差別に結びつけてしまうところに問題があるのである。自分とは異なった者たちを尊重し、助け合うことが出来るなら、その人たちの間に差別などあるのだろうか?個々人の差異は社会の豊かさを生み出す源である。多種多様な生物の存在によって自然界が豊かであるように、多種多様な個々人が存在することによって人間社会も又、豊かになれるのではないだろうか?
何千年にわたる男性主導の(力が正義であった)人類の歴史の中で、力を手にした者たちの思いあがりと傲慢な心、身勝手な都合によって、非力な者たちは男女を問わず差別され、虐げられ、翻弄されてきたのである。この力による支配の末路が、現在の世界の有様である。けれども、もう力で他者を支配、抑圧し続けることなど出来ないという事も、次第に明らかになりつつある。今、世の中は急激に変化しつつあるのである。差別のない公平な社会を望む人々は勇気を持って声をあげなければならない。社会の至る所で、"これは差別である"、"それは不公平である"と。何故なら、人々の中には、自分が他者を差別していることに気づかない人達がいるからである。又、中には"人間の社会はもともと不公平であり差別など決してなくなりはしない"と信じる者、さらに"人間には優劣があり、優れたものは劣ったものを差別、支配して当然である"と考える傲慢な者たちさえいる。差別のない社会を願わない人達である。
一人の人間が、時には差別する者となり、時には差別される者となる、という複雑な人間社会の中で、長い間人々はそれぞれの差別と闘ってきた。けれども今、差別のない社会を願う人々は、力を合わせることが大切である。社会のあらゆる不公平や差別と闘う為に、性や、民族や、宗教を越えて人々は一致できるはずである。差別のない公平な社会を願う世界中の何十億という人々が声を合わせれば、不可能を可能にしてしまうほどの大きな力になるはずである。何十億という数の蟻の群れがひとたび行進を始めれば、巨大な獣をも一瞬にして屍にしてしまうことが出来るように……。理不尽な支配や差別をもうこれ以上許さない為に、不当に虐げられてきた人々の尊厳をとり戻す為に、個々の人々の多様な能力が十分に発揮され公正に評価されるような社会をつくり出す為に、今、各人が自分に何が出来るのかを考え、実行すべき時に来ているのではないだろうか。
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