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1.出身と学問的背景:
アラブの科学者アルビールーニーについて紹介しましょう。
西暦973年、ムハンマド・ビン・アフマド・ビン・アルビールーニーは、その名が表すとおり、フワーリズム地方のビールーンで生まれ、1048年頃没しました。母国語はペルシャ語であったにもかかわらず、アラビア語を学問に適した言語とみなし、その著作もアラビア語で書かれています。彼はイスラーム世界における偉大な科学者・博学者の一人であり、アラビア医学の碩学イブン・スィーナー(西暦980〜1037年)の友人だったとも言われています。
アルビールーニーは、早くから優れた教育を受ける機会と環境に恵まれていましたが、それに加えて多くの地域を旅し、新しい伝聞や知識を吸収して、更に幅広い知識を構築しました。そのため彼が長じた学問は、三角法や数学、地理学や天文学、それに物理学、医学、歴史学など、大変多くの分野にわたるものでした。
2.学問的業績:
アルビールーニーは、数学や天文学、そしてその2つに関連するデータ計算や実験、そして観察・観測器具の製作のための研究を重ね、それを地理学の研究に用いました。また当時のイスラーム世界の地理学者は、既に広範囲に及ぶ地域の情報を豊富に持っていたため、アルビールーニーはそれらの情報も自分の研究に役立てました。それらのムスリム地理学者の中には、当時ほとんど知られていなかった地域、例えば赤道の南緯20度に位置するような地域について記していた学者もいたと言われています。
またアルビールーニーは、実験観察や既存の学説を通して学問的事実を得ただけではなく、対象としている地域へ実際に行き来する商人や旅行者たちからも、学問的に役立つ貴重な情報を得ていました。やがてこうして収集した南半球の地域に関する情報に基づいて、彼は赤道の南に位置する多くの地域の存在を確認し、北半球に住む自分たちが夏を迎える時に、それらの地域では冬を迎えるという事実を知りました。
そのような数々の確認は、後にもたらされる彼の学問的発見の基礎となり、やがて彼は、水平から66.5度の地軸の傾きと、地球の自転とによって、四季がもたらされるのだと認識するようになったのです。
また彼の地理学書の中には、バルチック海や白海、そしてスカンジナビア半島の住人であったノルマン民族についても記されています。そして著書の一つには、大西洋を航海していた船員たちが、陽の沈まない地域へたどり着いたという伝聞を載せ、その船員たちが、北半球が夏の時期に北極圏に入っていたということを表しました。
アルビールーニーの有名な著書には、古代諸民族の暦法を扱った「過去のなごりの書」や、星に関する知識を扱った「星学入門」、またインド研究の「インド史」、海洋学について著述した「アルマスウーディーの法則」などがあり、この広範囲にわたる著述こそが、彼の博学を物語っているのです。
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