日本のシンドバッド
 

【湾岸諸国篇】
 

湾岸諸国。最近ではリゾート地としても特にデュバイが注目されているが、この一帯はどうも苦手とする地域だ。もともと貧乏バックパッカーあがりなので、物価が高いという時点で敬遠しがちとなる。また無機質な高層ビルが乱立しているのを見るとどうも興ざめしてしまう。一体ここはどこなんだろう?そう自問したとしても答えは当然「アラブ」であり、それがまた現在のアラブ産油国の現実であることに間違いはないのだが。

そんな地域に来ても高級ホテルなどと縁がない私は毎度ユースホステルのお世話になっている。バハレーンのユースホステルはちょっとひなびているが、中心地マナーマから5キロくらいと比較的近距離にありなかなか便利なところだった。だが5キロとはいえ、歩いたら約1時間かかる。1日に10本程度しかないバスの時刻表はしっかり記憶せねばならない。特に終バスを逃すと5キロを歩くかタクシーを使うかという事態になる。バス代は50フィルス(約15円)なのに、タクシーだと1〜1.5ディナール(約300〜450円)もするので、バス代の20倍も出してタクシーに乗る気にはどうもなれなかった。バスは出稼ぎインド人、パキスタン人、フィリピン人等でいつも盛況である。もっとも市街地からユースまで、夜、海風に当たりながら海岸沿いの道を歩くのも悪くはない。まあ私は春にしか行ったことがないので、それが可能だったのだろう。聞くところによると真夏の暑さは天然のサウナ状態だという。またここでは出稼ぎ労働者向けのインド食堂で食事を取るのが常なのだが、だいたいチキンにビリヤニ、パサついたサラダにスープといったメニューである。しかも必ずといっていいほど食べきれないほどの量を出され、かつて意地になって一皿平らげたら足りないと思われたらしく、おかわりをまた「でん!」と出されたことがあり、それ以来必ずいくらか残すようにしている。

片やアラブ首長国連邦、デュバイはバハレーンをもっと洗練させたような雰囲気で町の規模も大きく、かつゴージャスな感じがする。やはりそれは国力の差なのだろうか。ユースホステルにしても新館・旧館と分かれていて、新しい方に関しては中級ホテル並みの設備で主に非アラブ人、あるいはサウジ人が泊まっていた。古い建物にはスーダン人、チュニジア人、エジプト人などが多く泊まっていて、滞在の理由は病気の治療のためだったりトレーディングのための物資の買い付けだったり。私が宿泊する上では断然後者の方が好きだった。それほどアラビア語が上手なわけではないが英語よりは得意であり、またもともとのアラブ贔屓も加えると一緒にいて楽しいのはやはりアラブ人ということになるからだ。

そしてデュバイには運河が走っており街を東西に分断している。ここを「アブラ」と呼ばれる渡し舟が行き来していて乗客が20人ほど集まると出発するのだが、地元アラブ人が妻を連れて渡るときには一艘まるまる借り切り乗客は二人だけ。こういった場面を時々目にした。まあ金持ちアラブ人にしてみればそれくらいの出費は痛くも痒くもないというところか。またそうすることが彼らの日常の側面だとも言えよう。それにしても地元のアラブ人はあまり見掛けない。強いて挙げればショッピングモールの中くらいか。一体彼らはどこでなにをしているのだろう。

それから両国を通じて普段接するのは出稼ぎ労働者ばかりである。彼らにとっても国を離れるというのはどうやら都合がいいらしい。バハレーン在住の日本人に聞いたのだが、国を離れれば彼ら自身の民族や宗教というのはあまり関係なくなり、そういったしがらみから解放されるというのだ。例えばインドではカースト制が廃止されたとはいえ、その風習がまだ根強く残っているわけで、こちらに滞在している限り自由に生活できるといったところか。

さて。アラブ首長国連邦から南に足を伸ばし、オマーンに行くと状況は変わって、のどかな雰囲気なのだ。首都マスカットではデュバイにあったような高層建築物は存在しない。また出稼ぎ労働者も多くいるものの、ここでは一般オマーン人が普通に仕事をしているのをよく見掛けた。オマーンではマスカット、スール、サラ−ラと、海の町を訪れることが多く、特にスールでは仲良くなった少年、ムハンマドと船で釣りに出掛けたりした。だが不慣れなことはするべきではなく、船酔いのためフラフラになってしまったものだ。そしてひとつ不思議だったのは、地理的にはとても離れているのにかかわらずオマーン南部におけるアラビア語の方言が、エジプトの方言と多少似ているということである。これらの地域では正則アラビア語で「ジーム」と発音するものを「ギーム」と発音するのだ。この話を知り合いのアラビア語学者にするとセム語の起源の発音は「ジーム」でなく「ギーム」らしいとのことだった。

それにしても湾岸のアラブ諸国。これからどのような形で変わっていくのだろうか。この先もちょくちょく足を運ぶ機会があると思うので、その変貌というのをしっかりと見ておきたいものだ。

執筆:石和田 宏志
アラブ・イスラーム学院卒業生

                

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