アラブサッカーに恋して
 

【知られざるアラブ・イスラーム的フットボール】
 

2006年ドイツ、世界中のサッカーファンが熱狂し、テレビの前に釘付けになる1ヶ月がやって来ます。ワールドカップは、4年に1度だけ、小さなボールを蹴ることで祖国の威信と誇りをかけ、国民の代表となった若者達がその力を競い合います。世界中のどの国でも、本大会に出場できるわけではありません。欧州、南米、アフリカ、北中米カリブ海、オセアニア、そしてアジア。各地域を予選通過した強豪国のみが、頂点を目指す権利を与えられます。

そのアジア予選、日本の前にいつも宿命的に立ちはだかるのは、他でもない、中東諸国。93年、W杯アメリカ大会出場、あと一歩のところで日本の夢を打ち砕いた“ドーハの悲劇”は、あまりに有名ですが、対戦相手はイラクでした。97年、日本が悲願のW杯初出場を決めた、“ジョホールバルの歓喜”。こちらはイランと戦いました。
2002年、日韓共催大会は、ホスト国として日本は予選免除されましたが、サウジアラビアは、3大会連続出場を果たしています。そして今年、ドイツW杯アジア最終予選、やはり日本を苦しめるのは中東サッカーの長イランと、湾岸サッカーの新鋭バハレーンになりました。

最終予選はアジア一次予選を通過した8カ国が2グループに分かれ、各グループ上位2チーム、合計4チームが本大会に出場します。日本のグループは、イラン、バハレーン、北朝鮮がいますが、韓国を含むグループAには、サウジアラビア、クウェート、ウズベキスタンとなりました。この狭き門の中に、中東、イスラーム諸国が5カ国もあるのですが、日本の中で中東サッカーの実力、歴史は以外にも知られていません。


執筆:渡邉真由子
フリーライター


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