アラブ社会
 

【サウジアラビア王国における女性の車の運転】


私はサウジアラビア王国における女性の車の運転に関する、実に沢山の文章を読 んで驚くに堪えない。そこにはサウジアラビア王国で女性が運転することが禁止 されていることに関する批判・否定から、この問題を人権侵害と結びつける試み まで多岐に渡っている。私はこのテーマに関するやかましい大騒ぎと、人々の関 心に驚愕を隠せない。特に彼らはサウジ人自身でもないというのに・・・。

さてまず初めに、このテーマに入る前にいくつかの事実を述べることにする。最 初に:私はサウジで育ったサウジ女性で、自由を標榜し、女性に車の運転を認め る沢山の国々を来訪している。現在は日本在住。そして私が厳格でも過激な方で もなく、むしろ人々は私を必要以上に理性と現状に則し過ぎると非難をしている 事実を知って頂きたい。このようなことを言うのは私の潔白さの表明やいかなる 策謀のためでもなく、ただ読者の皆さんがこの文章を読むにあたって、どのよう な人物がそれを執筆しているか知ることで、余計な疑念などが生じないようにす るためである。

さて本題に戻ろう。人々、特に欧米が飽きることなくあらゆる場所で投げかける 質問、それは「なぜサウジアラビア王国は女性に車の運転を禁じるのか?」であ る。
この事について客観的に話すため、質問者の意図が悪いものではないと仮定しよ う。私は大きく微笑んで彼らにこう言う。「私たちへのご関心ありがとうござい ます。あなた方は全ての人々の重荷を背負い、女性の解放を願う素晴らしいヒュ ーマニストの方々です。あなた方はサウジ人女性の車の運転の問題にまで、大き な関心を払って下さっているのですから。
でもここであなた方に質問させて下さい。“あなた方はこの問題において女性の 未来を憂えています。でも果たしてこのような問題を取り上げるに至る前に、全 世界における全ての女性問題を解決されたのですか?”そして質問をもう1つ。 “このような気苦労を払ってまで女性に運転免許を与えようとする、その素晴ら しい価値観とは一体何ですか?”私にはまだ質問があります。“全世界の女性に 運転免許を与えることにあなた方は懸命になっていますが、それは目的ですか? それともそれ自身何らかの手段なのですか?沢山質問してしまい申し訳ありませ んが、最後の質問をさせて下さい。あなた方は全世界の女性の状況を少しでも御 存知ですか?”」

親愛なる読者の皆さん、これらの問いには私自身に答えさせて頂きたい。全世界 の女性は暴力やレイプなどの身体的権利侵害に遭っていますが、公的報告書によ れば一般的な先進国ほどその被害率は高いのである。欧米の様々な分野における 職員、看護婦、店員などが女性であることはご存知だろうか?それは女性の給与 が同じ職務の男性のそれより少なく、時にはその半額近くで済むことによるため なのだ。またユネスコの統計によれば、売春業に従事するマフィアは900万人 以上の女性を徴用しているが、その95%は強制、あるいは本人の望まないもの であることはご存知だろうか?これが簡潔な、世界の女性の置かれている状況な のである。
それでは人々がその問題について取りざたし、その擁護者を買って出ているアラ ブ人女性たちはどうであろうか・・・?現状に比して、彼女らの被っている真の 問題とはどこにあるのだろう?アラブのある国の裁判所が、「非公式な妻」から もたらされた認知問題や養子問題が12000件もあると伝える公的報告を、彼 らは知らないのだろうか?また別のアラブ国は未婚の母の数の深刻な増大を訴え ており、その直面している問題と将来的にもたらされると見られる問題が、社会 的に大きな悪影響を及ぼしていることを知らないのだろうか?また別のアラブ国 は売春業において世界第3位の規模に至っており、その衰退の影が見られないた めに、ユネスコによって経済制裁の脅迫を受けている。殺害と住居破壊などの被 害に遭い、たった数時間で夫も住居も失ったパレスチナ女性について、彼ら「人 権擁護者」はどこに身を隠してしまったのだろう?残念ながらこれが現状であ り、アラブ世界の女性たちが直面している悲劇のいくつかであり、全てではない のだ。
それでは一体女性に運転免許を与えたところで、それが魔法のランプのようにこ れら全ての問題を解決できるだろうか?私には次に述べる観点から、到底そうは 思えないのだ。
親愛なる読者の皆さん、ここで1つ述べさせて頂きたい。アラブ世界の女性が 被っているこれら苦々しい現状の中で、サウジ人女性はこれらの悲劇や屈辱から 程遠く免れているのだ。問題が全くないとは言わない。問題のない鳥の巣などな いのだから。しかしサウジにおける女性の問題が、他の欧米諸国、あるいはアラ ブ諸国において女性が直面している問題とは比にもならないくらい微々たる物で あることは、確信をもって言おう。サウジ人女性は家庭レベルで、そして国家レ ベルで、非常に貴く、大事にされ、尊厳に溢れた存在だ。そして他の女性とは一 線を画す、丁重な扱われ方を受けている。まず女性であることで公的機関におい て特別な待遇を受け、女性であることで辛く汚い仕事をしなくても済む。また女 性であることで尊重され、一層の配慮を受けている。男性と女性は医者、教師、 職員など、国家のあらゆる分野において同等の立場を有し、同等の権利を受け る。ある人々は私がサウジ人女性について根も葉もないことを言って、余りに良 い印象を創り出そうとしているとか、あるいは余りに大袈裟すぎるとか思われる かもしれない。しかしイギリスの女性作家アンネ・ロワルドがサウジを訪問した 後に執筆した文章を読まれれば、そういった思いもなくなるかもしれない。彼女 はサウジを訪れていたく感銘したという。彼女はサウジ社会が高い模範と価値観 に満たされており、そこで女性が大事にされ、尊重され、特別な配慮を受け、女 性の神聖な立場を享受しており、危険や侵犯などからは程遠い穏やかな生活を恵 まれていると感じたというのだ。彼女はこう書いている。「イスラーム教徒の女 性たちのように、慎ましく、守られ、夫や子供たちから大事にされたらどんなに よいことでしょうか?」
女性問題に関心のある皆さん、車の運転は1手段であって、決してそれ自体が目 的ではないのだ。それに本来値する以上のスポットを与えるべきではないだろう。 そしてご存知頂きたい。サウジ女性は他の女性にはない特権を享受している。 つまり必要なことはやってもらえるので、自分の身の回りのことをしているだけ で十分だし、父親であれ兄弟であれ夫であれ、自分の責任を負ってくれる当事者 がいることで楽をしていられるのは本当に素晴らしいことなのである。例えば彼 らは私の頼んだ物を買って来てくれ、また私の荷物を持ってくれる。また彼らは 私の行きたい場所に送り届けてくれるし、好きな時間に迎えに来てくれる。私が その関することといえば、車に乗って目を閉じているだけか、あるいは本や雑誌 を取り出して読み耽るか、あるいは彼と話しているかするだけなのだ。早朝は母 親はベッドに静かに寝ているか、あるいはソファーに横たわっているかで、父親 が子供たちの責任−つまり彼が彼らを学校に送り届けたり、迎えに行ったりする 役目を負うので、彼女は家で楽にしていられる−を負ってくれる。その一方別の 国では、女性が運転免許などというものを持っているがために夫は家庭や子供た ちへの責任の一部から解放され、それを女性の肩に押し付けるのである。

さて最後に。サウジで女性の運転が禁止されているのは、ある者たちが思ってい るように、宗教的禁忌に由来するものではない。全ての社会にはそこに根付いた 習慣というものがあり、ある者はそれを固守し、またある者はそれをもっと安い 物と買い換える。そしてまたある者はよく考慮することもなく、それをより劣る 物と交換してしまうのだ。
私はと言えば、サウジ国外に滞在していたことから運転免許取得のチャンスは何 度もあったが、そうする気は起きなかった。その気持ちは変わらないし、これか らもそのような考えは拒否するだろう。このような考え方は特に私に限ったこと ではなく、多くの人は慣れ親しんだ快適な生活を捨て、敢えて大変な生活を選ぶ ことを拒むのではないだろうか?

最後に、サウジでの女性の地位について厳しい評価をする方々、及びそこに疑念 を投げかけ、根も葉もない言明をするような方々に向けて言おう。「知って下さ い、親愛なる人よ。サウジ人女性には、世界のあらゆる女性の慣習を真似するこ との出来る、十分な力と必要最低限の抵抗力が備わっています。というか、事実 サウジ人女性は強いのです。そこで質問します。世界のどこの女性がサウジ人女 性のようになれるでしょうか?」


筆者:ラシャー マンスーリー
アブドルアジーズ国王大学元研究員

                

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