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1.はじめに
最近世界レベルでテロリズムの話が聞かれるようになった。テレビをつければ
テロリズム、ラジオをつければテロリズムで、人が集まればこの話題が出るよう
になったし、子供たちが遊ぶ時にまでこの言葉を使うようになってしまった次第
である。そしていつでもどこでもテロリズムが語られる折には、サウジアラビア
の名が言及されるのだ。サウジが世界中からテロリストの第一の温床として告発
されているのは、誰もが知っていることだろう。
このテーマは実際のところ、私が扱うには大き過ぎ、かつ危険過ぎる。しかし
私はこのテーマについて論じる事は出来るし、このテーマを人々とは少し違った
角度から読者に投げかけたいと思っている。私はこのテーマに政治的・党派的分
析をもって突入するつもりはなく、その動機や理由、対策についての議論をする
気もない。そして思想の正誤についてもここでは立ち入らないことにする。
ただ私は文章を用いて、サウジアラビア王国のテロリズムの現状を単純に説明
したいと思う。そしてサウジの政府や国民の習慣や法律がそこに根付くところの
いくつかの社会的・宗教的事実を明らかにしよう。告発されている祖国の現状
と、テロリズムの真実を簡単に比較できるよう、私は主たるポイントを取り挙げ
ることにしよう。その後は読者の皆さんに判断をお任せすることにする。
実際のところ、私はサウジにおける女性の現状について特に沢山の文章を書い
てきた。そしてそこにおいて簡潔な形で、女性には権利と義務があることを書い
たと思う。私がこのようなことを言うのは、次に書くことがいかなる形であれ前
出したことの繰り返しにはならないことを知ってもらいたいである。そして私が
望む結論にあなた方を導くには、話を最初から始めなければならないだろう。
まず最初に、詳細について話す前に、このシリーズではその行動において真実
から背き去った少数派の人々の存在を否定していないことを明らかにしなければ
ならない。そして極端な思想を持った人々やテロリストの存在も、否定してはい
ない。私たちは、ある人々の罪悪ゆえに全員をそう判断するべきではないことを
知っている。そしてその国土にそのような集団が存在するゆえに、ある社会や国
をひとからげに判断してしまうのは正しくないであることも。私が最初に語りた
いのは―その続きはまた次回になるが―:サウジアラビアは法律とイスラーム的
秩序を有しており、それらを国民の間に根付かせようと努力しているということ
である。そしてそれが根付くことで得られる結果というものは平安と安寧の良い
暮らしであり、そこには心配や貧困、果てはテロリズムや過激主義なども存在し
ないのだ。
サウジの法源であるイスラームの教えで最も重要視されているものは、平和と
安全である。そして社会改善とその短所の矯正、人々を平和と善への愛に導き、
互いに助け合う1つの社会にすることである。それゆえイスラームは家族に最も
大きな重点を置いているが、それは家族が社会の縮図だからである。それぞれの
家族が良ければ社会も良くなるのだ。そして当然ながら家族が良くあるには、そ
の構成員が、特に夫婦が良くなければならない。
その要約は次のようになる:
個人の教育―――→ 家庭の改善―――→ 社会の隆盛
それゆえいかなる社会の隆盛も、まず第一に個人の教育に依拠していると結論
付けることが出来る。そして実際のところイスラーム的改革や改善運動は、この
ポイントに非常な重きを置いている。イスラームの教えでは各個人は必要と権利
を有することを確認しているが、人がその権利を満たし、義務付けられていると
ころのものを果たすならば、社会は安定する。そして平安が広まり、人々の奉仕
と勤労、社会の建設はより大きく偉大なものとなる。こうして社会は、知識と労
働と権利の保護によって発展するのだ。
さて続きは主の思し召しならば次回にしよう。そこで私は読者にサウジアラビ
アで実践されているイスラーム法規定の何たるかについて、特に諸権利の保護や
教育、諸義務といった個人育成にスポットを当てて語ろうと思う。それゆえまず
はイスラームの枠内における家庭の地位とその重要性について語ることになる。
それからイスラームが家庭において各個人に定めている諸権利について話し、そ
の後に集団社会におけるイスラームの視点と、人々の間の兄弟愛を発展させる重
要性を読者の皆さんに示したい。それから最後に、真のテロリズムとイスラーム
におけるその意味について説明しよう。これが冒頭で話したシリーズの流れで、
そこに人々の言説と真実との間を区別できる要素を散りばめておいた。それでは
また次回。
筆者:ラシャー マンスーリー
アブドルアジーズ国王大学元研究員
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