日本を出るまでの私にとって宗教とは人間が創造した文化の一部に過ぎなく、それはどれも突き詰めれば同じ概念、つまり「世界愛」と「敬いの念」に行き着くのだからと宗教そのものを重要視したことがなかった。しかし、シリアに来てから宗教に関して今まで以上に考えさせられた。
例えばそれは度重なる同じ質問によって。―「あなたはイスラム教(またはキリスト教)?」最初はなぜ彼らが人の宗教について話をするのか疑問だった。そのような質問をされることで「目に見えない壁」を作られているような気もした。そして道を歩くと連日のように受ける冷やかし。それは外国人への単なる興味だけではなく人を馬鹿にしたような悪質なものもあった。最初の頃はそれらがイスラム教徒の女性と同じ服装をしていない私への宗教的な差別だと捉えていた。
このようなところに更に次の出来事が起こった。ホームステイ先で宗教の話題に触れたとき、イスラム教徒の母親が私のことをとてもいい子だと言ったのだ。その理由の一つが私は仏教徒なのに彼女の家で仏像に祈らないから。これを聞いて私は宗教に対して、そしてイスラム教に対して不信感を抱いてしまった。―「宗教とは世界は一つだという観念の基に信仰するものであり、信者と非信者を区別するためにあるものではないはずだ。もしイスラム教徒が私の家で祈ろうと、キリスト教が祈ろうと、私は気にしない。この人はイスラム教徒(イスラムの語源「サラーム」は「平和」の意味)だといいながら何て心の狭い人なのだろう。」
そして宗教との葛藤が始まった。私はアラブ社会や人々の言動を観察し、色々な場所へ出向いて話を聞いた。そうこうするうちに「宗教」と「土地柄」の区別がつき、人の単位は「宗教」ではなく「個人」だということも実感できた。つまり、一口に信者といってもその中には色々な人がいるということが見えた。するとかつて私に宗教を尋ねてきた人々には深い意味は無いということが分かったし、私に野次を飛ばしていたのは宗教差別が原因ではなく一部の人間による低能な冷やかしだということも知れた。そして、滞在先の母親とはその後もジェネレーション・ギャップによる衝突を何度かしたこともあり、あの言動はイスラム教徒の彼女というよりは彼女自身の不配慮によって発せられたものだということが理解できた。
今の私にとって宗教とは夫々に特色があるにしろ、人と人を隔てる境界線ではない。世の中の仕組みを理解し、心に平和を宿し、また人生を往生することは如何なる人間にとっても修行であると思うからだ。人と人の関係において大切なことは相手がどの宗教であるかではなく、人間として1対1の付き合いの中で相手との間に存在する目に見えないたくさんの境界線を乗り越えられるだけの経験と教養と許容範囲を身に付けることだと思う。
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