アラブ圏を旅してみたら
 

【ドバイ・レバノン】



ドバイ(UAE)
 空港を出たとたんに汗が流れ落ち、とまらない。蒸し暑い。9月の湾岸はやは り暑かった……。
「金持ちの国」「高級リゾート地」として良く取り上げられているドバイ。しか し、貧乏旅行中の私達はまずバスでユースホステルに向かった。ユースは街中か ら遠い。ファミリー以外男女別のドミトリー。ユースでも値段が高い気がするが 朝食付、トイレ・シャワーつきの3人〜5人部屋でセキュリティーも断然良いの でまあ仕方がない。聞く所によるとラマダン中の朝食時間は夜中の2時から4時 だったらしい。

 街中は高層ビルが並び、ショッピングセンターも沢山ある。ツーリストイン フォメーションには日本語の案内もあった。バスルートマップも充実。しかし、 バス移動は結構時間がかかった。待ち時間が長い。一応時刻表があるのだが時間 通りにこない所はアラブっぽい? バスはエアコン付だったが、時々水漏れに見 舞われていた。
街中から1時間くらいバスに乗ると、建設中の高層ビルが並ぶ地区にくる。ドバ イはまだまだ建設ラッシュ。やがて巨大なショッピングセンターが見えてくる。 かなりの広さでインド、エジプト、イランなど5つの国をイメージした建物。 フードコートには日本食もある。スターバックスも大賑わいだった。もともと外 国人が多いのでかなり自由な感じがする。

ショッピングセンターのエジプトコート
ショッピングセンターのエジプトコート


 クリークと呼ばれる河の対岸は古い建物も残してあり、博物館なども多い。ドバイ博物館はなかなか見応えがあり、発展の様子が良くわかった。(イエメンではろうそくの灯りで見学した博物館もあったので余計にすごいと思ったかも)それにしてもこの国はこれからどこまで発展していくのか。

★ ★ ★

レバノン
(ベイルート、ジェニエ、トリポリ)

 空路でベイルートに入る。48時間以内の滞在ならビザ代が無料だったが、2 週間のビザを取った。ベイルートの街は「中東のパリ」と言われているだけあっ て、やはりオシャレな感じだった。私はパリにホームステイした事もあり「ほん とにパリっぽい」と思った街並みもあった。その分、物価も高めなのが難点だ が。パリと違うのは銃弾の跡がある建物がそのまま残っている地区もあったこ と。

カフェで見つけたシーシャ。スイカなどもあった
カフェで見つけたシーシャ。スイカなどもあった


 海沿いを散歩する。海はきれいで、泳いでいる人たちが沢山いた。通りには出 店も多い。
遊園地も見かけたが、観覧車の回転が速い気がした。鳩の岩付近で夕陽を見て、 近くのKFCに入った。ここはチキン用に使い捨て手袋が常備されていた。
ベイルートからトリポリに移動する。この町はフランス語の通用度が高かった。 ここからレバノン杉を見るため、ブシャーレという町までセルビスで向かう。人 数が集まったのになかなか出発せず、さすがに地元乗客も怒り出した。ブシャー レの町からは特に交通手段がなく、とりあえず歩く。舗装はされているが山道な のできつい。しかも5キロ。無謀だった。3キロ過ぎたあたりでヒッチに成功 し、やっと杉を見ることができた。大分数が減っていて残念だが静かで散策は気 持ちよかった。ここの入場料は決まってなく、寄付という形になるのだが、ポス トカードをくれるのでそれなりの値段を払った。バールベックやトリポリのセン ト・ジル要塞にいた係員は全然やる気のないおじさんだったが、ここはやる気の ある若い女性だった事も大きい。帰りもブシャーレのセルビス乗り場までヒッチ した。
レバノンではセルビスの料金で何度ももめたが、それ以外では親切な人が多かっ た。

 ベイルートに戻り、2日後ダマスカスへ向かう。バスターミナルへ行くが出発 まで時間が長く、タクシーで行く事にした。シリアのタクシーだ。ドライバーが 出発の手続きをしに行ったがかなり待たされた。2人の乗客を拾ったあと私達は 何故か2人共前の席に座らされた。日本人が乗っているのがわかると検問などを 簡単に越える事ができるようだった。それならもう少し値切ってもよかった。ド ライバーに手伝ってもらい、国境は難なく越えられシリアに入った。


筆者:丸山 範子      
アラブ イスラーム学院 学生

(2007年3月13日更新)

                

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