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カルツーム行きのバスは朝7時半アトバラ出発。バスで流れる音楽がアフリ
カっぽい曲になった。バスターミナルには11時過ぎに着き、そこからタクシー
でダウンタウンのホテルへ。タクシーの客取争いが激しく、運転手の1人が私達
の大きなバックパックを軽々と持ち自分のタクシーに乗せたので驚いた。この先
アフリカでは容易に置き引きに合いそうだ。

アトバラの朝市
やっとホテルに到着。スーダンは1部屋幾ら、という形式のようなので、また
3人部屋にする。相棒とは食事の時間を大雑把に決めて一緒に取り、それ以外は
2人で観光というスタイルを取っていた。実に5日ぶりのシャワーは水だった
が、暑いので逆に気持ちいいくらいだった。(翌日は断水だった……)
カルツームで再レジストが必要で、それが無いと国境で追い返されるという噂
があったので、観光案内所みたいな所で聞いてみた。やはり必要みたいで「ここ
に行け」と場所を教えてくれたがそこでもまた別な所を教えられ……とたらいま
わしだった。半日をそれでつぶして得た再レジストだったが相棒は「必要ない」
と言われてとらなかったらしい。結局彼は国境でもOKだった。無駄な時間と出
費。しかしこの国の役人は人によって言う事が全然違うが基本的に皆親切だっ
た。若い女性スタッフが日本人の彼氏が欲しいと言っていたのにはちょっとビッ
クリ。
ダウンタウンは人が多く、夜は露店もあふれる。道端の石に座って食事をし
た。夕方以降、店が閉まると街灯がないので、中心地以外は暗かった。
カルツームには白ナイルと青ナイルが合流する地点があるので見に行く。ナイ
ルに架かる橋の上から合流地点を見ようかと思ったが、警備員みたいな人に袂の
遊園地から行くように言われた。(ここでも相棒は橋の真ん中まで行けたそう
だ)

白ナイル、青ナイル合流地点 手前が白、奥が青
遊園地は女性グループや家族連れが多く、日本と比べたら小さなジェットコー
スターだけど黄色い歓声が響いていた。お化け屋敷もあった。合流地点を見てい
ると3人の女の子が話しかけてきた。5〜10歳位で、3人とも空けたばかりの
瓶ジュースを持っていて、なんとそのジュースを私達にくれた。
スーダンでは、本当によく施しを受けた。道端のシャイ屋で同席の人がいつの
間にか私達の分も払っていてくれたり、2人で1本だけジュースを持っている
と、わざわざ同じものを買ってきてくれたり。
ガダーレフへの移動の日、朝4時頃にホテル前のバスターミナル(というより
バスの溜まり場?)から街中のバスターミナル行きのバスに乗る。このターミナ
ルは意外に大きく綺麗で、バスもなかなか立派なものだった。2時間後に出発の
チケットが取れた。
昼すぎに到着。ホテルは例によって3人部屋、バケツシャワー。町の市場は大き
く、氷を売っている一角もあったが、冷凍庫があるわけでもないので解け放題
だった。
ガダーレフから国境まではローリーヒッチをしようと思っていたのだが、ロー
リーが見つからずバスになる。出発は人の集まり具合で、当分出ないかと思われ
たが意外と早く出発できた。道路は笑える位すごい悪路で、夫はだんだんハイに
なっていった。国境までパスポートチェックが3回あったが、あまり意味がある
ようには思えなかった。
スーダンの人々は本当に親切だった。エジプトから来たので余計に親切が身に
しみて、そしてエチオピアでまた彼らの親切を思い出した。あまりに親切なの
で、運悪く悪い人に会ってしまうとコロっと引っかかると聞いたが、運良くそん
な人にも会わずにすんだ。アフリカで出会った日本人旅行者でスーダンを通過し
て来た人の多くは、スーダンでの移動の辛さと人々の親切に旅の醍醐味を感じて
いた。
スーダンの人々にはいつまでも変わらずにいてもらいたい。
国境に着いた。アラブ圏ともここでお別れ。出国審査を受ける外国人(エチオ
ピア人除く)は私たちだけだった。係官が笑顔で「気をつけて、良い旅を」と建
物の外まで来て手を振ってくれた。
筆者:丸山 範子
アラブ イスラーム学院 学生
(2007年7月3日更新)
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