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死に対する恐れは、ウマルが幼少のころから彼を支配し続け、またその恐怖でウマルの心と理性は脅かされていました。そしてその恐怖が現れるたびに泣くのでした。
やがて死の恐怖は復活と清算(イスラームには「人は最後の審判の日アッラーの力により復活させられ、生存中の自分の行為について清算される」という教えがある)が近いという信仰心と結びつきました。またイスラームが伝えているように、死後の罰や報奨は復活と清算を信じない者たちが恐れる「死」そのもの以上にウマルの心に恐怖を植え付けました。
ウマルの妻ファーティマ ビント アブドゥルマリクはウマルのイバーダ(崇拝行為)について尋ねられた時、こう言いました。「アッラーに誓って、彼は人々の中で最も礼拝や断食を多くしていたわけではありません。しかしアッラーに誓って、私はウマル以上にアッラーを畏れる者を見たことがありません。彼は寝床の中でアッラーを念唱し、よくアッラーへの畏れから飛び上がり、「人々はカリフなしで朝を迎えるだろう(自分は死ぬだろう)。」と言いました。
また墓を見たり墓の横を通り過ぎること以外にウマルの顔色を変えたり、彼を弱々しくすることはありませんでした。
そしてウマルはこのように死を常に念頭においていたために、さまざまな土地に着くたびに死が自分の身に降りかかると考えていました。またある土地に赴くとその地で死に、そこに埋葬されることを望むのでした。彼が最も気に入った土地はアルマディーナで、ウマルはアルマディーナに愛情を向けるのを常としていました。またアレキサンドリアを訪問して気に入りました。そしてそこで過ごし亡くなりました。彼はアレキサンドリアをティーバと名づけ、次のように言いました。「人間が現世と来世を集めるところ、そこはティーバの地である。ウマルの魂が彼の手に握られている者に誓って(アッラーに誓って)私はティーバが自分の墓となることを望んだ。」
ウマルは体の調子がおかしいことを感じ、ディール サムアーンに行きました。彼は約20日間苦しみ、9日間にさらに痛みが増し死を確信しました。そこで立ち上がり説法を行いました。「明日の安全はアッラーを警戒し畏れた者のもとにある。そして残る善行によって儚い現世のことを放置し、そして多くのもので少しのものを、また安全なものによって恐怖を放置したのだ。」説法が終わると彼は上着の端を持ち上げしゃくりあげるまで泣きました。そして彼の周りの者たちを泣かせ、壇上をおりたのでした。
人々はウマルに言いました。「治療をしたらどうですか?」
するとウマルは言いました。「もし私の治療が私の耳を拭うというとても簡単なことであったとしても、私は私の主のもとに連れて行かれるのだからそれに勝ることはない。」
またウマルは彼の友人のところへ行き、彼にこう言いました。「死が私のもとにやって来たが、私はそれに対する準備が出来ていない。アッラーよ、私のもとにあなたが満足することと欲望の二つがあった時、常に私が己の欲望よりあなたの満足を優先させたことをあなたはご存知のはずです。ですから私をお許しください。」
その後、ムスリマ イブン アブドゥルマリクがやって来ました。
その時ウマルはカリフであるにもかかわらず非常に質素なベッドに横になり、頭を枕の上にのせている状態でした。
彼の口は渇き、顔色はすぐれませんでした。ウマルは目を覚ますとムスリマを見つけ、彼に自分が死んだ時には参上し、グスル(死体の洗浄)を行い自分とともに墓まで歩き、墓場に棺桶を入れる人々の一人であるよう遺言しました。
ムスリマはウマルが彼の子供たちに何か遺言することを強いる機会がやってきたと考えました。
そこで彼は言いました。「信者たちの長よ、あなたはあなたの子供たちに財産を残さず、何も持たない状態に彼らを放置しました。ですから私やあなたの友人たちやあなたの親族たちに子供たちをまかせる遺言をされてはどうでしょう?」
するとウマルは黙りました。
そこでムスリマは言いました。「信者たちの長よ、遺言しないのですか?」
ウマルは言いました。「何に関して遺言するのだ?アッラーに誓って私には財産がある!」
するとムスリマは言いました。「ここに1万ディーナールあります。ですからお好きなことをご命令ください。」
ウマルは言いました。「ムスリマよ、命じればそれを受け入れるのか?」
ムスリマは言いました。「はい。」
するとウマルは言いました。「それを自分が不正に取ったその持ち主へと返しなさい。」
それからウマルは意識を失い、ムスリマは泣いて言いました。「アッラーがあなたに慈悲を垂れますように。私たちの硬い心を柔らかくし、私たちに誠実な者たちに関する記憶をあなたは残しました。」
ウマルは子供たちに遺産を残すことを良しとしない者たちの一人でした。誠実な子供とは遺産を必要とはしないと言われています(誠実であるだけで充分という意味)。
ウマルが2度目に目覚めた時彼は言いました。「私を起こしてくれ。」そしてムスリマに言いました。「貧困で私を怖がらせるのか、ムスリマよ。あなたの言葉に関して、確かに私は子供たちの口をこの財産から空にした。しかしアッラーに誓って、私は彼らの得るべき権利を禁じはしなかった。それから子供たちを任せては、というあなたの言葉に関して言えば、クルアーンの啓示した天使が誠実なものたちの面倒をみてくれるのだ。私の子供たちは次のうちのどちらかである。アッラーを畏れる者でアッラーが彼に恩恵を与えるか、罪を犯す者で私はアッラーへの反抗をする彼を援助しないということだ。」
ウマルの子供たち11人は彼のもとに急ぎました。するとウマルは彼らを呼び、彼らを見て言いました。「アッラーに誓って。私は子供たちに財産を残さなかった。子供たちよ、私はあなたたちに善いものをたくさん残した。ムスリムたち、または庇護民たちの誰にでも彼らの権利を与えた。子供たちよ、あなたたちの父親は次のうちのどちらかなのだ。あなたたちを裕福にするかわりにあなたたちの父親が地獄に入るか、貧しくして天国に入るかだ。私にとっては、あなたたちが貧しくなり天国に入るほうが良かったのだ。立ち上がりなさい、アッラーがあなたたちを庇護してくださいますように。立ち上がりなさい、アッラーがあなたたちに恵みを与えてくださいますように。」
そしてラジャー イブン ハイワがウマルのもとへきて言いました。「信者たちの長よ、ヤズィード イブン アブドゥルマリクを忠告し怖がらせる手紙を書いてください。」
するとウマルは言いました。「アッラーに誓って、私は彼がマルワーンの息子であることを知っている!!」
ラジャーは言いました。「彼への論証となり、あなたがアッラーのもとで言い訳できるように。」
そこでウマルは書記にヤズィードに手紙を書くよう命じました。「それを忘れがちな時に死を恐れなさい。死がやってきた時には既に遅く、過去に戻ることはできないのだ。そして所有するものをあなたを称えない者に残し、その時人々はあなたを容赦なく清算するだろう。あなたの上に平安がありますように。」
それからウマルの頭痛は激しくなり、彼のベッドの周りには彼の妻であるファーティマ ビントゥ アブドゥルマリクと彼女の兄であるムスリマ、そしてマルサドと呼ばれる客だけが残りました。そしてウマルは眠れぬ夜を過ごし、彼らもウマルとともに過ごし、日が昇ると出て行きました。ファーティマはマルサドにウマルのそばに残るよう求めました。ファーティマが戻ると寝室の外で眠っているマルサドを見つけました。そこで彼女はマルサドを起こし言いました。「マルサドよ、何故外にでたのですか?」
彼は言いました。「ウマルが私を外に出させたのです。彼はこう言いました。「マルサドよ、出て行きなさい。アッラーに誓って、私には人間でもジンでもない多くの創造物(天使たちの意)が見える。」ですから私は退出しました。そして私は彼が次のように言っているのを聞きました。『来世の住まいとはこのようなもの。われは地上において威張りたがったり、悪を行わない者にこれを授ける。善果は、主を畏れる者にある。』(アルカサス章83節)」
ファーティマが急いで部屋に入るとウマルの両目は閉じられ、魂は既にその体から離れたのを発見しました。とうとう彼は亡くなりました。アッラーが彼に慈悲を垂れますように。
ウマルは40歳に近付いた時に死を感じ、それ以後人間が主に反抗することは許されないこの年齢を目標としました。彼は次のように言っていました。「40歳の者に対するアッラーからの証拠は完成された(それ以後は言い訳できない)。」ウマルは約40歳で亡くなりましたが人々は彼の清貧さは70歳、80歳以上の厳しさで、彼の仕事は長期間続いた王以上に厳しいものだったと思いました。
敬虔なカリフウマルはヒジュラ暦101年ラジャブ月に亡くなり、その統治期間は2年数ヶ月で、その間にウマイヤ朝統治下のすべての地域に裕福さ・公正・平等が広がりました。
このようにして敬虔な統治者の生涯は幕を閉じました。
ウマル以後ヤズィード イブン アブドゥルマリク、アルワリード イブン ヤズィード、イブラーヒーム イブン アルワリードなどの幾人かのカリフたちがその地位につきました。ですが彼らには特筆すべき業績はありませんでした。最後のウマイヤ朝カリフはウマイヤ朝崩壊・アッバース朝成立時ヒジュラ暦192年にアッバース朝の者たちの手によって殺害されたマルワーン イブン ムハンマド イブン マルワーン イブン アルハカムでした。
読者のみなさん、次回はウマイヤ朝における最も重要な改革についてお話しましょう。
筆者:リハーブ ザハラーン
アラブ イスラーム学院講師 |
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