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その夜、私の娘はいつもと違っていました。その顔は悲しみと痛みで翳り、頬
には涙がつたっていました。
娘は衛星放送で、アッラーから恵まれた人権の中の最低限のものさえ侵害され
ているのを目にし、もう耐えられない、と言いました。
それは、常々正義と人権を謳っている人々の手によるものだったのです。それ
は、衛星放送で流された、イラク駐留の占領軍による非武装のイラク人服役者た
ちへの虐待のことでした。
また娘は、私たちの使徒モハンマド―愛と平安の使徒―の諷刺画を書いたデン
マーク画家に向けられたムスリム社会の怒りのデモと時を同じくしてそのドキュ
メンタリー映像が流されたことについて、いぶかしがりました。
それはただの偶然にすぎないのか? それとも、2つの天啓の教え―イスラー
ムとキリスト教―の信徒たちの間の溝を広げ、両者を遠ざけるために、火に油を
注ぐ意図があるのか? そしてそれは、誰の利益のためなのか?
外交努力でその亀裂を修正し、預言者や使徒たちの神聖を損ねることなく、ム
スリム社会の怒りを静めることはできないのだろうか、と彼女は訊ねました。
そこで私はこのように話し、娘の恐れや悲しみを静めたのです。
預言者や使徒たちは、かつてみな自分に最も近しい人々から多くの嘲笑や拒絶
を受けたものでした。
人は未知なるものについては無知蒙昧なものです。西洋では多くの人々が、3
つの天啓の教え―ユダヤ教、キリスト教、イスラーム―の関係について知識がな
く、聖クルアーンに示されている預言者たちの話や、その預言者たちすべてを尊
敬して唯一なる神の命令に従うよう示した教えについて、知識を持たないのだ、
と。
また大部分ではないにせよ、西洋では、モハンマドへの啓示はそれ以前の天啓
の完結であり、それによって唯一なる神はしもべたちに恩恵を全うされ、その宗
教を完成なされたのだ、ということを知らない人々がいるのです。
更に私はこのように続けました。
イスラーム諸国の多くのムスリム大衆は、神聖なる使徒の諷刺画や使徒への敵
対への怒りを、自国政府がほとんどの党や団体をテロリストと名づけるアメリカ
の要求に応じ、大部分のイスラーム団体をブラックリストに載せたことへの怒り
や拒絶の気持ちを吐き出す術としているのだ、と。
それらの党や団体は、イスラーム聖法実践のために努力し、イスラーム最初の
聖地「聖クドゥス(エルサレム)」を占領から解放するために尽力しているとい
うのに。
また使徒の神聖侵害に対するデモは、ムスリム民衆を自国の公安や警察権力か
ら守っているのです。このデモにおいては、人々はテロリストという烙印を押さ
れる恐れなく、自分たちの旗標―「アッラー以外に神はなく、モハンマドはアッ
ラーの使徒である」―を掲げることができるのですから。
(国家や政権に対してではなく、信仰信条の権利を求めてのデモなので、国家や
警察権力も手出しできないから。)
時に過激な者たちがムスリム大衆の善良さを悪用し、自国政府の立場を悪くす
るべく、外国大使館にまで及ぶ殺人や放火や略奪などの暴力行為を行う者たちを
武装させることがありますが、人々の英知はそれに勝り、そのような暴力行為は
すべてのイスラーム社会から嫌悪されます。公なものであれ、党としてであれ、
また国政の支持者であれ、反対者であれ、みな同じように。
一方、サウジアラビアの消費者が、風刺画やその作者やその発行を許可した者
に対する怒りを表してデンマーク製品をボイコットしたことは、単純明快に、売
買や消費における当然の権利をいかに行使するかを私たちの社会が熟知している
ことを表明しました。それは民主主義西洋社会が呼びかける「自由思想」の基本
理念の一つなのですから。
また、この難しい時期に先のドキュメンタリー映像を流したことについてです
が、良い方に考えれば、それは、イラク駐留占領軍の立場を悪くし、占領軍と同
盟国軍がイラクから撤退し、イラク国民が選挙で選んだイラク人指導者たちにイ
ラクを引き渡すよう、新たに圧力をかけるためでしょう。西洋諸国の言うところ
の、イラクで行われた初めての民主主義選挙で。
ですが、多様な考え方が許されるならば、あのビデオは、一部の人々が持つ
―ヨーロッパ人やアメリカ人すべてとは言いませんが―、東洋とその最大の宗
教、つまりイスラームに対する嫌悪を物語るものでもあります。
娘は、「このような状況下で、どのような外交努力がなされているの?」と訊
ねました。私は良い質問だと言い、このように答えました。
今は炎を消し、怒りを静める時なのです。「眠れるフィトナ(邪心が引き起こ
す騒乱)を起こす者にアッラーの呪いあれ。」という言葉があります。
ごく狭い地域の地方紙にデンマーク語であの諷刺画が掲載された時、もし私が
デンマークにいたなら、私は最初に当地のムスリムたちと共に、まず大学や文
学・文化クラブでの講義の準備をするでしょう。「アッラーは崇高なる道徳の教
えを全うなされるために、モハンマドを遣わされました。」という題目で。
そして有能な学者や、宗教や文学・科学の専門家を選び、聖預言者モハンマド
の生涯や、彼亡き後、ハリーファや後世のムスリム指導者たちの見本となった彼
の道徳の教えについて、語ってもらうのです。
そして諷刺画を掲載した新聞に―たとえ法律によってでも―その記事を掲載さ
せます。それだけではなく―英語のことわざにもあるように「時はまだ遅くはな
い」のだから―、今の外交努力はまず西洋諸国との対話を始めなければなりませ
ん。
特にスカンジナビア諸国と。
そしてその対話が最終的には、国連所属機関を通して、すべての共同体のいか
なる神聖をも軽視することを禁じ、預言者や使徒といった宗教的シンボルに敬意
を払い、宗教施設をいかなる冒涜からも守り、その国の国籍を得たムスリム民衆
が暮らす全ての国に、イスラームを第2の宗教と認めさせる国際社会の決定を導
くように。
またイスラームの宗教施設―マスジド―が、儀礼的な側面においても物質的な
側面においても、国内の他宗教の宗教施設が享受している特権を受けるべきであ
る、という国際社会の決定をもたらすために。
国民はみな宗教の違いにかかわらず、平等の名の下に納税義務を果たすのです
から、ムスリムの宗教施設が持つ権利も、キリスト教徒の宗教施設が持つ特権と
同等であるべきなのです。とりわけ西洋は常々、「宗教は神に属し、祖国はすべ
ての国民に属する。」というスローガンを掲げているのですから。
また、今日のように混乱した国際情勢においては、イスラーム諸国の大使たち
は、世界イスラーム連盟委員会との調整により、マスコミの喧騒から離れて静か
にそのような外交努力をしなければなりません。
イスラーム社会の国民指導者や宗教指導者は沈静化をめざすべきであり、聖預
言者の伝記や、彼が教えた忍耐、そして「最善の態度による議論(*訳注)」に
ついて、ムスリム社会を教育していかなければならないのです。
我が国の指導者は、ムスリムの集団が存在する場所にはどこでもムスリム共同
体へのケアを行き渡らせ、彼らのためにイスラーム文化センターやマスジドを建
ててきました。
彼らがつつがなく宗教儀礼を果たし、宗教的な事柄を理解し、聖クルアーンの
言語とイスラームの遺産を守っていくことができるように。
ですから今後そのようなセンターが、国王陛下の指導により、インシャーアッ
ラー、接受国の大学や文化センターとのコミュニケーションリンクとなることで
しょう。
そして、預言者モハンマドの伝記やイスラーム道徳により一層の光が当たるよ
う、大学のイスラーム学研究の支援に努めていくことでしょう。
またそれらのセンターは、新聞でもラジオでもテレビでも、西側のメディアセ
ンターと強い関係を保持していくことと思います。その国の人々がイスラーム道
徳を身近で知り、アッラーの預言者や使徒たちの近親関係を認識することができ
るように。
それらの道徳は、預言者や使徒たちに従う者たち(啓典の民)を互いに近づけ
るものであり、その接近は人類に善をもたらすものなのです。
アッラーがそれらの望みを実現してくださるよう、娘は私と共に祈り、こう言
いました。
「『きっと害は益を呼ぶ』……風刺画の害が、西洋諸国に移住して暮らすムスリ
ムたちに、益となって帰っていきますように。」
それから「声と像」については、アッラーのご支持をいただき、またの夜に話
の続きをしようと約束したのでした。
*訳注:「最善の態度で議論する」は、聖クルアーンの次の聖句の中で、アッ
ラーが預言者モハンマドに命じた言葉:
<英知と良い話し方で、(凡ての者を)あなたの主の道に招け。最善の態度でか
れらと議論しなさい。……>(蜜蜂章125節より)
ジッダにて―ヒジュラ暦1427年ムハッラム月17日
筆者:モハンマド バシール クルディー
前駐日サウジアラビア大使
(2007年10月9日更新)
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