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私は、前の月曜日の新聞を手に持って「陽の出ずる国」からやって来た友人と
ジッダで再会しました。友はページを繰っていましたが、やがて「声と像」とい
うタイトルの私の記事に目を留めると、微笑んでこう言いました。
「あなたが過ごした日本での年月が、あなたに日本人の性質の一部を授けたよう
ですね。撮影好きという性質ですよ。あなたは自分が40年、いやそれ以上の年
月を過ごした外交の仕事を新聞記事の中に映し出しているではありませんか。
私にしても他の日本人同様、撮影が大好きです。今も普通のカメラとデジタル
カメラとビデオカメラをこうして持ち歩いているのですから。
私は東京に戻って旅の出来事を記録するために机に向かった時に、記憶違いが
ないようにしたいのですよ。この休暇で旅して回ったロンドン、アレッポ、ドバ
イ、ジッダの4つの都市の店先や新しい建物や古い地域、そしてそこで私が出
会った人々や彼らとの会話について。
撮影した映像は、前回の訪問で撮ったものとの比較にとても役立ちます。その
地の人々の生活の変化や暮らしの発達、そして消費能力を知るために。
それに、日本製品が海外で今なお消費者の信頼を保持し、良い評価を与えられ
ていることを確認するためにもね。」
そこで私は彼に、サウジアラビアへの今回の訪問であなたの目をひいた新たな
ものは何か、と訊ねてみました。
すると彼は、それはたくさんあるけれども、その一つは、自分が泊まったホテ
ルのロビーに多くのテレビが置いてあったことで、またサウジアラビア人の宿泊
客が、以前には見られなかった関心を持って、そこから流れるニュースや情報を
チェックしていることだ、と言いました。
またそこで選択されていたチャンネルが株式市場の動向を追う数々の経済チャ
ンネルであり、緑色の数値は株価を追うサウジアラビア人たちに微笑みをもたら
し、また赤色の数値は逆に彼らに不安と失望の色をもたらしていたことも。
そして彼はこう言いました。
「もう一つ私の目をひいたのは、巨大ショッピングセンターがどの地域にも、ま
たどのジャンクションにもできていたことです。
そしてその上、もっと巨大で、そして消費者を惹きつけるもっと多様で便利な
ショッピングセンターが、今尚数多く建設されているところでした。
私はそれを見て、果たしてその巨大ショッピングセンターの増加が、その地域
で予測される人口増加を見込んだ採算に裏打ちされてのことなのだろうか、それ
とも、伝統的な市場はもはや必要ではないと思ってのことなのだろうか、と疑問
に思いました。
伝統的な市場は町に特徴を与えるものと日本では考えられていますし、ユネス
コが世界遺産に登録している古代アラブ都市にも、さまざまな商品を扱う市場が
今尚残されています。香辛料、金、野菜、果物、肉、魚、布地、衣類、家やオ
フィス用家具、照明器具、インテリア用品、本、等など。
私には、その現象の中に過去からの逃避があるように見えるのです。しかし日
本では過去は未来を導くものです。私は以前からジッダの古い地域の発展を願
い、その伝統的な建物の、木材でできた素晴らしい外観を保全し、内部は部屋の
一部を再改装して、ホテルや伝統工芸品の市場としてリニューアルすることを
願っていたのです。
私たちのように観光を愛する者は古いものを好みます。それが歴史であるから
です。西洋的デザインの現代的な建物はもう珍しくなく、既にその味わいを失っ
ています。それはまさに、私が40年前に食べたハンバーガーの一口と、今のそ
れとの違いのようなものです。
私はハンバーガーをはじめて食べた時のあの味と口の中に広がる匂いを今でも
覚えているのですが、それでも今となっては、あれを食べたいとはもう思わない
のですよ。私たちは結局、また寿司や刺身や焼き鳥に戻っていったのです。」
私が彼に、王国で印象深かったことが他にも何かあるか、と訊ねると、彼はこ
う言いました。
「はい、あります。王国には善なる未来が約束されていると思います。私があっ
た人たちは、みな未来について語り、アブドゥッラー・ビン・アブディルア
ズィーズ国王の国家運営を称賛していました。
今ではサウジアラビア人投資家にも外国人投資家にも、良い経済性を持つ産業
都市の開発への扉が開かれています。あなた方の国は、生活レベルの向上と人的
資源の成長を確約する新たな文明へと移行していっているように思います。
それは、第2次世界大戦後に私たち日本人が迎え、社会と祖国の利益のために
チームワークの大切さを確信する新世代を育てた時期と、全く同じなのです。
私があなた方に望むのは、あなた方が過去の文化遺産を保護することです。そ
れが写真の役割を果たすように。古い写真と新しい写真とを並べて見る時にこ
そ、その間になされてきた仕事がはっきりと現れるのですから。
あなた方の歌に、私がいわんとすることを表現している詩があります:
<古き者こそあなたの友 新たな者があなたを富ませたとしても>」
それから私たちは、「声と像」について話を続けるために、今度は家で会う約
束をして別れたのでした。
ジッダにて―ヒジュラ暦1427年サファル月9日
筆者:モハンマド バシール クルディー
前駐日サウジアラビア大使
(2007年12月4日更新)
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