声と像
 

【声と像 13】



 アルハムドリッラー、私の「小さな娘」よ、この前サリークの食事の後で君と 話をした日本人の友人は、君の電子政府についての意見に対して、また、電子政 府が外務省やそこに所属する国外の外交使節にその活動を広げたら、将来外交官 たちの仕事を奪ってしまうだろう、という君の嬉しげな意見に対して充分に返答 してくれて、私を援護してくれたのだ。

 個人や国家同士の関係での人の働きに光を当てた友人の話が、どうか君を納得 させるものであることを願うよ。

 人の個人的な関係は、相手の懐に深く入り込んでその考えや計画といった心の 動きを知る機会を与えてくれるのだ。それは、コンピューターやインターネット 技術が到達したり、予想したりできないことなのだ。

 外交官の目や耳は出来事を注視するための武器なのだから、その視覚は明確 で、その聴覚は精細で、またその思考は包括的でなければならないのだよ。

 外交官業務への電子政府参入について言えば、電子政府がその利益のために外 交官を使うのではなく、外交官が自らの利益のために電子政府の技術を使う準備 がなければならないのだ。

 つまり、外交官は自分の周りのすべての出来事に対して包括的に理解をし、知 識や経験、そして自分が見聞した現実を分析する力がなければならない。

 そして政治や経済や自国の政府にとって重要な事柄について明日の予測をし、 自分の考えや予期について、想像的ではなく、知識的詳細を政府に報告するの だ。

 それにより、外交官の情報は事件に先んじ、電子政府が外交官の代わりにその 情報を伝達するのだよ。電子政府が外交官にその情報を伝えるのではなくてね。

 外務省職員を教育する外交官養成専門学校は、我々が生きているグローバリ ゼーション時代に合わせて、その教育コースや研修プログラムを新しくし、新し い情勢に適応する力を持った人材を準備しているはずだ。

 またそれらの専門学校は、新しい世代の外交官教育において心理学にも重きを おいていると思うよ。当然ながら彼らは、国交のあるすべての国の古代史と現代 史について多数の授業を受けるのだ。

 また学生たちはそれらの国々の政治的、経済的、人道的状況について充分な認 識をもたなければならないし、また当然ながら、私たちの現実問題や、思考や信 条の方向性についての認識ももたなければならない。

 たとえば、アラブ・イスラエル紛争の現状、イラクやアフガニスタン占領がも たらしたもの、大量破壊兵器の廃棄や意見と思想の自由に関して、複数ではなく 1つの公正な物差しを持つこと、など。

 すると娘は、そのような要求は外交官にとって重すぎる、と言いました。私が 条件づけるそれらの認識や知識のすべてを、あるいはその大部分を持つことは誰 もできないだろう、と。

 そこで私は、外交官専門学校は新世代の外交官による多くの集団を準備し、そ の各集団が、政治、経済、文化、社会、安全保障といった、それぞれの専門業務 を持つようになると思う、と言いました。

 またそこでは、それとは別に指導集団を準備し、その集団は、世界的な出来事 やグローバリゼーションが義務付ける態度に光を当てて、先の各集団の返答を分 析、評価し、自分の見るところを意思決定機関に報告するのです。

 また外務省が、金融省、通商省、産業省、農業省といった各省庁の職員から有 能な人材を借り受けるのも有益です。彼らは外交使節に任命され、国外での任務 を終えると、元の省庁へ戻るのです。

 このような「借り受け」は多くの国で実践されており、この制度は、各省庁の 有能な人材を教育するものなのです。将来、外務省に14〜15階級(大臣や大 使の階級)といった高位資格者の数が不足したときに、彼らを外交使節長とする ために。

 それを聞くと、以前、元大臣や高名な学者が国外の全権大使に任命される理由 を訊ねていた娘は、これでその理由がわかった、と言いました。

 しかし私はこう言いました。
「それは違うんだよ。外交官出身者でない大使はどこの国でもいるのだ。国家主 席は、自分の全権大使たちをそれぞれ特定の国々に、また特定の目的のために選 ぶのだ。

 たとえばその選ばれた人物が、接受国の国家主席や、あるいは意志決定権を持 つ立場の人々と強い関係を持っていて、任務を容易に遂行することができると か、あるいは、開発プロジェクトのための特定の条約を注視・実行するためであ るとか。

 また権力の座をめぐって激しい競争が繰り広げられている他の国々では、国家 主席が、表向き恩典を授ける形で競争相手たちを海外へ追いやろうとして、自分 の全権大使に任命したりするのだよ。」

 すると娘はこのような言葉でこの夜の話を締めくくりました。

 こんにちの、そして明日の世界には依然として国家間の国境が残存し、それぞ れの国境には国旗が掲げられ、統治者への服従と忠誠の挨拶を送ることだろう。 しかしそれに反し、規則や命令や禁止は、国際的な合意や、強者が弱者を裁く法 律に帰属することだろう、と。

 私は娘の見方に肯き、しかし、強者が弱者を裁く法律は永遠には続かない、と 加えました。アンダルスの詩人が詠ったこの詩のように:

 すべてはかつて見たごとく  みな国の行方のよう
 時代に喜ぶ者もまた     次の時代に嘆くもの


ジッダにて―ヒジュラ暦1427年サファル月12日


筆者:モハンマド バシール クルディー
前駐日サウジアラビア大使       

(2007年12月28日更新)

                

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