アラブ女性
 

【石油時代後のサウディ女性】
 

1−教育分野において

サウディアラビア王国建国初期において女性が強いられていた、最低限の権利さえも与えられなかった無知と後進的な時代についてはすでにお話しました。またそのような状況下におけるサウディ女性の辛抱と社会への貢献もお話しました。教育面についても少し触れましたが、サウディにおける女性の教育は、正確には西暦1960年に始まりました。

つまり、サウディ女性の教育の歴史は43年前に始まったばかりなのです。それは第一にアッラーのおかげであり、そして第二に故ファイサル国王の娘で、サウディ女性の教育に非常に強い関心をもっていたイッファトッサニヤーン王女の貢献によるものでした。当時、児童の教育に関しても女子に対する教育が男子のそれと同等ではありませんでした。このような状況下において国家は女性教育は必然のものと考え、サウディ女性の前に学ぶための門戸が開かれるべきであり、また女性たちが知識の恩恵を受け、さらには宗教的なことも学び、イスラームの法にのっとって社会への義務を果たすことができるようになるべきだと認識しました。そして1960年故ファイサル国王は女学校の開校とこれらの学校を管理する女子教育に関する教育省の創設を命じました。ここで特筆すべきことは、故ファイサル国王の女性への歴史に残る協力的な立場です。故ファイサル国王は女学校開校に反対する地方有力者たちが彼のもとへやって来た時に次のように言ったのです。「もしあなた方があなた方の娘たちの教育を望まないのならば、あなた方には娘たちを学校へやらない自由がある。ただし、娘の教育を望む者には、たとえ砂漠の真ん中であろうとも学校を開校してやろう。」

このようにして学費無料の公立小学校が15校、そして女性教師養成クラスが開かれました。サウディ女性たちは知識を次々と吸収し、娘たちの知識を求める姿勢を喜び、そして彼女たちにもたらされた多大な効果を目にした家族たちは学校の増設を要求し始めました。アッラーのおかげで、また故ファイサル国王の理性的な政策によってサウディ女性の文盲率は徐々に減少していきました。

サウディアラビア王国は教育推進、特に女子教育の推進を支援し続けました。これは現ファハド国王がその地位についた1982年から、過去20年に渡って実現されてきたことからも明らかです。サウディ政府が女子教育に関して掲げてきた基本政策は以下のとおりです。

1− 教育はイスラームが奨励している義務の一つであり、政府はこれを保障する。

2− 教育の目的は青少年の心に正しい信仰が根付くこと、知識・技術を得ること、社会発展に貢献する人材を育てることである。

3− 女性の教育に関して、女性には男性に求められることとは異なる社会的役割があるため、特別な計画がなされる。

4− 政府による無料の教育と学校と幼稚園の増設の重要性。1982年には18しかなかった幼稚園に2590人の男女児童が通園していましたが、20年の間に幼稚園の数は1113校となり、児童数は95373人となりました。また学校の増設も著しい速さで進み、公立校は私立校に比べて30年も遅れて発足したにもかかわらず、数の上では私立校の何倍も上回りました。これはひとえに政府の教育への関心度の高さの表れでしょう。これは統計から見ても明らかで、西暦1982年には小・中・高合わせた公立学校の数が2780校だったのが、2000年末までには9970校にまで増えたのに比べ、私立の学校は80校から690校までにしか増えていません。この関心度の高さはイスラーム系学校にも向けられ、同じく1982年にはわずか80校にも満たない数しかなかったものが、2000年末までには小学校351校、中学校121校、高校51校とまで増えました。当然のことながら、この学校数の増加は女子学生数の増加によるものでした。

5− 高等教育への関心。
前述した教育の普及は、様々な分野・レベルを網羅している専門的なレベルつまり高等教育分野にまで広がっていきました。これは学生たちの才能の擁護と現在そして未来において社会が必要とする様々なことを補うため、そしてイスラーム共同体の崇高なる目的が実現するために行われました。現在サウディアラビア王国は11校の国立大学、3校の私立大学、加えて102校の単科女子大学を擁しています。また文部省は、さらなる高等教育の場が女性に開かれる予定であり、現在ある単科大学のうち16校が総合大学になるということを発表しました。また、これらの単科大学の新しい状況に見合った教育段階・教育活動のさらなる発展がみられるということ、同様に女子教育の拡大に合わせて、女性教師育成のための単科大学の増設もなされるということを発表しました。

6− 社会の文化的発展にともなうプログラムの活性化、および文盲をなくすこと・高齢者の教育プログラムの発展。
1998年初頭、3年以内の文盲撲滅プログラムと、続く4年目には中学・高校で彼女たちへの学習継続の機会が与えられることが決定・実行されました。その結果、2000年には文盲撲滅のための学校数は2228校となり、生徒数は75359人となりました。また1998年、サウディアラビア王国の女子教育省はアラブ文化・教育機構から表彰されました。

7− 障害者またはそれ以外の限られたグループへの関心。
1993年、ファハド国王は文部省の代わりに女子教育省が女子への特別な教育の責任を負うことを決定しました。これは国王が女子への、イスラーム教にのっとった彼女たちに相応しい教育課程の必要性を理解によるものでした。

8− サウディ女性のための教育・技術訓練センターの準備。
この計画は大きな成果を挙げ、1982年には12箇所あったセンターが2000年末までには57箇所にまで増え、4277人たちがそのプログラムに参加しました。

このようにして女性たちは教育のどの段階とも切っても切れない関係にあり、また国家の発展に関わってきたのです。また女性たちは国の経済的、また文化的成長実現の担い手でもありました。また雑誌「アルマアリファ(科学)」17号に掲載された記事には次のように書かれています。王国の女子教育の経過を見たユネスコから派遣されたヨーロッパの使節は、「貴国の女子教育の経過は模範的であり、もしもヨーロッパにおける生活様式との相違という問題が無ければ、たとえヨーロッパであってもこの形態が女子の教育に最も相応しい形だと言えるでしょう。」と書かれた報告書を送付しました。

サウディアラビア王国の児童教育の模範とも言える女子教育への関心の高さとともに、サウディ女性は社会の職場へと入り始めました。このテーマが次回、みなさんに紹介するテーマとなります。

筆者:ラシャー アルマンスーリー
アブドルアジーズ国王大学 生物化学元研究科

                

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